第18話 真意
「ただいま戻りました」
とある遺跡の奥深く。暗がりに見える祭壇の上に座る1体の魔族に向けて、ウラギ伯爵は帰還を知らせる。
「おお、君か。座標移動を上手く使いこなしてるね」
「アルディーナ様から頂いた力の賜物です」
ウラギ伯爵は仰々しく礼をすると、傍に控えていたジークを前に出す。
「こちらが見事エドラス・ルビウスを仕留めたジークバルト・エアフリトでございます」
「へぇ……君が」
(女?)
声を聞きジークは顔を上げる。
そして、その瞬間とてつもない重圧と殺意に晒され、膝を着いてしまう。
「そうそう。人間は跪かないとね」
(これが……魔族……。エドラスとヒリスのやつ……こんな化け物と戦ったのか……)
「よくやってくれたよジークバルト。彼は魔神復活最大の障壁でね」
「いえ……」
「それで、どうだい?この四帝魔公の一欠片"アルディーナ"に会った感想は」
「……」
「ん?あ、そうか。人間の言い方だとこうだったね」
【公爵級魔族"夢幻のアルディーナ"】
「だったね」
「……感激で言葉も出ません」
(公爵級だと……!?とんでもない奴が糸を引いていたのか……。なんとしてもこの情報を……)
「君の戦い。見てたよ。見事なものだ。彼が最後に放ったあの技……僕でもかすり傷はついていたかもね」
「そう……ですか」
アルディーナはなぜかニヤリと笑い、ジークを見る。
「いやぁ、ほんと、上手くやってるよ君。エスドレイヤの特性を上手く利用している」
その言葉を聞いた瞬間、ジークの心臓がドクンッと大きく高鳴った。そして、ダラダラと冷や汗を流す。
(しまった……。エスドレイヤを知っているのか……?あの魔剣はどの文献にも載っていなかったのに……!!くそっ!!)
「伸縮自在の魔剣。あの魔剣の本当の能力は【外傷を与えない】だよね?」
「な、なんですと!?」
ザワザワと周囲がざわつき始める。
「……」
「だんまりかぁ。確かにあの魔剣の存在は歴史から消された。あまりに非道かつ残虐な代物だからね。痛みはあるのに外傷はないから死ねない。僕達魔族を尋問するために造られた魔剣だ。僕が知っているのは当然だろ?」
「……」
「ふふっ、【魔剣召喚】は召喚主の心の奥底にある想いに応じて召喚される。君は残虐非道な嗜虐趣味なのかな?それとも、誰も傷付けたくない心優しい人なのかな?」
ジークは冷や汗を流し、息を荒くする。
今ジークの周囲は全員敵であり、そして確かな殺気を向けられている。
「エドラス。彼は生きているのだろ?ジークバルト・エアフリト」
「くそっ!!うぉぉぉぉお!!!!」
魔剣召喚で魔剣を召喚し、アルディーナに肉薄する。しかし、
「な……んだこれ……ぐっ!?」
ジークは見えない壁に阻まれ、そして見えない手で首を掴まれた。
「アハハ!見えるよ!君の羨望と嫉妬の感情が!妬いてるんだ!羨ましがってるんだ!エドラス・ルビウスとヒリス・アルノシアを!」
「うるせぇ……!!」
「でも無駄だよ!君にはエドラスの様な得体の知れない強い力も!ヒリスのような圧倒的な戦闘力もない!ただの凡人だ!凡人が頑張って努力したみたいだけど、結局下だと見下していたエドラスに負けかけたじゃないか!無駄だよ!何もかも!どこまで行っても君は凡人であり、あの2人のオマケなんだから!!」
だらんとジークの腕が落ちる。
「諦めなよ」
ジークの首を絞める手に更に力が入る。
「……せぇよ」
「ん?」
「るせぇよ」
ジークからフツフツとマナが湧き上がっていく。
「へぇ」
「うるせぇ!!!!!」
ジークから放たれたマナの圧に周囲の人間達は数歩後ずさる。
「わかってんだよ!俺があいつらみてぇな特別な何かがある訳じゃないって、わかってるからこそ俺は食らいついていくんだ!」
「わからないなぁ。死にに行くようなものだと思うけど。今回にしても、君の独断だよね?あわよくば僕を倒せるとでも思ってたんでしょ?エドラスがディルナーデを倒したから」
「……」
「まさか図星?失礼だなぁ。あんな有象無象と一緒にされるとは……」
「っ!?ぐっ……!!」
10数メートルは離れていたアルディーナが一瞬でジークの前に現れ、首を掴み持ち上げた。
「イライラするなぁ。わかる?無駄なんだよ全部。君の努力も。結局見下していた幼馴染に無様に置いていかれるんだから」
アルディーナの言葉を聞き、ジークは笑みを浮かべる。
「ふん……俺はあいつが嫌いだが、見下したことなんて1度もねぇよ……」
そう言いながら魔剣を握る手にグッと力を入れる。
「俺は昔からあいつに負け続けてる……力の話じゃねぇ……精神の話だ……」
「くだらないね」
「くだらないってほざいてやがれ。お前らはその差で負けるだろうな。俺がここで死のうとも必ずな」
「あっはは!いいね!でも、君の死は何か意味があるのかな?」
「知らねぇよ。だが、脇役の死で主人公が奮い立つのもよくある展開だろ!!!」
ジークは首を掴まれた状態で魔剣を振り上げ、アルディーナの首を目掛けて振り下ろした。
〔ガキンッ!!!!〕
まるで金属とぶつかったような頑強な響き。
ジークの魔剣はアルディーナの首でギリギリと音を立てる。
「オラァァァァァァァ!!!!!!」
届かない刃。
しかし、ジークの力は更に増していく。
やがて、瞳は輝きを放ち、マナが溢れ始める。
「この力は……。ふぅん、君も腐っても英雄の末裔ってことだね。だけど、僕には敵わない」
「くっ……!!」
アルディーナがジークの首をへし折ろうとした瞬間だった。
〔カツン……カツン……〕
廊下を歩く音が響く。
〔バァァァァン!!!〕
勢いよく扉が吹き飛ばされた。
マナを感知したアルディーナは不吉な笑みを浮かべる。
「よく言ったわ。ジーク。弟ほどじゃないけど、カッコよかったわ」
「あ、あんたは……」
銀髪の美しい女性は一瞬でアルディーナに肉薄し、大剣を振り下ろす。
ジークの首を掴んでいた腕を一刀両断した、
「ゲホッ……ゲホッ……」
「全く……独断単身で乗り込むなんて命知らずね。ほら、座標移動のスキルスクロールあるからそれで帰って」
「お、俺も戦う!」
「足でまとい」
女性はスクロールにマナを流し込み、ジークに押し付ける。
次の瞬間、ジークは転移し姿を消した。
「優しいんだね。アルフィ・ルビウス」
「はぁ……折角王都に戻ってきて、弟とイチャイチャできるって思ってたのに……」
アルディーナは額に青筋を浮かべ、アルフィに肉薄する。
〔ガンッ!!!!〕
迫る拳を大剣で受け止めたアルフィは冷ややかな赤い瞳でアルディーナを見る。
「あんた、私の弟を殺そうとしたんだってね?」
「怒るのかい?」
「いや、そういう試練はもっと仕掛けてあげて欲しいわ。あの子、死闘を繰り広げる度に成長していくタイプだから」
その言葉にアルディーナはギリッ歯を食いしばり、猛攻を仕掛ける。
〔ガンッ!!ガンッ!!ガンッ!!〕
迫る拳を躱し、不可視の攻撃を意図も容易く弾き落とす。
公爵級を前にしても余裕を崩さないアルフィの実力は底が知れないほどだった。
「ふっ、さすがだね。滅級冒険者の実力は底が知れない」
「あっそ。もう飽きたから帰るね」
「は?」
そう言うとアルフィは懐からスクロールを取り出し、マナを流し込んだ。
「帰す訳ないでしょ!!!」
アルディーナは禍々しいマナで生成された剣でアルフィをスクロールごと切り裂く。
しかし、その姿は陽炎のように歪み消える。
「安心して。あんたは必ず殺してあげる」
アルディーナの背後から聞こえたアルフィの声を聞き振り向くが、既にスクロールは発動していた。
笑顔でヒラヒラと手を振り、転移するアルフィの姿を見て更に怒りが増した。
「クソっ!!!!」
「ア、アルディーナ様……」
「うるさい!!!」
ご機嫌を取ろうと近寄ってきたウラギ伯爵だがアルディーナの剣によって身体を両断されてしまった。
「ふぅ……あ、やっちゃったぁ。座標移動スキル貴重だったのに。ま、いっか」
ウラギ伯爵の亡骸を蹴り飛ばし、アルフィの言葉を思い出す。
「良いわ、あのクソ女は私が殺す」
妖しい笑みを浮かべるアルディーナは拠点としていた遺跡を出る。
「ここはバレちゃったから移動するよ」
「「「「は、はい!!」」」」
妖しい笑みを浮かべたまま、アルディーナは暗い影の底へ消えていった。
◇
【王立闘技場:診療室】
「痛てて……」
あいつ容赦無さすぎだろ。
遠慮なく心臓に突き刺しやがって。
なんかよく胸を突き刺されるな、俺。
「あ、あれ?エド……?」
「おー、ヒリス」
「無事なの……?」
「まぁ、ジークのあの魔剣は殺傷能力ないからな」
「なら言いなさいよ!!!」
「痛ぇ!!」
ヒリスは俺の頭を思いっきり叩いてきた。
理不尽だ。
「あいつの意図に気付いたのはついさっきだったんだよ。ごめんな」
「エドにはなんの話もしてなかったのに、僅かな情報で意図に気付くとは流石の頭脳だな」
「陛下……貴方もグルだったんですね」
「はっはっは!そう怒るな!」
豪快に笑うシルヴァ王だが、こんな痛い思いするなら一言欲しかったってのが本音だ。
「ほら、万能ポーションだ。これでさっきの試合で失ったマナも戻るはずだぞ」
「ありがとうございます」
ポーションを一気に飲み干すと、消耗したマナが全て回復した。
これって確か1本金額20枚ぐらいするんじゃなかったっけ……。
そんなことを考えて冷や汗をかいていると、シルヴァの丁度背後に陣が浮かび上がる。
この陣は転移の陣か。
「帰ってきたな」
転移の陣からは俺をぶっ刺した張本人のジークが現れた。
目立った外傷は無いが、首に酷い痣ができている。
魔族にやられたのか。
魔族は例に漏れず嗜虐的だ。弄ばれたのだろう。
「戻ったか、ジーク」
「は、はい……」
気まずい空気だ……。
恐らく、魔族のアジトに単身潜入したのは独断だろうな。
「ほら、ポーション飲んでおけよ」
「ありがとうございます……」
「全く、アルフィが王都に帰ってきてなかったら死んでたんだぞ。ジークがどうしてもっていうから作戦に加えてやったのに」
「すみません……」
「まぁ、それでもよくやってくれた」
そう言ってシルヴァはジークの頭を撫でる。
……ん?
アルフィが王都に帰ってるって?
そんな事を考えていると、ジークの真横で転移の陣が浮かび上がる。
まずい……!!
「陛下!自分はこれで!!」
「お、おう……明日再試合だなからな?」
「はい!!」
俺は逃げ出した。
全力疾走で。
国王の前で無礼だっただろうが、そんな事を言っている場合じゃない。
このままだと、俺は……死ぬ!!
「凄い勢いで逃げていったな」
「あはは……」
その様子に事情を理解しているシルヴァとヒリスは苦笑いをしていた。
「ただいま戻りましたー……って3人だけ?」
転移してきたアルフィはエドラスの姿が無いことに目を丸くする。
そして、3人は気まずそうに目を逸らした。
「ははーん。私から逃げようとしてるのね?あの子も馬鹿ね、追いかけっこで私に勝ったことなんか無いくせに」
ニヤッと笑うアルフィは目を瞑り集中する。
そして、自身のマナ感知の領域を王都中の様子を分かるほどに最大限まで広げた。
「見つけた……ふふっ、神剣には独特なマナが流れてるから見つけるのは前よりも容易になったわ」
ジュルリと舌なめずりをしたアルフィは目にも止まらぬ速さで診療室から飛び出して行った。
「「「ご愁傷さま」」」
エドラスの悲鳴が王都に響き渡るのは、僅か数分後だった。