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よみがえり② ⭐︎ユージェニー視点⭐︎


 非常につまらない『よみがえり』の記憶を得たわたしの目から見たこの世界…… リュシセス国は、とてもちぐはぐな印象だった。


 服装や髪型はまるでゲームやアニメに出てくる村人やはたまた華やかなる貴族のドレス、街並みは十九世紀後半から二十世紀初頭の産業革命期に似ていた。道は土かレンガ、馬車がゴトゴト走っている。

 ただ工業を支えるエネルギーは魔力。そしてモンスターが日常を脅かすこともあるファンタジーの世界だ。

 ちなみに神官は『神力』という魔力を有していて、妻帯も許されているから、聖職者というより医療従事者や教職者に近い。


 ここ王都では魔力で動く汽車や車などの魔工業とともに芸術や学問の発展は著しい。それとは裏腹に、スラム街の劣悪な環境など気になることはたくさんあったりする。


 わたしの生まれ育ったところは王都の中でもスラム街よりは中心街に近い庶民エリア。

 わりと発展している地区だけど通常、庶民が通う学校では文字と簡単な計算しか教えない。それなのに神官はそんなことにはお構いなしに上流家庭の子女たちに与えるのと同じ教材をわたしに使った。

 三歳のユージェニーというより、一回一生涯を終えたわたしはまるでスポンジが水を吸収するようにぐんぐんと力を伸ばした。


 これは才能というより、わたしに算数や理科の基礎知識があったからだ。飛び抜けた知識ではなくて、足し算引き算とか掛け算とか分数とか、そういう基礎中の基礎ね。

 それに前世と変わらず、絶世の美女でも魔法使いでも恵まれた環境でもない今世では勉強を頑張って安定した就職目指すという確かな目標が芽生えていたせいもある。同い年の子どもであれば飽きるだろうことを、中身が大人のわたしはもくもくと続けることが出来るのが強みだった。


「言っただろう? どんなに些末に見える記憶でも、今世に影響を与えかねないと……」


 あのあと何度か神官がわたしの記憶と能力に神力で触れてトライした。


 前世の記憶と魔法のある世界に転生するなんて、まるで流行りの小説のようなのに、何度チャレンジしてもチート的な話になるような特別な記憶も神力も魔法も出現しない。


 そう、やはり前世同様大した能力もないのだ。三度目の神力のスキャンで百社目の不採用通知を受け取った夜の記憶を思い出し、吐きそうなほどのストレスを感じた。


 わたしはその翌日から、より一層勤勉に勉学に励むこととなる。

 もう二度と、書類選考で落とされるなんて思いをしたくないから。『今回は採用を見送らせて頂くことと……』って今回ダメなら次回もないだろ!?と暗い部屋でひとりツッコミを入れる経験、もう要らない。


「やっぱりわたしはつまらない普通の人間なのよ」


 魔法や神力が出現すれば、神官や家計の助けになるのに。出来ることと言ったら、他の子より大人びた精神をフル動員して、マジメに勉強するだけだ。だけどスタートダッシュをかませば、前世とは違い、とりあえず人並み以上にはなれるはずだ。


 それにしても閉口するのは、資料の不親切さだ。分厚いし、図解は少ないし……この国では見たことのない文字が並んでいる。


「……あの、せめてこの国の言葉で書いてある資料はないんですか?」

「ない。読めるようになってくれ」


 神官はポイっと辞書を置いた。雑過ぎるでしょ……


「他国の言葉がわかるようになる神力とか」


 ダメ元で聞いてみる。


「神力は便利道具じゃない」


 けんもほろろ、取りつく島もない。ため息が出てしまう。


 あぁ、前世のアニメの中のねこ型ロボットが欲しい。あの青いロボットが優秀過ぎたことをひしひしと感じる。あんな便利な道具が次々に出てきたら、確かに近くにいる少年はダメになるわな。


 神官の言うことはごもっとも、致し方ない。地道に勉強するか。


 この街では小さな子は図書館に入れない。紙も本も、貴重だからだ。ここでも前世の地味な豊かさをひしひしと感じる。

 結果、神殿に行かない日はあちらこちらの明るくて雨露をしのげる場所で本を開くようになった。ボロアパートは暗いのだ。

 あちこちで「おかしい」と言われて爪弾きにされるわたしに、ママは魔灯を買ってくれた。だけど、ひとりきりで家にこもる私を心配して、パン屋のダリルが店の休憩室にある机を貸してくれた。せめて外に出ようと声をかけてくれたのだ。わたしは甘えて、パン屋に通うようになった。


「ダリル、悪いわ。ジーン、もうやめましょう? あなたは十分出来てるわ!」


 ママが、自分の理解を超えてしまった娘を見る目には怯えがあった。まるで悪魔付きのようだと噂されているのも、知ってる。

 確かに目の下にクマを携えた幼女なんて確かにホラーだ。取り憑かれたかのように分厚い本に向かう日々……それを理解してくれたのは意外なことにダリルだったのだ。


「パン職人は朝の三時から仕事を始める。上がれる時は一時ごろに店から上がるけど、無理だともっと長い。まぁ遅くとも五時には閉まるけどな」


 へぇ、そうなんだ。労働時間長すぎない? パンを作るだけでも十時間費やしている。きっと原価や売上の計算をするには、もっと時間がかかっているはずだ。

 ダリルの意図が掴めず、わたしはぼんやりと熊のように大きな彼を見つめていた。あたたかくて、優しいブラウンの瞳。体は大きいけれど、そこに溢れる優しさに、現在も前世でも見たことも思い出すこともできない父を感じていた。


「ママが心配する通り、確かにあんまり本に向かってばかりいるのは体に良くない。まだちっこいんだし……魔灯の魔石代もバカにならない。だろ?」


 そう言われ、わたしは目をまんまるくした。

 魔灯は電気のようなもので、四角や丸い枠に紙やガラスを張り、なかに魔石を入れる灯りだ。

 魔力を持たない者でもスイッチひとつで魔石を光らせることができ、火事にもならないからとても便利なのだ。だけど魔石もタダじゃない。


「ダリル、そんな言い方……」


 ママが口先を尖らせた。ダリルが両手をあげた。


「そうだな、今のは良くない言い方だった。エリアルごめん」


わたしは母をチラリと見た。ダリルがママの名を呼ぶその発音が『甘い』のに気がついた。前からそうだろうなと思っていたけど、やっぱり……


「だけどこんなちっちゃな子が夢中になることなんだ、必ず意味があるはずだ。やりがい、使命、適職……なんて言うんだか学のない俺にはわからないけど、俺にとってのこの店と同じようなもんなんだと思う。それを支えるのは、周りにいる大人なんじゃないかな」


 ママも、わたしもぽかんとダリルを見上げた。この子は頭がおかしいって言う人はいたけど、支えなきゃなんて言ってくれたひとはいなかったから。


「午前七時から午後五時まで、ここで働くのはどうだろう? その間、ジーンはここで勉強する」


 店はいつも明るいし、ママのそばにいられるし、客層もバーとは比べものにならないくらい良い。


「「でも」」


 それじゃあ勉強時間が足らない、と言いたいわたしと。

 そんなの悪いわ、と言いたいママの声が重なった。


 ダリルはニヤリと笑った。


「ジーン、君は賢い。この環境でなんとか出来る方法を考え出せるはずだ。エリアル、君だってわかってるはずだ。小さい女の子を抱えて、バーで働き続けるのは無謀だし、パン屋の方が稼ぎは悪いが安全だ」


 ……イライラしてきた。

 ダリルの言葉にでも、だって、うーん、などとウジウジ言うママのモジモジにイラつく。あぁ、わたしの血圧が上がる前に、カタをつけなくては。


「わたし、ここに住むの?」


 大人たちのまどろっこしい会話に、わたしは横入りした。ママのハッとした様子に、わたしは存在を忘れられていたことを知った。

 そんなに頭の中お花畑になるくらいなら、サッサとダリルを好きだって認めればいいのに!


「ジーン、違……」


 言いかけたママの言葉に重ねた。

 ここ何年か、ダリルの片思いをそばでジリジリしながら見てきた。確信を得た今、こうでもしなきゃ、絶対にこのふたりは進展しない。


「わたしがダリルの娘になったら3時からここにいてもいいよね? 娘がパパの働き出す時間に起きたって、問題ないと思う」


 わたしはそう言うと、一目散に逃げた。ママに怒られないためと、まどろっこしい大人たちには話し合う時間が必要だからだ。


 ……結果的には、わたしの勝ち。


 やっぱりママがダリルの好意に気がつかないふりをして意地を張っていただけだった。


 すぐにダリルは結婚届を取りに行った。何年もその一歩が踏み出せなかったくせに、決まったとたんの行動は恐ろしく早くて、翌日にはわたしたちをボロアパートからパン屋の二階に引っ越させ、その足で結婚届けを出した。

 役場の前で形ばかり行った式はわたしたち3人だけだったけど、たまたま通りがかった知り合いに祝福されたり、近所の人たちが少しずつごちそうやワインを持ってきてくれたりして、すごくあったかい一日になった。ちなみにお酒に弱いダリルは一杯だけで真っ赤になり、笑わせてくれた。その後ママとダリルの間に寝るか聞かれたが、断固拒否して子供部屋に引っ込んだ。

 三歳といえど、前世の記憶でそういうことの知識はひと通りあるわたしは新婚カップルの間になんか寝たくない。お邪魔虫などせず、弟が妹が生まれるのを歓迎した方が絶対に幸せなはずだ。満足な思いでその日は硬い床に毛布をいっぱい重ねて、寝た。


 日常がちょっと変わり、忙しくも穏やかな日々が過ぎて行った。

 庶民の子たちも学校へ上がる六歳になったわたしはすでに算数を終え、二か国語をマスターしていた。勉強するために勉強が必要な国もあるんだ。


 神童かなんて言う人もいたけど、実際神童ではないことは神官だけが知っている。たゆまぬ努力の賜物だ。


「事故後の脳への影響は定かでありませんが、悪影響でも悪魔付きでもありません。むしろ才能です、娘さんを神殿の訓練学校に通わせませんか?」


 ここで大きな決断が必要になった。神殿の訓練校に通うには、神官候補生になる必要がある。神官候補生は身分剥奪のうえ、神殿所属にならなくてはいけない。身分差をなくすために必要とはいえ、家を捨てるのだ。六歳が決断することじゃない。だけど、わたしに選択肢は多くない。


「神官候補生になっても、ここに帰って来れるんですよね?」


 基本、寮生活になる。パパとママが渋っている理由の大半がそこだろうと当たりをつけ、聞いた。


「休息日前日の夜から帰る者が多いな」


 ……ということは家族と離れるのは5日だけだ。それならふたりを説得できる。


「行きたい」


 わたしは決意と共に顔を上げ、決意を口にした。




 

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