表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖鴉迷譚  作者: 舞木百良
9/18

私の前に彼が現れた日

 二千四百八十一年、葵月(あおいづき)の二十七日。晴れ。


 黎明(れいめい)時。私は主と共に、私が呼ばれた時の部屋にいた。

「主、此処(ここ)で何をするんだ?」

 私が主に聞くと、主は小さな札をヒラヒラとさせて微笑んだ。

「新しい(あやかし)を、と思ってね。ちょうど新しい要石(かなめいし)をおじいちゃんから貰ったし」

 そう言って主は服のぽけっとから小さな透明な石を取り出した。

 私の要石は黒いものだったからか、透明な()の要石が珍しく見えた。

「要石は透明なんだな」

「最初はね。縁を結んだ瞬間に其の妖の色に染まるの。鴉天狗(からすてんぐ)なら黒、火車(かしゃ)なら赤、みたいにね」

 火車は赤なのか。

 主の言葉から、私は最初にそう思った。

「透明な要石を貴方達妖の霊力で染めるようなものだから。要石の色は霊力の色って感じかな」

「では私の霊力の色は黒なのか……」

 ――主の霊力は何色だ?

 そんな言葉、私は口が裂けても言えないだろう。

「さて……」

 主が部屋の中央に透明な要石を置いた。そして、手に持っていた札に主が気を込めると、札が淡く光る。

 淡く光った其の札を要石に貼った。すると要石から光が漏れ出し、部屋が眩しくて目も開けられない程の光で満たされた。

 目を開けた先に居たのは、白い着物のよく似合う青年だった。

「ある――」

 私が主の方を見て声を掛けようとして、私は口を噤んだ。

 主は目を見開いて、瞳を揺らしていた。

 彼をジッと見つめ、何かを言いたげな表情を浮かべる今の主に、私は声を掛ける事が出来なかった。

 白い着物のよく似合う彼は目を開けると、私達に気が付き口元が弧を描く。

白龍(はくりゅう)だ。神様とも妖とも言われる俺が来て、言葉も出ないか?」

 彼――白龍の言葉に反応する様子は無く、主は只々ずっと白龍を見つめている。

 白龍も其の空気に耐えられなくなったのか、頭を掻いて微笑んだ。

「あー、こういう時なんて言うんだ?えーっと。()()()()()だな」

 白龍が其の言葉を言った瞬間、主の目がこれまでに無い程見開かれた。そして悲しそうに目を閉じ、開かれた頃に何事も無かったかの様に主は口を開いた。

 (しか)し主は悲しそうな、愛おしそうな瞳で彼を見つめている。

()()()()()、白龍。私はこの屋敷の主。今から屋敷を案内するね」

「ああ!宜しく頼むぜ」

 主は白龍に微笑んでいたが、其の瞳の奥では悲しんでいる様な、失望している様な感情が感じ取れた。

 そんな主の姿を見て、私の胸はチクリと痛んだのだった。


 其れから暫くは主と共に、白龍に屋敷を案内して回った。私の時と同じ様に。

「そういや、きみも妖なのかい?」

 白龍がふと私に尋ねた。

 私は微笑んで頷き、軽く頭を下げた。

「自己紹介が遅れたな。私は鴉天狗。お前と同じく主に呼び出され、縁を結んだ妖だ」

「そうか。そうか。宜しくな、鴉天狗」

「あぁ」

 私と白龍の会話を主は黙って聞いていた。

 其の頃には白龍が来た時の事が嘘だった様に、何時(いつ)もの主に戻っていた。

 あの悲し気な、愛おし気な表情は何だったのかと思う程に。

 私と白龍が握手をしていると、廊下の先で物を落とす様な大きな音が響いた。

 目を向けると其処(そこ)には火車が沢山の本を落とし、目を見開いて此方(こちら)に目を向け立ち尽くしていた。

「あいつも妖か?」

「ああ。彼は火車と言って――」

 白龍の問いに私が答えていると、火車が彼の胸元に飛び込んだ。

 火車は白龍の胸倉を掴んで、グッと自身の顔の方に近付けていた。

「いつまで待たせんだよ!アンタが来るまでこっちは!――」

 火車が其処まで言った時、主が手で其れを制した。そして首を横に振る。

 其れだけで火車は主が何を言いたいのか気が付いたのだろう。

 目を見開いて白龍から手を離すと、主の肩を掴み、縋り付く様にしゃがみ込んだ。

「嘘でしょ?主、嘘って言ってよ……」

 火車の必死な言葉とは裏腹に主はただ首を横に振っている。

「どういう事だ?」

 白龍が尋ねて来たが、其れは私が聞きたい。

 私は何が何だか分からず、黙って首を横に振るしか無かった。

 白龍は私の表情や行動から何かを感じ取ったのだろう。其れ以上は何も話さなかった。

 火車は其れから少しの間ずっと主に縋り付いていたが、主の返答が変わらない事に諦めたのか、立ち上がり白龍の方を見た。

 其の表情は怒っている様な、悲しんでいる様な何とも言えないものだった。

「アンタ、本当に俺の事分かんない?」

 突然の言葉に白龍も驚いたのだろう。白龍は言葉を失ったまま火車を無言で見つめている。

 火車は其れで分かったのか、俯いて歯を食い縛った。

「ごめん、忘れて……。俺は火車。これからよろしくね」

 火車は俯いたままそう言うと、スタスタと本を落とした所まで歩いて行き、本を全て拾うとそのまま私達とすれ違って去って行った。

「どういう事なんだ?主」

 私は主に釈明を求めた。

 白龍も先程の事について気になるのか、主をジッと見つめている。

 主はジッと私の瞳を見つめ返していたが、はぁと溜息を付くとポツリと呟いた。

「過去に囚われているんだよ。火車も、私も、ね……」

 主の言葉に何かが込められている事は分かったが、其れが何なのかは今の私には分からなかった。

 そして、私の隣で白龍が静かに顔を歪ませ、頭に手を当てている事には、()の時の私は気が付いていないのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ