第16話 口と態度の悪い腐れ縁
はぁ……こいつには会いたくなかったから受付日もギリギリにしたってのに……。運がない……。
「エドラスって言えば……スキルのない能無しってやつだよな?ジーク」
「そうだぜぇ。こいつぁルーカディア王国公爵家の面汚しだ」
そう言い唾を吐き捨てながら俺を睨む。
こいつの名前はジークバルト・エアフリト。
簡単に言うと短気で口の悪い腐れ縁だ。
「何しにきやがった?エド。ここはお前が来るような……ん?受付?それに、特待生だ?」
そう言うとジークは俺の肩をガシッと掴み満面の笑みを浮かべる。
だが額にはうっすらと青筋が……。
相変わらずの短気だな。
「てめぇまさか特待生試験を受けるってか?はっ、随分調子に乗ってんなぁ……」
ジークは俺の耳元でボソッと囁く。
「流石はクソ魔族をぶっ殺した英雄様だ……なぁ?」
「久しぶりだな、ジーク。魔族?なんのことやら。英雄なら俺の後ろに……痛っ」
俺の肩を掴むジークの力が更に増す。
「馬鹿にすんなよ?俺が知らねぇとでも思ってんのか?」
流石にジークは知ってたか。
こんな感じだがこいつは公爵家の人間だ。
エアフリト家もルビウス家と同じ公爵家、つまり、ルーカディア王家の親戚に当たるって訳だ。
「どうせ不合格だ。クソ雑魚のてめぇが受かる訳ねぇだろ。やるだけ無駄だ。てめぇの持ち味はその頭脳だろ。長所を活かせよ馬鹿が」
馬鹿にしてるのかな認められているのかどっちなんだ。
ジークは口や態度は悪いが、悪ではない。
正に唯我独尊ってやつだな。
「ああ、そうかもな」
俺の返答にジークの空気がガラッと変わる。
重苦しい重圧、刺すような鋭い視線。
「クソが……てめぇのそのなんでも見透かしたような態度が昔から気に食わねぇんだよ!!!」
次の瞬間、目の前にあったジークの姿が消え、拳が俺の眼前に迫っていた。
〔バシッ!!〕
「痛てて……流石のスピードだな」
悪……ではない。
はず……。
「てめぇ……」
手のひらがジンジンと痛む。
なんとか受ける事はできたが、とんでもないスピードだ。AGIは恐らくBほどか?ヒリスにも並ぶ数値だな。
「はっ!ゴブリン以下のステータスだった奴がゴブリン程度のステータスにはなれたらしい」
ゴブリンは言い過ぎだろ!
ゴブリンの平均ステータスはG+だぞ!俺はE+だ!
胸を張れるステータスじゃないか……。
なんか悲しくなってきた。
そんなことを考えていると、ジークの首筋に鋭い刃が置かれる。
「あ?なんのつもりだ?ヒリス」
「エドから離れなさい。いくらあんたでも許さないわよ」
「おいおい、公爵家の人間に向かって剣を向ける意味わかってんのか?」
「私はルビウスの人間にも剣を向けたことがあるわ」
ギドーのことを言ってるのか。
それを聞いたジークの顔は若干引き攣っている。
「大した度胸だ。だが、お前がこのクソ雑魚に心酔してる意味はよく分かんねぇな。勿体ねぇ。目覚まさせてやろうか?」
ジークの殺気がヒリスへと向く。
「別に心酔してないし。目も覚めてる。これは私の意思よ。それに、エドはクソ雑魚じゃない」
ジークの殺気に応じてヒリスも殺気を放つ。
とんでもない重圧だ。これが齢15になったばかりの人間が放つ圧とは思えない。
ヒリスは当然だが、ジークもだ。
英雄の血を引いてるからか、ジークもまたヒリスと同じく規格外な人間だ。ヒリス程ではないが、同年代と比べて頭1つ抜けている。
「やるか?」
「かかってきなさいよ」
ビキッとジークは額に青筋をうかべ、マナを解放する。
【スキル:魔剣召喚】
「おぉ……久々に見たな、魔剣召喚」
魔剣は神剣の下位互換なんて言われちゃいるが、使い手によっては神剣使いを大きく上回る事がある。ジークのように。
【魔剣:ゼルド・ラーグ】
【魔剣召喚】は『自分と相性の良い魔剣を任意で召喚する事ができるスキル』だ。【神剣召喚】は『召喚に応じた1本のみと契約』するが、【魔剣召喚】の場合は『スキルレベルが上がるにつれて扱える魔剣の数も増えていく』のだ。
見たところジークのスキルレベルは5ってとこか?だとすると扱える魔剣の本数は2本だ。
「本気でこいよ」
「前みたいに泣かせれたいようね」
触発されてヒリスもマナを解放した。
【スキル:雷王】
「エンチャント」
ヒリスは抜いた剣に雷を纏わし、構える。
同い年とは思えない圧倒的な風格。齢15にしてスキルの覚醒を果たした若き英雄。
流石と言うべきか、ジークの威圧感にも気圧されたがヒリスの圧はピリッと肌にくる。
「なんて考えてる場合じゃないか……」
こんなとこでおっ始めるのは流石にまずい。
「ん?」
視線を感じ顔を上げると、2階から誰か見ている。見た感じ学校のすごく偉そうな人だ。
見てんなら止めろよな……。
◇
「校長、どうします?」
「んー、様子を見ようか」
「良いのですか?」
「まぁ、彼が止めるだろう」
ニヤリ笑う白髪混じりの男はそう言い、様子を見守る。
◇
どうやら、あのおっさん達は止める気はないらしい。
睨み合う2人の圧が増していく。これ以上はダメだな。
「死ねおら!!!」
痺れを切らしたジークが飛び出した。
「ったく……」
俺は大太刀を抜き地面に突き刺し、マナを解放した。
【スキル:雷元素】
『雷剣山』
「くっ……」
「……」
雷で生成された無数の刃が2人の足元から飛び出し、なんとか2人の動きを封じることができた。
「てめぇなにしやがる」
「やりすぎだ」
「てめぇのスキルごとき簡単に破れるんだよ!」
「そうだろうな。だがいいのか?ここにはあらゆる"目"がある。こんなとこで暴れて試験に不利になるのは自分だぞ」
ジークは俺の目をジッと見たあと、ため息を吐きスキルを解除した。
そこまでバカになってなくてよかったよ。
「ヒリスも、そんなにすぐ戦いに持ち込もうとするな」
「う、売り言葉に買い言葉ってやつよ……」
よくそんな言葉を知っていたなと関心したいとこだが、喧嘩早いのはダメだ。
「おい、エドラス」
「ん?」
ジークはいつも以上に睨みを効かして、俺を睨みつける。
「試験でてめぇの鼻へし折ってやるから覚悟しておけよ」
「別に増長はしてないけど……」
そんなに俺のことをぶっ飛ばしたいのか。
嫌われたもんだな。
「行くぞお前ら!」
「ま、待ってくれよ!ジーク!」
踵を返し、早足に建物を出ようとするジークの後を取り巻き2人は慌てて着いて行った。
「……」
「ふん!なにあれ!だっさ!」
ジーク……変わっちまったな。
ジークバルト・エアフリトは愛想もないし口も悪いが俺の中では『かっこいいやつ』だった。
群れて行動することを嫌い、常に上を目指す志し。相手が格上であろうと余裕を崩さず逆境に立ち向かっていく姿勢。
感情的だが理性的で自分の行動に責任を持てる男だった。
正直、今のジークとは真逆だ。
人間ってのは数年でこうも変わってしまうものなのか?
それとも変わらざるを得ない外的要因が……?
俺の脳裏には魔堕ち人と化したギドーの姿がチラつく。
いや、そんなはずない。
ジークから邪悪なマナは感じなかった。
大丈夫だ。
「大丈夫……だよな」
「エド?」
「なんでもない。宿に戻ろう」
抜いた大太刀を鞘に戻し、背に戻す。
ジークの変わり様に一抹の不安を抱えながら、宿へと戻るのだった。
◇◇◇
足早にその場を離れる青年を追うように2人の青年が走る。
「ちょ、待ってくれよ!ジーク!」
「歩くの速ぇ……」
当のジークは気にかける様子もない。
「おい!ジーク!!」
青年の呼び掛けにジークは足を止めた。
「チッ……」
聞こえないように舌打ちをして、振り返る。
しかし、その表情は笑顔だった。
「悪いな。ヨンドレ」
「いや、別にいいけど。あと、俺はサンドレだ」
「で?なんだ?俺はもう家に帰るが」
「家に帰るって、勘当されたのに何言ってんだ」
サンドレは笑いながら指摘するが、ジークの顔は鬼の形相だ。
「じょ、冗談じゃねぇか」
「何の用だって聞いてんだが?」
「ああ、俺の親父が用があるって」
「ウラギ伯爵が?」
ジークは腕を組み考え込む。そして、ニヤリと笑った。
「わかった。場所は?」
「日が沈んだ頃に北地区にあるダンテって酒場だそうだ。あんなとこで会うなんて親父もどうかしてるぜ」
(北地区って言えば貧民街のすぐ側にある酒場だよな……。治安は最悪だが、密談には持ってこいってか)
「なぁ、ジーク。親父と会ってるみたいだがなんの話ししてんだ?」
「ん?あぁ、お前らにはまだ早いな。大人の話だ」
「同い年だろ……」
他愛のない会話をしながら帰路に着く。
そして、夕刻。
約束の時間、北地区の酒場ダンテには、ローブのフードを深く被った壮年の男性が座っていた。
「……ウラギ伯爵?」
「よく来たな、ジークバルト・エアフリト。だが、あまり名前は出さないで欲しいものだ」
「失礼」
「うむ。まぁ、掛けてくれ」
言われるがままジークは椅子に座る。
「なにか飲むか?」
「結構です。話があるとヨン……サンドレから聞いたのですが」
「まぁまぁ、そう慌てるな。サンドレと仲良くしてくれてありがとうな」
中々本題に入らないウラギ伯爵に若干のイラつきを覚えながらもジークバルトは雑談を興じる。
「いえ、やはり関わる人間は選ばなければいけませんから」
「はっはっ!よくわかっているな。しかし驚いたよ。英雄の血を引く一族から、まさか我ら『アビス』と志を同じくする人間がいたとは」
ジークはそう言われ顔を伏せながら話す。
「馬鹿なヤツばっかりですよ。やれ魔族を倒すだの、魔神は復活させないだの。人間が太刀打ちできる相手じゃねぇってのに」
そして、顔を上げる。
「俺は勝てない勝負はしない主義でね。勝ち馬に乗らせて頂きますよ」
その瞳に輝きは無い。
「理由はどうであれ、我々は門を叩くものには平等に受け入れます。しかし……」
「?」
「あなたはやはり英雄の末裔……。我らが主『アルディーナ様』は警戒しておられる」
若干顔を歪まし、ジークは口を開く。
「なにをすれば?」
その質問にウラギ伯爵はニヤリと笑い言い放った。
「忌まわしき"エドラス・ルビウス"を殺しなさい」
その言葉に驚きながらも笑い、席を立つ。
そして、机の上にあった『アビス』の証である地獄の業火をモチーフにしたバッジが無くなっていた。
「了承したということで?」
「方法は?」
「絶好の機会が目の前にある。それを利用しよう。準備はこっちでしておくから、君はただ彼を殺すことに集中しなさい」
「了解しました」
「頼んだよ。成功した暁には、君もアルディーナ様との謁見が叶うだろう」
その言葉を聞き、ジークは酒場を後にした。
薄暗い夜道。月明かりに照らされた街の中、妖しく光る眼光はゆっくり消えていった。