第2話 無能の恥晒し
俺ことエドラスが誕生して12年の月日が経った。
あれから両親の愛情をたっぷり受け、何不自由なく、他の兄弟と分け隔てなく育っていった。
だが1つ、いや2つ深刻な問題に直面している。
「おい!能無しエド!!」
「ぼーっとしてんじゃねえ!この恥晒し!」
問題の1つは、この何かにつけ突っかかってくる馬鹿兄弟、3つ上の長男ギドーと2つ上の次男ルーカスだ。
「な、なんだよ兄さん……」
「はっ!こんなとこで何してんだ?また剣術の練習か?」
「そうだよ……」
「無駄なことばっかりしやがって、目障りなんだよ!」
「ぐっ……」
ルーカスから強烈な腹パンを食らう。2つ下の弟にマジ殴りすんなよ……。
「目障りに……ならないように外で練習してるじゃないか……」
「うるせぇ!俺達が丁度ここに来ようと思ってたんだよ!」
「うっ……」
ギドーの蹴りが俺の横腹に炸裂する。
このクソ野郎共、何がここに来ようだ。俺がどこで練習したって追ってきてはボコボコにしてくる。
人間の子供ってのはこんなに醜い生き物なのか……?
いや、俺の存在がそうさせているんだろうな。
「才能ないんだから剣術なんか辞めちまえよ」
「仕方ないだろルーカス。この能無しは剣術に縋るしかないんだよ!」
「「ガハハハハハ!!!!」」
「……」
もう1つの問題、それは俺に剣術の才能も体術の才能も無かったということだ。
いや、才能がないと言うより、俺の体が弱すぎるんだ。
自分で立てるようになってからほぼ毎日トレーニングをしている。なのに、俺の体には筋肉はつかず、体力もつかない。人並み以上に成長しない。
まるで呪われているように。
「そんなに剣術の稽古したいなら、お兄様が相手してやるよ!」
「ひゅー!ルーカス優しいなお前!」
ルーカスが手のひらを空中にかざすと、光が溢れる。そして、その光は剣の形となり、次第に光が収まるとルーカスの手には木剣が握られていた。
「おらいくぞ!」
〔カンッ!!!〕
「生意気に受けやがって!おらぁ!!」
「ぐぅ……」
ルーカスの木剣が俺を襲う。
これがルーカスのスキル【武具生成】だ。
"創造の神ディナス"が与えた"創造系統"のスキルだ。
こんなやつにディナスのスキルが渡るなんて、あいつも顔を顰めてるだろうな。
「おらぁ!!」
「おぇ……」
強烈な突きで俺は後方へ吹き飛び、仰向けに倒れた。
あー、めんどくせぇ。体は痛いし重いし、俺が何したってんだよ。
にやにやしながらギドーとルーカスが見ている。
「もう……いいだろ……ほっといてよ……」
「「あ??」」
俺が立ち上がるとギドーとルーカスは目の色を変えて襲いかかってくる。
俺のこの態度が気に食わないのだろうな。馬鹿みたいだ。
「お前のその目が!態度が気に食わねぇんだよ!」
「無能で雑魚なお前は何もせずに父様の影に隠れてろ!このルビウス家の恥晒しが!!」
兄弟からの殴る蹴るの横行。12歳ながらこれが俺の定めなのだと悟ってしまう。
はぁ……だるい。
「……こ…らー……!!」
「「あ?」」
遠くから何やら叫び声が聞こえる。誰かがこっちに走ってきてるようだ。
「やめなさーい!!!」
こっちに向かってきてるのは燃えるような赤髪の少女だ。その手には雷を纏った木剣が握られている。
「げっ!!ヒリスだ!」
「逃げろ!殺されるぞ!!」
その少女の姿を目にしたギドーとルーカスは声を上げ一目散に逃げていった。
「なによ失礼ね!殺さないわよ!半殺しにはするけど!」
「ヒリス……」
「大丈夫?エド」
燃えるような赤い髪に神々しさすら覚える金色の瞳、この少女の名前はヒリス。ヒリス・アルノシア。
俺の幼馴染であり、専属の護衛騎士だ。
「大丈夫だ、ありがとう」
「もう!エドもやり返さなきゃ」
「それができてたらこうはならないさ」
「ねぇ、やっぱりルーピンおじ様に相談したら?私のお父様にも相談するから」
「それはダメだ。父様と母様に心労はかけられない」
「でも、それじゃエドの身が持たないでしょ……」
ヒリス、というよりアルノシア家の人達は兄弟とは違って俺に優しくしてくれて手を差し伸べてくれる。
「雷、また扱うのが上手くなったな」
「でしょ!今はエンチャントって言って武器に元素を纏わす練習をしてるの!たまにさじ加減間違えて炭にしちゃうけど」
「雷元素……いいスキルだ」
雷系統のスキルは"雷神ゼリオス"またの名を"最高神ゼリオス"から与えられるスキルだ。
雷系統と言えどそのスキルは多種多様だ。
例えば、ちょっとした静電気を起こすだけのスキルとか雷を纏うだけで放出することは出来ないスキルなどなど。
その中でもヒリスのスキルは【雷元素】。雷の元素そのものを意のままに操ることができる雷系統の中でも最上位に位置するぶっ壊れスキルだ。
「ほら、兄さん達はどっか行ったからもういいよ。自分のことをしろ」
「私がやるべき事はエドを守ることよ」
ルビウス家とアルノシア家の関係は切っても切れないほど親密な関係なのだ。
大昔にアルノシア家はルビウス公爵家の剣であり盾であり続けると誓ったらしい。その盟約は今でも続いている。
その為、俺たちルビウス家の子供にはアルノシア家の中から護衛が充てられる。
俺の場合は同い年ってのもあるけど、俺が弱すぎるから強すぎるヒリスをって理由でヒリスが俺の専属騎士になっている。
ヒリスにとってはなんともはた迷惑な話だよな。
「前から言ってるだろ。俺に構うな。俺は大丈夫だから」
俺が成長しないのは仕方ないが、俺のせいでヒリスの足を引っ張ることはしたくない。
「大丈夫じゃないじゃん。ほぼ毎日そんなにボロボロになって」
「我慢すれば問題ない」
「我慢ばっかりじゃん……。エドがそうするって言うなら何も言わないよ。でも、守るくらいはさせて」
「わかったよ。いつもありがとな」
俺がヒリスの頭を撫でると嬉しそうに笑う。
「って子供扱いしないでよ!私の方が1ヶ月年上なんだから!」
「誤差だろ……」
「あ、そうだった。あのー……エド?お願いがあるんだけどぉ」
ヒリスは急にもじもじし始め上目遣いで俺に迫る。これはヒリスがどうしてもお願いしたい事がある時の常套手段だ。
自分の可愛さをよく理解してやがる。
「勉強……教えてくれない?」
「だと思ったよ。あとで家行くから」
「よし!じゃ、あとでね!」
走り去っていくヒリスを見送り、俺も帰路に着く。
「痛てて……」
遠慮なしに殴りやがって。いつもの事だが身体中が痛い。
「ふぅ……」
この12年、どうにか生きる術を身につけようと足掻いてみたが。どうにもならない事もある。
「本格的に生き方決めなきゃな」
痛む体を引きずりながら、俺は家に戻った。
◇
【ルビウス邸】
「ただいま」
「おかえりなさいませ。エド様」
出迎えてくれたのは執事のロータス。白髪が良く似合う背の高いダンディなナイスガイだ。
「お夕飯の支度ができておりますが」
「ヒリスに勉強を教える約束をしてるんだ。俺の分は兄さん達にあげてよ」
適当に餌付けしておかないと機嫌が悪くなるからな。
「ルーピン様とコーデリア様がお呼びですが」
「……帰ったら顔を出すって伝えといて」
「かしこまりました」
正直、ロータスが俺の事をどう思っているのかはよく分からない。中々表情を崩すことは無いし、上手いこと内心を隠している。
「痛っ……」
「またお怪我を」
「稽古してたら派手に転けたんだよ」
「しかし、これは木剣の傷では」
「俺の運動神経だからな。自分の木剣で自分を殴ってしまうんだよ」
「いつもルーピン様とコーデリア様が心配しております。どうか無茶は……」
「わかってる。もう剣術の稽古もしないよ。身の丈に合った生き方をするさ」
俺がそう言うとロータスはどこかほっとしたように肩の力が抜けた。
どうやら心配してくれていたのは本心らしい。
幸い俺には豊富な知識が備わっている。考えすぎると頭痛がしてしまう思考の制限も歳をとるにつれて緩和されている。
同じ12歳の子供とは比べ物にならないほどの知識量だ。
「んじゃ、行ってくる」
「行ってらっしゃいませ」
ロータスに見送られ、俺は自室を後にする。
「まぁ、スキルが絶対のこの世界では頭が良くても大して変わらないけどね」
そんな事を考えながら玄関のドアノブに手をかけると奥の部屋からドタドタと走ってくる音が聞こえる。
「エド!待ちなさい!」
「母様」
母親のコーデリアだ。美しい銀髪をなびかせ、息を切らしながら俺の元に走ってきた。
ギドーやルーカスはルーピン譲りの黒髪だが、俺と長女のアルフィはコーデリア譲りの銀髪だ。
「どうしたんですか?」
「どうしたじゃないわよ!ロータスに呼んでくるよう伝えたはずだけど」
「すみません。ヒリスに勉強を教える約束をしているので、話は後でもかまいませんか?」
俺がそう言うとコーデリアは呆れたようにため息をつく。
コーデリアは妙に大人びた俺の態度が好ましくないらしい。
「夕飯はどうするの?」
「あまりお腹空いてないので大丈夫です」
「成長期なんだから食べないと」
「大丈夫ですよ母様。もしお腹が空いたらすぐに帰ってきます」
そう言ってコーデリアに笑顔を向けた。
コーデリアは心配そうに俺の体を見る。
「またこんなにボロボロになって……ちょっと待ってね」
コーデリアは俺の胸に手を置く。すると、緑色の優しい光が溢れ俺を包み込む。
【女神の抱擁】
「これでよし!」
「母様……。最上級の治癒スキルをこんな事に使わなくても」
「自分の子供を癒すのは"こんな事"じゃないわ」
見ての通りコーデリアのスキルは【女神の癒し】。
ちょっとした傷を治す下級治癒スキルから重症や致命傷まで治してしまう最上級治癒スキルまで扱えてしまう、ぶっ壊れ治癒スキルだ。
スキルの等級が上がるに連れて使用回数が少なく、ひと月経つと回数がリセットされる。
ちなみに、今使った【女神の抱擁】は月に2回しか使えない最上級治癒スキルだ。
「ねぇ、エド?私達に何か相談することはない……?」
「何も無いですよ。ヒリスを待たせてるので、行ってきます」
「そう……。行ってらっしゃい、気をつけてね」
心配そうに見つめるコーデリアを背に俺は家を出た。
この家の教育方針として両親は子供の自主性を重んじている。子供の事情に過度に踏み込まず、子供が助けを求めて来たなら手を貸す。そんな感じだ。
だから、俺がいつもボロボロなこと関しては俺が相談しない限り深くは聞いてこない。
まぁ、兄弟にやられていることは気付いているだろうけど。
度が超えたり、俺が目に見えて限界にならない限り干渉してくることはない。それがわかっているから兄弟達は俺にちょっかいかけるんだろうな。
◇
【アルノシア邸】
「で?何がわからないんだ?」
「んー、わからないって言うか復習したくて」
「復習するのはいい事だ」
ヒリスは普段は家庭教師をつけてもらって勉強をしている。
王都に行けば大きい学校があるけど、あそこに入学できるのは15歳の【神託の儀式】を終えてからだから、大抵の貴族は入学までにある程度勉強しておくのだ。
俺にも家庭教師がついていたが、3日で辞めた。
理由は俺に教えることがないからだそうだ。
当然だな、俺には800年分の知識があるし。そんじょそこらの大人より頭は良い。
「じゃあ、とりあえず歴史学から復習するか」
「うん!」
「はい、問題。約800年前、魔神が世界を滅ぼそうとした時の戦いの名前は?」
「魔神討滅戦争」
「正解。じゃあ、その時に魔神を討った3人の英雄の名前は?」
「馬鹿にしてるの?これ間違えちゃったらお父様達に怒られちゃうわ」
「ははっ、確かにやばいかもな」
「3人の英雄の名前は"水帝ゲラード・ルーカディア"、"炎帝レオナルド・アルノシア"、"雷帝ザドラ・ルビウス"」
「正解。まぁ、俺達の先祖だな」
アルノシア家とルビウス家の関係が親しいのはここが起点だ。
俺達が住む王国の名前は"ルーカディア王国"。つまり、英雄の1人ゲラード・ルーカディアが興した国だ。
ザドラとレオナルドは王政に興味がなかった為、ゲラードに国を作らせたらしい。
そして、ザドラは元々懇意であったゲラードの妹を娶り、公爵の位を与えられた。
レオナルドはルビウス家の専属騎士であり続けることを誓い、ゲラードからの授爵は断ったもののその立場は公爵と同等とされている。
「ついでに、神学もやっとくか」
「神学はバッチリよ!」
「じゃあ、三英雄にスキルを与えた神の名前は?」
「ねー、やっぱり馬鹿にしてるよね?」
ヒリスが不満げで怪訝な視線を俺に向けてきた。その顔が面白くて思わず笑ってしまう。
「馬鹿にしてないよ、復習だろ?それにヒリスにはこの位の復習が丁度いいよ」
「やっぱり馬鹿にしてる!!」
ヒリスは頭は良い方なんだが、天然で弄りがいがある。それに、ステータスをSTR多めに振ったような如何にも"脳筋タイプ"って感じだ。
こうやってたまにヒリスをイジるのが俺の楽しみでもある。
「ほら、早く答えて」
「もー、"全能の神エドラス"様。エドと同じ名前の神様よね」
たまにはこういう自己満足も良いな。
800年前ではあるが、ちゃんと仕事をした証があるのは嬉しい。
しかし、やっぱり俺の死は伝えられてないらしい。
「確か、三英雄達は色んな系統のスキルを使えたんだよね?」
「ああ、エドラスは『模倣の権能』だからな。エドラスからスキルを与えられた3人は模倣系統のスキルを授かったんだ。人間1人につき、得られるスキルの系統は1つという世界の理の外にあるスキルだ。だから、全能って呼ばれてるんだ」
もちろん、デメリットもあるが。
俺が最初で最後となったスキルを与えた3人の人間、それは何を隠そうこの世界を救った三英雄なのだ。
懐かしいなぁ。あいつら俺の事慕ってくれてたし、いい人間達だった。
ザドラは炎を好み、ゲラードは水を、レオナルドは雷を好んでよく使っていたっけ。
「そんな3人のうち2人は神になって1人は神になる直前に行方不明になったんだ」
「え?そんな話聞いたことないけど」
「あ、いや……」
この話は下界では知られてなかったんだった……。
下手な話は出来ないな。