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妖鴉迷譚  作者: 舞木百良
8/18

私が『主』について知った日

 二千四百八十一年、葵月(あおいづき)の十八日。曇り。


 私は政府であった主への仕打ちや対応について火車(かしゃ)に尋ねる為、火車の部屋に向かっていた。彼とは予定が中々合わず、二週間経った今日、やっと尋ねる事が出来るという訳だ。

 火車の部屋に向かう(ため)自身の部屋を出て廊下を進む。

 裏庭に突き当たると先日の雨の粒が残っているのか、紫陽花(あじさい)の花が光加減でキラキラと輝いている。天気が悪いのが唯一懸念点ではある。

 彼の部屋の前に着き、私は目の前にある障子を叩く。

「どうぞ〜。入って〜」

 火車の軽快な返事が部屋の中から聞こえ、私は障子を開けた。

「失礼するぞ」

 部屋の中は一見何の変哲も無さそうだが、障子を開けて真っ先に目を向ける場所にある本棚にはぎっしりと本が詰め込まれており、其処(そこ)に入らなかったのだろう本達は床にずらっと積み重ねられていた。

 火車は()の幾つもの本の中に埋もれて何かを探していた。

 私は部屋の中を見渡すと、本を踏まぬように気を付けながら中に入り障子をスッと閉めた。

「ごめんねぇ。主に渡すために置いといたやつどっか行っちゃってさ。探すからちょっと待って」

 何時(いつ)も真面目でシャキッとしている火車からは有り得ない様な、だらしない部屋の様子に何だか微笑ましくなった。

 ――彼も普通の(あやかし)らしい一面を持っているのだな。

 妖と言えど、誰一人として完全無欠な存在ではない。其れは分かっているが、真面目な彼にも苦手なものがある事が分かり、少し安心したのも事実だ。

「あった〜!!」

 少しして火車が一枚の紙を掲げ、嬉しそうに叫んだ。そして持っていた其の紙を、押入れの襖にある銀色の所に碁石の様な物を使って貼り付けた。

 火車は私の方に振り向くと、微笑んで私に座布団を差し出した。

「さ。探しものも終わったし、俺とお話しよっか」

「ああ」

 私は其の座布団に腰を下ろし、火車と対面になるように座った。

「えっと、どこから話したらいいのやら……」

 火車は私の顔を見ると困った様に眉を下げ、私から目を逸した。

「全て話して欲しい。主が特殊な(いわ)れについて、主が政府並びに他の妖降師(あやかしおろし)から良い扱いを受けていない件について……」

「主が他の人よりも強い霊力を持ってるって話はしたよね?」

「ああ。此処(ここ)に来た日の夜にな」

 私の言葉に悩んでいた火車だが、眉を下げたまま此方(こちら)を見ると、不安そうな表情のまま口を開いた。

「主は妖降師になってから一年ちょっとしか経ってない。いわゆる新人なんだ。でも、主はその霊力のおかげ。いや、その霊力のせいで、他の人よりも強力な妖と縁を結べるし、強力なバフ…味方の強化も出来る。だから、先輩の妖降師達には嫌われてるの。新人のくせに……ってね。政府については、主個人の問題かな……」

 火車は言葉を選びながらもそう言うと、私を真っ直ぐに見つめ返して来た。

「そんなことを言っても、主は俺達と違って人間。強大な霊力全てを保有し、それら全てを精巧に扱うことは出来ない。だから、体調を崩しやすいんだよ。少しの貧血とか、少しの頭痛くらいなら、俺だってとやかく言うことはない。でも、動けないほどの激痛を、苦悩を隠すんだよ。主はさ。だから、(からす)も主を支えて欲しい」

 火車の眼は真剣其の物だった。

 主を本気で思うからこその言葉。主を心配しているからこその表情。自分一人では限界がある事を分かっているからこその強く握りられた震える拳。

 彼は理解しているのだ。

 自分の未熟さを、自分の幼稚さを、自分の稚拙さを。

 だからこそ、一番大切で護りたい存在を、私にも任せようと頼んで来ているのだ。

 彼一人では主を護り抜く事が出来ないから。

「承知した」

 私の一言で火車は安心した様に微笑んだ。

「ありがとう。でさ、ちょっと相談なんだけど――」

 私は、其れから暫く続く色々な火車の話を聞いていたのだった。


 昼過ぎ。

 私は畑当番を終え、縁側でのんびりと曇り空を見上げていた。

 もうすぐ雨の季節だからか、ムシムシとした天候が続き、少し嫌気が差して来る。

「あ、鴉天狗(からすてんぐ)

 声の主の方を見上げると、其処には雷獣(らいじゅう)の姿があった。

 昨日やっと火車から独り立ちした雷獣は、何やら反物(たんもの)を持っている様だった。

「其れは反物か?」

 私が尋ねると、雷獣は自分の持っている其れを一瞥(いちべつ)した後頷いた。

「何に使うんだ?」

「主が貰ってきてって言ってたものを貰ってきただけだから分かんない。大事なものなんじゃない?それなりに値段は張りそうだし」

 雷獣が私に見える様に身体を屈め、持っている反物を少し広げる。

 反物は白地に光加減で見えるような鱗文が描かれており、所々に(しか)し等間隔に描かれた灰色の桜の紋様から主の物である事が伺える。

 其の光沢や手触りから確かに高価な物だと受け取れる。

 ――併し、何故(なぜ)主は突然反物を購入したのだろう。

「綺麗な反物だな」

「そうでしょ」

 突然聞こえた声に、私は瞬間的に声の方へ顔を向ける。

 其処には微笑んだ主が立っていた。

 主は雷獣が持っていた反物を受け取ると、愛おしそうに其の反物を撫でた。其の瞳はまるで愛し合う人を見る眼差しの様だった。

 チクリと私の胸が痛む。

 私は其の痛みを誤魔化す様に、主の顔を見つめる。

「其の反物は何に使うんだ?」

 私が主に尋ねると主は反物から目を私に向け、反物を持つ手とは逆の手で自身の服の裾を掴んだ。

「新しい着物にしようと思ってね。今の物は妖降師になってすぐ、おじいちゃんから貰ったお古だから」

 主は笑って反物の裾を自身の首元に当て、もう片方を肩掛けの様に肩に掛け腕の方に流すと、其の裾をまるで着物の袖を持つ様に持った。

「どう?似合うかな?」

 主の白い肌を際立たせるような其の白い反物を見て、私は微笑んで頷いた。雷獣も同じように、併し私よりも激しく頷いていた。

「そういえば、鴉天狗。火車から話聞いた?」

 反物を畳みながら主が私に問い掛けた。

 主は私が火車に主の事を聞いた事を知っていたのだろうか。其れを話題に出そうとした時、私の脳が其れを制止させた。

 ――待て。もし、違う話題だとしたら、私と主の間には耐えられない程の沈黙が流れるのは事実だ。

 私はまるで何も知らない、聞いていない者の様に主に向かって首を傾げた。

「何の事だ?」

 私がそう尋ねると、主は呆れた様に微笑んで私を見つめた。

「火車、言い忘れたみたいね。明日から、貴方に近習(きんじゅう)をしてほしい。火車に変わってね」

 主の言葉に私は大層驚いた。

 近習。其れは主の側で仕える、当番とは違い主直々に任命され、主の手伝いをするものだ。そして当番と併合して行う当番の様な当番ではない様な制度だ。

「何故私なんだ?火車は何故――」

「鴉ー!!」

 廊下の先から叫びながら火車が走り寄って来た。

 バタバタと音を立てて此方まで走り寄ると、縁側に座ったままの私の肩を掴んだ。

「ごめん!言い忘れてた!」

 と火車が言った時、火車は主の存在に気が付いた様だった。

「主!あ……もしかして、もう言っちゃった?」

「近習についてはね。理由は火車から言ったらいいよ」

 主がそう言うと、火車は私から手を離し頭を掻きながら口を開いた。

「俺は強くなりたい。だから戦当番中心にしてもらうんだ。でも、それだと近習の役目が(おろそ)かになる。そこで考えたのが、近習の交代ってわけ」

「それを私が承諾して、火車に後継は誰が良いか聞いたら鴉天狗だって言うから」

 火車自らの意志で私を近習としたのだ。

 朝方に火車の部屋で行われたのは、主を支える協力者を増やすものでは無く、私に主を託すだけの技量があるかを試されていたのだろう。

「何故、私なんだ?」

 そうだ。

 近習を火車から引き継ぐのは何の問題も無いが、何故他の古株の妖達ではなく、この前来たばかりの新人である私に託そうと思ったのだろうか。

 選りにも選って()()などという重要な役を。

 火車はうーんと唸って悩んだ後、私では無い誰かを私に重ねている様な目で私を見つめ微笑んだ。

「俺の勘ってやつ?鴉になら主を任せてもいいかなって……」

 私は火車が其の様な理由で私に近習を任せたのでは無いと分かっていたが、敢えて其れは聞かなかった。

 何故か聞いてはいけない気がした。私が踏み入ってはいけない様な、そんな何かを今の火車に感じたのだ。

「分かった。近習を引き受けよう」

 私は其の言葉しか出て来なかった。

「ありがと。今日から三日間で鴉に近習の色々を教えるから、覚悟しといてね」

 火車は嬉しそうにそう言うと、主と何かを話し出した。

 今考えると、私が火車の部屋に訪れた時火車が探していたものは、近習についてのものではないか?と私は思うのだった。

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