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妖鴉迷譚  作者: 舞木百良
6/18

私と他の私が出会った日

 二千四百八十一年、葵月(あおいづき)の一日。曇り。


 私は今日、卯の刻に起き不足が無いよう準備をし、辰の刻に皆で朝餉(あさげ)を取り、()の後に自身の部屋で着物に着替えた。

 着ていた物を脱ぎ、まず手甲(てっこう)を着けていくが、其れに私は目を奪われた。其れは一見ただの手甲だが、左手側に黒い石が嵌め込まれている。

 そうか。()れが――

要石(かなめいし)か……」

 要石は妖によって色が違うそうだが、私の物は黒いらしい。しかも壊してはいけないというのにも関わらず手甲にあるとは。

 (いくさ)当番の時に壊れなかった(ため)、決して脆く無いとは分かっているのだが、落ち着いて戦わねばならんな。

 そんな事を思いながら長襦袢(ながじゅばん)を着る。形を整え紐で縛り、着物を上から着てまた形を整え紐で縛る。其の上から帯を締め、着物の後ろの裾を持ち上げ帯に挟み込む。

 そして(はかま)に足を通し紐を結ぶ。其の上から狩衣(かりぎぬ)と防具を着けて行く。

 一通り防具を着けた私は主との待ち合わせ場所である裏庭に向かった。

 裏庭に着くと、其処(そこ)には通常居るはずの無い人物が待っていた。

火車(かしゃ)。どうした?」

 火車は私の姿を見つけると、タタタッと私に近づきニコッと笑った。

「いやさ、(からす)にとっては初めての政府だろうから心配で」

 そう言って火車は少し真面目な表情で、私の胸に人差し指を突き立てた。

「主は他の人と違って特殊。政府で嫌な目に遭うかもしれない。鴉、其の身に賭けても主を護り抜いて!俺からは以上」

 そう言って火車が手を離し、崩れた私の胸元を整えた。そして、出会って初めて着替え終わった後の時のように私の胸をポンと叩いた。

 火車が心配そうな瞳で私を捉えている。

 彼は優しい。自身が選ばれずに悔しいだろうに、其れでも尚私の事を心配している。人によっては甘いと言われるかもしれんな。

「此の鴉天狗(からすてんぐ)。必ずや主を護り屋敷に戻る事を誓おう」

 私が胸に手を当て、身体を折り曲げそう言うと、火車が何それ。と笑った。

 次の瞬間、屋敷の方から主が歩いてきた。いつもの衣装とは違い、巫女の様な着物に袴姿の主がスタスタと慣れた様子で近づいて来る。

 いつもの姿も緩く可愛らしいが、此の様な姿もいつもと違って美しく見える。

「ごめんね。待った?」

(いや)。待ってはいない」

「そうそう。主が来るまで俺と話してたし」

 主の問いに私と火車が交互に答える。主は安心した様に微笑むと、鳥居の元まで歩き、鳥居に手を(かざ)した。

 (さとり)と戦当番に行った時の様にフォンと何かが浮き出たが、戦当番の時とは違い文字では無く、桜と太陽を合わせた様な紋様だった。

「此れは?」

「主の家紋みたいなものかなぁ。霊力の紋らしいんだけど……」

 私の問いに火車が答える。

 ――霊力の波長や量が紋の様になっているのか?

 主が一通り鳥居に手を翳すと、鳥居の内側が淡く光出す。主は私の方を振り返ると藤色の瞳で私を見つめた。

「行くよ」

「ああ」

 そんな短い会話だったが、私と主は同時に鳥居に向かって歩いた。後ろから火車が「気をつけてね!」と叫んでいるのを聞いた後、私達は屋敷を離れたのだった。


 鳥居を抜けた先は四季折々の花々が咲き乱れ、昼と夜が交差した様な陽で満ち溢れている場所だった。一目で神聖であると分かる様な場所だ。

此処(ここ)何処(どこ)だ?」

 流石(さすが)に会議場では無かろう。こんなにも神聖な見た目の会議場などありもしないだろうから。

 私の問いかけに主は真っ直ぐ前を向いたまま答えた。

「私の霊域」

「霊域?」

「簡単に言ったら私の心の中、あるいは私の霊力の中といったようなもの」

 主は()も当たり前の様に答えた。そして、其のまま一本道を歩いて行く。

 私も置いて行かれぬよう、主の後を追いかける様な形で付いていく。此処で迷えばどんな事になるか分からない。という一種の心配を抱えながら。

 (しか)し、私の心配は一瞬の内に砕かれた。少し歩いた所に先程と同じ鳥居が見えて来た。

 主と(ほとん)ど会話する事無く聖域を抜けてしまう事に私は少し焦ったが、其の時主が私の方を振り向いた。

「あんまり緊張しないで大丈夫だから……」

 主はそう言って微笑み、鳥居の目の前で立ち止まった。

 私の表情から主は私が緊張していると思ったのだろう。緊張していないと言えば嘘になるが、緊張とは違う感情が私の中にはあった。

 此処を出れば会議場。其れを私も理解しながら、主の隣に立った。

「じゃあ、行こうか」

「ああ、そうだな」

 私と主は同時に鳥居を(くぐ)った。


 鳥居を抜けた先は紫陽花が満開に咲く、大きな屋敷だった。此れで天気が良ければ、とても綺麗な風景だっただろうに。

 そんな事を思いながら私は辺りを見渡した。特に特質すべき点も無い、ただの屋敷だ。

 私は何も話さない主の方を見た。

 ――不機嫌だ。そう分かる程に主の眉が下がり、目も嫌そうに細められ、目の前の門を見つめている。

 私が目を丸くして主を見つめていると、主は決意したように溜め息を吐き「行こう」と呟いた。私はああ。と頷いたが、主の表情を見て此の屋敷を恐ろしく感じた。

 門を潜り、目の前に現れた大きな屋敷に目を向ける。主は門を潜る前から終始無言を貫いている。

 そんなに不愉快に感じるのであれば、出席しなければ良いのに。人間は変な所で、真面目を発揮し困る。

 屋敷に上がる。此処は履き物を脱がなくても良いらしい。

 外からは私達の屋敷のように昔ながらの家屋のようだったが、中から見ると西洋の家屋に似た造りになっている事が分かる。

 主の後に付き長い廊下を歩いて行く。暫く行くと、政府の者と思わしき人間の男二人が扉も守るように立つ部屋の前に着いた。

 其の男二人は主の方を一瞥(いちべつ)すると扉を開け、中に主と私を招いた。中は会議場其の物といった造りで、発言台と思わしき場所を中央に、棚田のように段々と座布団が設けられていた。

 座布団の側には立て札が幾つかあり、此れで座る場所を指定されているようだった。既に何人かが座布団に座っており、主に気付いた者の一部が何故かクスクスと笑っている。

 ――此れも主が特殊という(いわ)れなのか?併し、どうも嫌な予感がする。

 主は其れを気にする様子も無く、スタスタと自身の座布団の方へと歩いて行く。そして、とある座布団の前で主は立ち止まった。というよりも立ち尽くした、の方が合っていたかもしれない。

 私の嫌な予感は当たっていた。

 立て札には鳥居に表示されたものと同じ、桜と太陽を合わせた様な紋様が書かれていた。併し、立て札が立てられた所の座布団は一つ。

 嫌がらせ、か。だからこそ、一部の者が主の方を見て笑っていたのだ。

「あ……」

 私は其処まで言って、会議場での規約を思い出し、黙って座布団の近くに腰を下ろす。そして主の手を引き、座布団に座るよう視線で示した。

 主は少しの間其のまま立ち尽くしていたが、苦虫を噛み潰した様に歯を食い縛ると座布団に腰を下ろした。

 程無くして会議場に人々が集まり、緊急会議が始まった。

 会議中の事は面白味の無い内容だったが為に、あまり覚えていない。ただ、政府らが対策を練っている事と、此れまで以上に気を引き締めろ、という内容を長く不要な所まで話した様なものだった。

 会議が終わると、ゾロゾロと人々が席を立ち始めた。主は他の者達よりもいち早く立ち上がると、私が立ち上がったのを確認し、会議場を出る扉に向かった。

 此の場所から早く出たいのだろう。

 其れは私も同じだった。人々の目が品定めをするかの様にギラギラと輝く此の場所は、長い時を語られて来た私でさえ居心地が悪い。まだ数十年しか生きていない主は、私よりも居心地が悪かった(はず)だ。

 主は会議場を仕切る扉を両手で開け放つと、足早に会議場を出て行く。其の後を私も追った。

 併し、事はそう上手く進まない。私達は後ろから来た人物に呼び止められた。

「おーい。桜陽(おうよう)屋敷の主よ。我が主人の呼び出しだぞ」

 振り返った先には黒く短い頭髪に青い瞳、黒い着物に身を包んだ『()』が居た。正確には私では無い。私と姿、形が全く同じ人物が立っていた。

 私が警戒しながらも、目を丸くして彼を見つめていると、彼は私の視線に気が付いたようで、私の方を見て微笑んだ。

「桜陽屋敷にも、やっと私が来たか。何時(いつ)来たんだ?」

「先日ですよ」

「先日の何時頃だ、と聞いているのだが?」

「それを貴方に教える義理はないと思いますが?」

 主はよっぽど機嫌が悪いらしい。いつもよりも低く淡々とした声で、素っ気なく目の前の彼の質問に答えている。

 私は二人の会話を会議場の規約通りに黙って見ていたが、彼は主の反応を見て私の方に目を向けた。

 そして私の顔の目の前まで、自身の顔を近付けて来た。私は驚いて目を見開き、スッと後ろに一歩下がった。続いて彼を睨む。

「そう睨むな。君は来たばかりで、私が何故君と同じ姿か知らないだろう?」

 彼の言葉は事実だった。だから私は彼に向かって頷いた。彼はそうか。と笑い私と自身を指差しながら説明を始めた。

「私が君と同じ姿なのはな、私も君も『()()()』だからだ。同じ名の妖は同じ見た目になる。性格なんかは違うが、な……」

 彼の言葉には流石に驚いた。

 ――同じ名の妖は同じ見た目。其れを格付けるかの様に、全くそっくりな見た目の私と彼。

 驚いている私を見て、彼はニヤニヤと笑うと私達に背を向けた。

「付いて来い。我が主人の元へ案内する」

 彼の言葉に主と私は頷く。

 彼の言い様は何処か胡散臭いものだが、信頼に値しない程では無い。其れに彼の言動から、彼の主人は政府の御仁(おひと)だと分かる。政府の者であれば、政府が管理する屋敷内で危害を加えようとする事は無いだろう。

 私はそう思いながらも、気を抜く事無く主の、彼の後を付いて行った。


 彼が立ち止まったのは、少し入り組んだ場所にある部屋の扉の前だった。

「主人~。桜陽屋敷の主を連れて来たぞ~」

 彼は其の扉を勢いよくバンッと開け、にこやかな大きい声で言った。

 部屋の中は文豪でも住んで居そうな、本が一杯に詰め込まれた本棚が幾つも並び、其処には似つかわしく無い様な洋風の机と椅子がポツンと配置された様な所だった。

 其の椅子にご高齢の御仁が一人腰掛けていた。歳は七、八十といった所か。

「いきなり呼び出してすまなかったな、お嬢ちゃん」

「良いんだよ、おじいちゃん。何か気になることでも?」

 主は其の御仁をおじいちゃんと呼び、何処か親しげだった。此処まで案内していた鴉天狗の彼は、御仁の椅子に背中を預けた。

「いやな。この度、安藩の屋敷が幾つか落とされただろう?お主から見て、今の状況はどう思うかと思ってなぁ」

「今回は中でも霊力の弱い妖降師の屋敷ばかりだった。特に今の運営に問題があるとは思えないけど、着実にアンノウン達が力を付けているのは事実。私としては、新人の妖降師を早く戦力にすることが最優先だと思ってるよ」

 主が話す姿に、御仁もコクコクと頷き、静かに主が話し終わるのを待っていた。そして、主が話し終わると、次は私の方を向いて私を見つめた。

「お主は会議の内容を聞いてどう思った?桜陽屋敷の鴉天狗よ」

 私は口を開き掛けたが、規約の事を思い出し口を(つぐ)んだ。私の其の姿を見て御仁は微笑み、鴉天狗の彼はニヤニヤと笑った。

「とても真面目な妖に恵まれたなぁ。お嬢ちゃん」

「はぁ、そうだね。鴉天狗、おじいちゃんの前なら話してもいいよ」

 主が私の方を微笑みながら見た事で、私も主に微笑んで御仁の方を向いた。

「私は会議では必要な事項を話していなかったように思う。不要な自身達を保身する様な内容ばかり。主達の事を助けるという名目で、主達の事を蔑んでいる様に聞こえてしまったな。本当に今回の出来事を解決したいと思っているのであれば、政府でも他の強力な妖でも派遣すれば良かったのだ。会議なんて開かずともな……」

 御仁は驚いた様に目を見開いていたが、直ぐにフッと真顔になり私と主の顔を交互に見つめた。

 ――少し強めに言い過ぎただろうか?政府の御仁に向かって、政府の悪口を言ったものだ。咎められてもおかしくは無い。

 そう思い覚悟していると、御仁の椅子に背中を預けていた鴉天狗の彼が声を上げて笑った。

 彼の笑い声を皮切りに御仁と主も微笑み、私は面を食らった様に目を丸くした。

「流石だな。政府の者である(わし)の前でも物怖じすることなく、事実だけを述べるとは普通の妖にすら難しいことだ。お嬢ちゃんに似ておるな」

「変なところ、ね」

 主がそう言った事で、部屋の中は御仁と鴉天狗の彼の笑い声で満たされた。

 私は少し気になった事があった為、御仁に向かって手を上げた。御仁は私の行動に気が付くと、手の平を差し出して私の言葉を促した。

「屋敷に来た、せんりというのは貴方の猫か?」

 私の言葉に御仁は目を丸くすると微笑んだ。

「まぁ、そうとも言うな。正確には政府に勤めている『猫又(ねこまた)』だがな」

「猫又?」

 御仁は頷いた。

 私が見たのは猫又では無く、どう見てもただの猫だった。猫又というのはどういう事だろうか。と私が考えているのを見抜いたのか、御仁は此方に目を向けた。

「猫の姿の方が都合が良いんだよ。街に繰り出すのも、外を出歩くのもな」

 御仁の言葉に、私は納得して頷いた。

 確かに私も鴉でいた方が都合が良いと思う時もある。御仁はそういう事を言いたかったのだろう。

 そして御仁の言葉から、此の御仁はせんりの言っていた元老様なのだろうという事が分かった。

「さぁ、もう帰りなさい。お嬢ちゃんの屋敷の妖は心配性な者ばかりなのだから」

「うん」

 元老様の言葉に主は頷き、私も頭を下げてお礼をした。其れを黙って見ていた鴉天狗の彼が、さぁ付いてこい。と言って部屋を出ていき、私達も其の部屋を後にしたのだった。

 鴉天狗の彼の案内で、部屋に行く前に声を掛けられた廊下を過ぎ、屋敷の外に出た。

 私達が屋敷の門を潜り外に出ると、鴉天狗の彼は門に身体を預けて此方を見ていた。

 其処で主が指をパチンッと鳴らすと、どういう原理か目の前に鳥居が現れた。私が驚いていると主は行きと同じ全ての事を終わらせていた。鳥居の内側が淡く光っている。

 私は鳥居に入る直前、まだ此方を見ている鴉天狗に頭を下げた。

 鴉天狗の彼は、私達が鳥居に入るまで手を振っていた。何処か抜けている様な、意地悪い様な雰囲気を纏っている鴉天狗だ。

 同じ妖と言えども異なる個体がいると理解させてくれた、私と同じ鴉天狗の彼との出会いの日であった。

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