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妖鴉迷譚  作者: 舞木百良
7/18

私に後輩が出来た日

 二千四百八十一年、葵月(あおいづき)の八日。晴れ。


 会議から一週間経った今日は、何故(なぜ)か朝から騒がしかった。

 廊下をバタバタと駆け抜ける音で私は目を覚ました。障子の方に目を向けると、障子を隔てて大小様々な影が廊下を行き交う。

「ちょっと待てって!人魚さんはその(ひと)お願い!お前、待てコラー!!」

 上体を起こすと、火車(かしゃ)のものと思わしき声が先程走り去っていった影を追い掛けて行く。

 何があったのかと、私はまだぼんやりとしている頭のまま障子に四つん這いで近寄り、少し隙間を開けて障子から顔を出した。と直ぐに高速で何かが目の前を通過して行く。

「何だ?」

 私が驚いて目を見開き、何かが通り去った方に顔を向けていると、逆側から火車が呼吸を荒くしながら走って来た。

(からす)。ごめんなんだけど、手伝ってくんない?」

 膝に手を当て肩を大きく揺らしている火車が私を覗き込む様にして立ち止まった。私が火車の方に目を向けると、彼は目を瞑り如何(いか)にも苦しそうだった。

「何があった?」

「新しい(あやかし)、が来たんだけど。そのうちの一人が主、抱えてつれ去…っちゃって。ソイツを、追いかけてて、屋敷初めてのくせに、俺追いつけなくて……」

 火車は上がった息を整えながらもそう言うと、額に流れた汗を腕で拭った。

「だから、ちょっと手伝ってくんない?」

 主の事が心配なのだろう。心配そうな瞳で私を見つめている。

 ただでさえ危なっかしい主を、来たばかりの信頼も出来ない妖に連れて行かれたとなれば、心が休まる暇も無いだろう。

「分かった。少し待て」

 私は障子に手を掛け立ち上がると、箪笥(たんす)からじゃーじの上着を抜き取り腕を通した。何時(いつ)も通りふぁすなーを上に上げ定位置に持って行くと、廊下の方に歩み寄る。

「俺が追いかけてるヤツの名前は雷獣(らいじゅう)。今日さっき来たばっかで、戦装束(いくさしょうそく)のまんま主抱えて屋敷の中走り回ってる」

「他に其奴(そやつ)の身体的特徴は無いのか?」

「特徴……。あっ!鴉よりも身長が高い」

 ()れまで私より大きい者が居なかった此の屋敷に、やっと私よりも大きい者がやって来たか。(しか)し、()れが雷獣とやらを見つける(ため)の特徴になるとは思わなかった。

「分かった。屋敷の中を一通り探して見よう。見つけたら、火車の元へ連れて行けば良いか?」

「いや、執務室につれてって。んで、他の妖に頼んで俺を呼んで」

「了解した」

 私と火車はそう会話をすると、互いに違う方向に歩き出した。(いや)、火車は少し駆け足で去って行った。


 一通り屋敷内を探して見たが、其れといった姿が見当たらない。

 ――併し何故主を連れ去ったのだろう。考えても分からず、取り敢えず私は探していない書庫の障子を開けた。

 スンッ。

 ()()()()がした。

 私の頭に、脳に最悪の想像がなされ、一周回って真っ白になった頭のまま慌てて匂いのする方に駆け寄る。匂いが近くなり、駆け寄った勢いのまま本棚に手を掛けガタンッという音が鳴り響いた。

「主!」

 本棚の影に目をやる。

 其処(そこ)には鋭い目で私を見つめる端正な顔立ちの男性と、其の男性に手で口を塞がれたまま彼を睨み付けている主の姿があった。

 主は腕を怪我しており、其処から血が流れ出ていた。

「ありゃりゃ。見つかっちゃった…」

「お前……!」

 私が其の男性の胸倉を掴もうとした瞬間、主が彼の手に噛み付いた。男性が「痛ッ!」という声と共に手を離すと、其の隙に主が私の胸元に飛び込んで来た。

 其の光景に私は少し狼狽えたが、主を右腕で抱き支え、男性の胸倉を左手で掴んだ。彼はゔっと声を上げ私と目が合う。

 彼が火車の探していた雷獣だろう。

「お前、主に何をしていた?」

「それはノーコメントで」

 のーこめんと、とやらは分からんが、雷獣の態度を見るに話したくないとの事だろう。併し彼の瞳は私を見つめ、揺れている。何か隠している事は必然だった。

 私は雷獣の胸から手を離し、彼を見下ろした。

「何をそんなに不安がっている?此処にはお前を退治しようとする者など居ないぞ」

 雷獣の目が見開かれた。

 古来から私達天狗は退治される事が少ないが、雷獣は違う。どんな四方山話(よもやまばなし)でも雷獣は退治されてしまう。

 伝説上の妖に囚われているという想像で雷獣に声を掛けたが、どうやら当たった様だった。

 何時の間にか主も雷獣の事を見つめており、目を見開いたままの彼の顔に手を当てた。彼はビクッと身体を震わせ目をギュッと瞑った。

「大丈夫、みんな貴方を歓迎する。怖くないよ」

 主の言葉に雷獣の瞳が不安定に揺れ、主を見つめる。彼は先程の余裕綽々とした態度とは打って変わって、迷える子羊の様に小さく見える。

 気が付くと私は雷獣に手を差し出していた。彼を救いたい、其の一心で。

「共に来い。お前を歓迎する」

 私の差し出した手と私の顔を交互に見た後、雷獣は私の手を取った。今にも泣きそうな表情で。

「ごめん、なさい。オレ……オレ怖くってさ」

 前言撤回。今まさに大粒の涙を流しながら泣いてしまった。そんな雷獣の頭を撫でる主と子供の様に泣きじゃくる雷獣を見ていると、何処(どこ)か親鳥と巣立つ前の雛鳥の様に見える。

鴉天狗(からすてんぐ)。ごめんだけど、彼を支えて一緒に執務室に来てくれる?」

「其れは構わないが。主の其の怪我の手当ての方が最優先ではないか?」

「これ、思ってるより傷は浅いから大丈夫。執務室で応急措置するし」

 主の言葉に私は、なら。と言って頷いた。主を安全に床に降ろした後、雷獣の手を引っ張り立たせる。

 雷獣はヒックヒックと未だ涙を流している。彼は一体全体何処に威勢を落として来たのだろうか。と私は思ったのだった。


 雷獣を連れて執務室に向かうと、執務室の近くで火車と合流した。

 火車は雷獣を一目見ると地獄の鬼の様な顔をして口を開いたが、真っ赤な目の彼が火車を見て私の背中に隠れた事で、ポカンとして固まってしまった。

「えっ、えっ。どうしたの、ソイツ?どこかに頭ぶつけた?」

 雷獣の変わりように火車も驚いて言葉を失っていた。

 そりゃそうだ。爪を立てて威嚇していた野良猫が、家猫になった事で丸くなったくらいの変わりようなのだから。

「話は後だよ。とりあえず、執務室に行こう」

 主の言葉で火車はハッとすると、頷いて私達と共に執務室へ向かった。

 執務室に着くと、主は火車に書庫であった事の説明をしながら火車に怪我を手当てされていた。其の間雷獣は私の斜め後ろにちょこんと座り、私のじゃーじの裾を掴んでいた。

「事情は分かった。ソイツは猫被ったら横暴になるってことね」

 火車が此方に視線を向ける。其れに驚いて雷獣は私の背中に張り付く。

 何故か私は雷獣に好かれた様だ。併し張り付かれると、動きにくいと言ったらありゃしない。

「私もまさか雷獣がここまで変わるとは思わなかったよ」

「本当にね」

 主と火車が此方に呆れた様な微笑みを向ける。

 雷獣に向けられている(はず)にも関わらず、私の後ろにいる所為(せい)で、私まで其の視線を浴びる事になっている。

 私が居心地の悪さを感じていると、後ろにあった障子がスパーンッと勢いよく開けられた。

 驚いて振り返ると其処には見覚えの無い女性が立っていた。人間で言うと、二十代くらいの女性だ。

 其の女性は執務室に入って来ると、同じ様に驚いている火車を無視して、隣にいた主に勢いよく抱き付いた。主の身体が重力に従い、後ろに倒れた。

「ちょ、ちょっと何やってんの!?」

 火車がそう叫んで、主から女性を引き剥がそうとすると同時くらいに開いた障子から人魚が顔を覗かせた。

「すみません。主に会いたいと聞かなかったもので……」

 人魚が執務室に入って来ると、女性を主から引き剥がした。

「ここでは、まず挨拶からするんですよ。主にちゃんと挨拶をしてください」

 ――否、そういう事では無いと思うが。人魚はまさか少し抜けているのか?

 火車を見ると、私と同じ事を思った様で何か言いたげな表情をしていた。

 主はと言うと、特に気にしている風でもなく、人魚と女性の会話を見つめていた。

(わらわ)紅葉(もみじ)。よろしくの、主殿!」

 思っていたよりも、とても元気な声に私は圧倒された。主も近くで大きな声を聞いた為、少し目をチカチカさせていた。

 そんな事を気にする様子もなく紅葉は主の両手を取った。併し、其の手は火車によって払い除けられた。

「ちょっと、主に失礼なことしないでくれる!?アンタ何様のつもり?」

 火車が主を其の胸に納める。主も抵抗無く火車の胸に、ポスンと納まった。

 其の様子を見た時、不自然に私の胸がムカムカしたが、其れよりも紅葉の鬼の様な表情が気になり、息を飲んだ。

 紅葉の顔が見る見る内に赤くなり、髪が重力に逆らって宙に浮く。

「なんで、なんでなんじゃ!妾の主じゃ!返せ!」

 紅葉の長くなった爪が火車に向かう。其の一方で火車が主を守る様にギュッと身体を丸くした。

 私は意識する事無く手元に太刀を出現させ、火車と紅葉の間に滑り込むと、紅葉の爪での攻撃を太刀で受け止めた。

 執務室にカキンッという音が鳴り響いた。

「邪魔じゃ!退け!」

 私の方にも、もう片方の手が振り下げられたが、其れは私に襲い掛かる事は無かった。

「♪~」

 其れまで黙って見ていた人魚が鼻歌を歌うと、紅葉は身体の力が抜けたかの様に其の場に倒れた。どうやら眠っている様だ。

 私は驚いて目を見開いたが、主も火車も驚いてはいない様だった。

「此れは……」

「人魚の能力みたいなものだよ。歌うことで、対象の人物を眠らせることができる」

 私の問いに主が答えた。

 そんな馬鹿な。とは思ったが、目の前で気持ち良さそうに眠っている紅葉を見ると、どうしても信じざるを得ない。

 眠っている紅葉を人魚はズルズルと引きずって私達から引き離すと、主に向かって頭を下げた。

「この度は主及びに仲間を危険な目に合わせてしまい申し訳ありません。紅葉さんには、わたくしから厳しく言っておきます」

「頭を上げなさい、人魚」

 主は光の無い目で人魚を見ていたが、言葉が終わると淡々と人魚に言った。其の一声で人魚が顔を上げると、主は火車の腕の中から立ち上がり、人魚の方に近寄った。

 其の一方で私は手の中の太刀を桜の花弁と共に片付け、二人の様子を見守っていた。

「彼女の教育については貴方に任せる。どうしようもなくなったら、頼っていいからね?」

「有りがたきお言葉をありがとうございます」

 其処まで深刻な状況では無い様だ。

 主はそう言って微笑み、人魚も胸に手を当てて再度頭を下げた。

 そういえば。と私は思い、一人にしてしまった雷獣の方を見ると、其処に雷獣の姿は無く、何故か火車の背中の後ろにいた。火車は気付いていない様だが。

「さ、彼女のせいで中途半端になってしまったけど、雷獣の処遇について話しましょうか」

 主が火車の方を振り向いた。

 火車もやっと自身の背中に隠れる様にして、雷獣が後ろにいる事に気が付いた様だ。

 雷獣は突然視線が全て自身の方に向いた事に気が付き、ビクッと身体を震わせた。

「火車。数日くらい雷獣のお世話を頼める?」

「え~、なんで俺が……」

「お願い」

 主の懇願する様な視線に、火車は目を瞑りうーんと悩む様に唸った後、溜め息を付いて目を開いた。

「今回だけだからね!」

 そう言う火車の表情は何処か頼られて嬉しそうだった。

 そんな火車の事を見て主は微笑んでいたが、何度も同じ様な事を繰り返している様な雰囲気を私は感じ取った。

 少し可哀想な気もするが、火車が嬉しそうであれば良いと、私は思ったのだった。


 昼餉(ひるげ)を取った後、私は屋敷の奥にある書庫に居た。書庫と言っても戦績などの重要書類から、女性の間で流行っている様な小説など、様々な書物が揃っている。

 誰かが定期的に整理しているのであろう。著者名や出版社などあらゆる種類が分けられている。

 また、此の書庫には妖達私物の本も混ざっているらしく、誰かの私物である本を持っていって読む事も可能なのだという。

 そんな書庫で私は先日から感じる身体の不調を調べる為、医学書に片っ端から目を通していたが、特定の人物の前でのみ現れる身体の不調などは()の医学書にも記されていない。

 持っていた医学書にも、特に関係する様な事は書いておらず元の場所にスッと挿し入れる。と同時に書庫の障子が静かに開く。

 其処に立っていたのは天狐(てんこ)だった。

「あら、鴉天狗さんもいらっしゃったんですね」

「少し調べ物をな」

 天狐は私を見つけると微笑んで言った。そして持っていた本の山を一冊ずつ棚に戻していた。

「天狐は何の本を読んでいたんだ?」

「これですか?これは料理本です。皆さんに少しでもいい食事を取ってほしくて、勉強してたんです」

 天狐はそう言って微笑み、一冊の本の表紙を此方に向けた。其処には美味しそうな肉じゃがの写真が載っている。

 私は其れを見て、天狐が料理上手な理由を悟った。

 天狐は誰よりも努力家だ。其れは料理以外にも掃除を含めた家事や戦当番を含めた戦いにまで及ぶ。

 其れは()(かく)、此の屋敷には料理をまともに出来る者が少ない。

 主は料理をしている所を見た事が無いし、煙々羅(えんえんら)(わざわい)は手伝いの範疇でしか料理が出来ない。(さとり)は盲目の為包丁を扱うのは苦手で、本日来た者は料理という概念を知っているかすら怪しいだろう。

 とは言え私も、あまり料理は得意では無い。其れこそ卵焼きが得意料理という程だ。

 料理が満足に出来るのは天狐を含め四人程だろう。其れでも、天狐程に料理上手な者はいないが。

 だからこそ、天狐は屋敷の中の誰よりも料理当番に任命される事が多い。

「次も期待していいか?」

 急な私の問いに天狐は驚いた様に目を丸くしたが、直ぐに微笑んだ。

「もちろんです」

 そう言って、天狐は本を戻す作業に戻った。

 私も次の医学書を手に取って目を通す。

 暫く経ち、今度は天狐が色々な本を抜き出しては手元に置く行動に移り始めた。

「そういえば、鴉天狗さんのお好きな料理って何ですか?今度作って差し上げますよ」

 天狗がふと思い出したかの様に私に言った。

 突然の問いだった為私は驚いたが、口元に手を当て考えた末に、頭に浮かんだ料理を口に出した。

「前に食べた、らーめんというものは美味しかったな」

「ラーメンなら本日の夕餉(ゆうげ)ですので、存分に味わってくださいね」

「ああ。そうさせて貰おう」

 私と天狐は微笑み合い、また自身達の作業へと戻ったのだった。

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