第14話 巣立ちの日
王都へ出発の日。
期待と不安に胸を膨らませ……なんてことはないが、ただ落ち着いて準備を済ませる。
王都まではザドラから馬車で大体8時間程だ。瞬間移動のスキルがあれば関係ないのだが、激レアスキルだから中々手に入らない。
長旅になりそうだ。
「よし」
必要な物を全てマナ巾着に全て詰め込む。
本当に便利な魔道具だ。
黒い外套を羽織り、家の外に出る。
「お!来たな!」
「お待たせしました」
用意された馬車の周囲にはルーピン、コーデリア、ロータス、そしてアルノシア家の人達が待っていた。
「忘れ物はない?ご飯はしっかり食べるのよ?宿題もしっかり」
「分かってますよ」
コーデリアとは昨日から同じやり取りを繰り返している。心配性だなぁ。
「ご立派になられました。エド様」
「ロータス。今までありがとうな」
「滅相もございません」
ロータスは瞳を潤ませ俺と握手をする。
「この歳になると涙腺が緩くて敵いませんな……」
こんなロータスは始めてみるな。そんなに俺の事を想ってくれていたのか。素直に嬉しい。
「あのいじめられっ子がこんな立派になるなんて思わなかったよ」
「そうね。いつの間にかこんな大きくなって」
「リックさん、シルアナさん。ヒリスは?」
「もうすぐ来るはずだが」
そう言うとアルノシアの屋敷方面から走ってくるヒリスの姿が見えた。
予想はしていたが大荷物を持ち、しっかり家を出る格好をしている。
「私も行くわ!!」
そう言いドヤ顔で俺の前に立つ。
「どう?驚いた?」
「はぁ……ほら、2人分の代金は払ってあるから荷物を積み込め」
「え!?なんでわかったの!?」
なんでって……2、3日前からいそいそとなんか準備してたし、冒険者の事とかアカデミーの事を目の前で調べていたら嫌でも察するだろ。
「まぁ、ヒリスの進路はどっちみち王都だと思ってたしな。あ、そうだ、ヒリス。やらないといけない事があるからそこに立て」
「?」
ヒリスは首を傾げる
「いいですよね、父様」
「ああ、好きにするといい」
ルーピンから許可を貰い、真剣な顔付きでヒリスの前に立つ。
その空気を察したのかヒリスも真面目な顔付きに変わる。
「ヒリス。お前の専属護衛の任は今をもって終了とする」
ヒリスは膝を付き、頭を下げた。
「今までありがとうな」
こくりと頷き満面の笑みを浮かべる。
「駄々こねると思ってたが、すんなり受け入れてくれるんだな」
「エドがもう私の護衛が必要なほど弱くないって分かってるから。それに、これからは対等の友人としてエドの隣にいるわ」
「そうか」
「それに、エドとアカデミーに行けば1度は全力のエドと戦える機会があるかもしれないでしょ?」
こいつ……俺が今まで武神流剣術を使ってなかったことまだ根に持ってたのか。
「ほら、行きましょ!!」
ヒリスに腕を引っ張られながら馬車に乗り込む。
「それじゃ、行ってきます」
「行ってきまーす!!」
「行ってらっしゃい」
「問題起こすなよ」
ルーピン、コーデリア、ロータス、そしてアルノシア家の人達に見送られ、馬車は走り始める。
目指すは王都。
最後に行ったのは1年前だっけか。
俺達の新天地。新たな生活が幕を開ける。
◇◇◇
馬車に揺られること約8時間。
途中で休みを挟み、ハプニングもあったがなんとか王都に辿り着いた。
「エドラス様、ヒリス様、見えましたよ」
馭者の声を聞き外を見る。
大きな壁に囲われた大きな都市が目の前に見える。ルーカディア王国、王都ゲーラドだ。
「いやぁ、お2人がいなければライカンの餌になってましたよ」
「ヒリスがいればどってことないですよ」
ライカンとは二足歩行の狼みたいなモンスターだ。
ここに着くまでの道中でライカンの群れに襲われたが、特に問題にはならなかった。
俺も多少手伝ったがほとんどヒリス1人で倒してしまった。
「凄い人ね。長蛇の列ができてるわ」
「仕方ない。魔族が表世界に出始めたし」
ザドラが魔族の襲撃を受けた事は世界に知らされた。だから、どの国に行っても必ず厳しいチェックが行われている。
まぁ、それは一般に限ったことだが。
ぼーっと列を見ていると1人の兵士が俺達が乗る馬車に走ってきた。
「失礼します!ルビウス家の家紋を確認致しました!」
このようにルーカディア王国の貴族は家紋を見せるだけで長蛇の列をスルーして王都に入る事ができるのだ。
貴族特権ってやつだな。
「申し訳ありませんが、魔族の襲撃を受けてから貴族様でもステータスの開示が義務付けられまして……」
「ああ、わかった」
俺は兵士にステータスを見せる。
「……はい!エドラス様ご本人確認しました!」
そして、ヒリスのステータスの確認も終わり、俺達は無事審査を通り抜けた。
「衛兵驚いてたな。やっぱ模倣のスキルって珍しいんだな」
「それよりもその大きい剣に驚いてたんでしょ」
確かに、こんな風変わりな得物を持ってるやつなんてそうそういないよな。
〔やめてください!!〕
他愛もない話をしていると、長蛇の列の1部から若い女性の叫び声が聞こえてきた。
「何事かしら」
「さあな」
「ちょっと見に行きましょう」
「えー、ほっとけよぉ。どうせそこら辺の兵士が話を聞きに行くだろ」
俺の言う通り、叫び声を聞いた兵士が女性の元に駆け寄る。
フードを被っていて女性の顔はよく見えないが、ちらりと見えるブロンドヘアーが印象的だ。
「どうやら男共に絡まれてるみたいだな」
「私なら片手で捻り潰せるわ」
だろうな。
「ん?なんだ?」
「駆け寄った兵士がヘコヘコしてるわね」
「あ、帰ってった」
男達は女性の肩を強引に抱き寄せようとする。
「なにあれ。許せないわ」
「いくのか?」
「行くわ。ほら、早く」
「俺もかよ!」
「あんな暴漢がいる中にか弱い女性1人で向かわせるの?」
何言ってんだこいつ。さっき片手でひねる潰せるっていってたじゃねぇか。
「はぁ……わかったよ」
俺は渋々馬車を降り、トラブルか起こっている場所へと走っていった。
◇
「ほらよォ、肝心の兵士さんもあのザマだ。悪いようにはしねぇからちょっくら遊ぼうぜ?」
ガラの悪い大男は強引に女性を抱き寄せる。
「い、いや!!」
「痛っ」
男の腕を振り払ったが、女性が嵌めていた指輪が男の頬を掠め、じんわりと血が滲み出てしまう。
「てめぇ、このクソアマァ!調子に乗ってんじゃねぇぞ!!」
男は拳を振り上げ、勢いよく振り下ろす。
「おいおい、容赦ねぇな」
【雷網】
女性と男の間に雷で出来た網を広げると、男の拳は勢いそのままに雷網に突っ込んでいった。
「痛ぇ!!誰だ!?」
「通りすがりの正義の味方です」
「てめぇ……この俺様に喧嘩売った意味わかってんだろうなぁ」
「えっとぉ……」
俺はチラチラと周囲を確認するが、みんな目を逸らしている。どうやら、何かしら有名な人なんだろう。
「誰ですか?」
男はビキビキと額に青筋を立て、俺を睨みつける。
おぉ、怖い。
「冥土の土産に教えといてやる……。俺は王都ゲラードを拠点にする上級冒険者スドル様だ!!上級はこの街には3人しかいないんだぞ!!」
冒険者だったのか。確かにそれらしい格好はしている。しかし……
「上級かぁ……」
「ああ!?」
ビビるべきだったか。でもなぁ……。
「身近に滅級レベルがいるとなんだか驚けないわね」
「ヒリス、そういうのは黙って驚いとくのが良いんだぞ」
「エドも「上級かぁ……」ってガッカリしてたじゃない」
それもそうか。
「あ……その剣……」
俺の背に隠れた女性が声を漏らす。
その視線の先は俺の背にある大太刀だった。
「まさか、あなたは"アルフィ・ルビウス様"ですか……?」
まさか、この大太刀を見て言ったのか?
アル姉が所持する神剣は俺の大太刀とは似ても似つかないバスターソードのような大剣だ。特徴と言えば得物を背負っているという事だ。このスタイルの剣士はたまに見かけるけど……。
なんで剣を見て判断したんだ……?
神剣だからか?
まてよ、ってことはこの女性はこれが神格の武器だと言うことを一目で見抜いたのか。
「ば、馬鹿言うな!"炎剣アルフィ"は女だろ!」
「え!?あ、そうなのですか!?でも、この剣は神の……んぐっ!?」
俺は思わず女性の口を抑えてしまう。
天然なのかわざとなのか、あまり下手に知られたくない事をまあペラペラと。
13本目の神剣ってだけで目立つのに……。
「はぁ……俺はアルフィじゃない。弟のエドラスだ」
「エドラス……様?」
女性を離し、一息つくと視線が俺に集中する。
「ぷっ……だーっはっはっはっはっはっは!!!!!」
「????」
スドルは俺の名を聞き大笑いするが、女性はそんなスドルを見て首を傾げている。
「おいおい!エドラスと言えばスキルの無ぇルビウス家の恥さらしじゃねぇか!!」
なんともテンプレな展開だ。
この後俺が雷元素のスキルを使い、華麗にこのおっさんを倒す!
「な、なぜ!?スキルはないはずじゃ!?」
的な展開でカッコよく美少女を救出。
なんて展開に……。
「はぁ……ヒリス」
「ええ、任せて」
ヒリスは俺を庇うようにズイッとスドルの前に立ちはだかる。
いくら強くなったとはいえ、今の俺は騎士に毛が生えた程度だ。流石に上級冒険者相手は分が悪い。
「女に守られるとは情けねぇなぁ!?ええ!?公爵家の坊ちゃん!!」
「黙りなさい」
ヒリスは殺気を放ち、いつの間にか抜いた剣先をスドルに向ける。
「なんだぁ?お嬢ちゃんが遊んでくれるのか?」
嫌らしい笑みを浮かべるスドルはじゅるりと舌なめずりをする。
ゾワッとするな。
すると、金髪の少女はヒリスの剣を見て目を見開く。
「その剣は……まさか貴方様はアルノシアですか?」
「え?ええ、そうよ」
なんでこの子は見ただけでわかるんだ?
確かにヒリスの剣は代々アルノシアの当主が所有する名剣ではあるが。
「ア、アルノシアだと……。まさかてめぇ、ヒリス・アルノシアか……?」
「だったらなによ」
スドルの顔が一気に青ざめた。
『魔族を倒した若き英雄』。ディルナーデ襲撃の一件からヒリスの名前は瞬く間に広がった。魔族を倒したということでヒリスの実力は滅級にも匹敵すると専らの噂である。
「こ、こんくらいで勘弁しといてやるよ!命拾いしたな、公爵の坊ちゃん!」
三下らしい捨て台詞だこと。
しかし、逃げようとするスドルの周囲には雷の網が展開されていた。
「誰が逃げていいと言ったの?」
ヒリスはスドルを逃がさない様に、徐々に雷網の範囲を狭めていく。
「エドをバカにしたこと……絶対に許さないから」
「ヒィ!!」
バチバチと音を立てる雷網は勢いを増し、そのままスドルに巻きついていった。
「ギヤァァァァ!!!!」
スドルの断末魔が辺りに響く。
ヒリスは徐に剣を振り上げた。
まさか真っ二つにする気か!?
「そこまでだヒリス」
「あんなゴミがどうなったって誰も気にしないわ」
「ヒーリースー」
「はぁ……わかったわ」
剣を鞘に収め、不満げな顔をしながら俺の元に戻る。
「あの……ありがとうございました。エドラス様、ヒリス様」
「俺はなんもしてないよ」
「気にしないで」
そんなやり取りをしていると、王城の方から鐘が鳴り始めた。
これは、正午を知らせる鐘か。
そろそろ宿屋を取っておかないとまずい時間になってきたな。
「じゃ、俺達は先を急ぐんで」
「は、はい!またどこかで!」
「またね」
俺とヒリスは少女に手を振り、馬車にもどるのだった。
◇
エドラスとヒリスを見送ってしばらくした頃。
「ルミナ様!!探しましたよ!」
「ガレン?どうしたの?」
ルミナと呼ばれた金髪の少女はキョトンとした顔で甲冑の男を見た。
「どうしたの?じゃありませんよ!なぜここで並んでいるのですか!」
「だって、街に入るためには並ぶ必要があると……」
「それは貴族階級を持たない者たちのみです!はぁ……門番に話を通すのに目を離した隙に……」
ガレンと呼ばれた甲冑の男は項垂れながらルミナを見る。
「貴方様は国王陛下の来賓なのです。立場をお考え下さい。もし、ここでなにかあれば……」
何かあった場合の自分の処遇を考えガレンは身震いする。
そんな様子を見てルミナはさっき起こったことは話すまいと心に決めた。
「ごめんなさい」
「分かっていただけたならそれで十分です。ではルミナ様、こちらへ」
ルミナは用意された馬車に乗り込み、その場を後にするのだった。