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妖鴉迷譚  作者: 舞木百良
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私が選ばれた日

 二千四百八十一年、五月雨月(さみだれづき)の三十一日。霧。


 本日、私は掃除当番になった。(いくさ)当番を担って以降、主の計らいにより私は当番に当てられる事無く、他の(あやかし)の手伝いをして過ごしていたが、今日やっと当番を命じられた。

 私の掃除担当は屋敷の外。つまりは裏庭や畑周辺などが私の掃除場所という事だ。

「では、屋敷外の掃除をお願い致します」

「ああ。了解した」

 同じく掃除当番に任命された人魚と倉庫で別れる。人魚は屋敷内部の掃除をしてくれるらしい。

 屋敷内部の方が掃除範囲が多いらしく、人魚は慣れているからと、私に掃除範囲が少ない方を渡してくれたのだった。

 私は取り敢えず裏庭から掃除をしようと思い、菷を持って裏庭に向かう。

 裏庭は掃除をする所があまり見当たらない程に、綺麗に整えられていた。()の裏庭には似つかわしくない落ち葉や枝などを菷で掃いていく。

 少しの間掃くと、辺りには落ち葉や枝などが見当たらなくなった。其れを片付けると鳥居を拭く(ため)に菷を避け、雑巾を手に取る。

 ――鳥居は無闇矢鱈(むやみやたら)に触らない事。

 人魚が掃除を始める前に私に伝えた事だ。あまり触れると、鳥居が何処(どこ)かに繋がってしまう。との事だった。

 鳥居を拭き終わり、裏庭を見渡す。霧の所為(せい)であまりよく見えないが、先程よりも綺麗になったと思う。

 私は菷を持って、畑の方へ向かったのだった。

 畑は裏庭を抜けた先にあり、其の畑を越えた先には小さな池がある。其の池は主のお気に入りの場所らしく、たまに池の近くの岩に腰掛け、本を読む姿を目にしていた。

 少し歩くと畑の近くに着き、私は其処(そこ)に菷で掃き始めた。

 ()の屋敷の敷地は、何処も綺麗で掃除する場所を見つける方が難しい。何でも、主の霊力が強い為に、霊力を敷地内に流しているらしい。其の為か屋敷内も屋敷外も敷地内であれば、汚れる事はまず無いという。

 其れでも季節が変わり、其処で暮らしているからにはある程度の屑は出てくるのだそう。

 屋敷の方から池の方に向かって菷を動かしていると、霧に人の影が映った。驚いて、思わず菷を構えると服をパンパンと叩きながら(さとり)が畑から歩いて来た。

「あっ、鴉天狗(からすてんぐ)じゃん。今日掃除当番なの?」

「ああ。覚は畑当番か?」

 覚が顔に付いた土を手で拭いながら、私の持つ菷に目線を向けた。覚は先程取れたのだろう大きな甘藍を手に持っている。

「そうだね。ボクは何か理由がない限りは畑当番やってる」

 覚が微笑みながら、其の甘藍を足元にあった木箱に入れた。木箱の中には甘藍だけでは無く、牛蒡、馬鈴薯、茄子などの野菜も入っている。

「大収穫だな」

「今日は主の霊力が安定してるからね。取れる時に取っとかないと」

 屋敷などの建物や土地だけでは無く、野菜にまで主の霊力が影響されているとは。主が居なければ、此の屋敷は直ぐ様食料難に襲われてしまうな。

「そうか、頑張ってくれ。では、私も掃除に戻る」

「うん。そっちも頑張ってね」

 覚と手を振って別れ、私は池の方に歩みを進めた。池に近付いて行ってもあまり汚れた場所は無く、菷を持ったまま畑から池への周辺をウロウロしていた。

「♪〜」

 池が見える辺りまで来た時、池の方から誰かが歌う声が聞こえて来た。霧の中目を凝らすと、池の近くの岩の上に主がいる事に気が付いた。

 主は岩に腰を下ろし、池の方を見て歌っている様だった。主の歌声に夢中になっていた所為か、其処にあった枝に気が付かず、私の体重で枝がパキッという音を立てて折れた。

 其の瞬間、主が歌うのを止めてバッと此方(こちら)に視線を向けた。私と目が合う。

「なんだ、鴉天狗か。脅かさないでよ」

「其れは済まない」

 主の言葉に私は頭を下げたが、主は微笑んで岩から降りた。そして、私の方まで歩いて来ると下げている私の頭を撫でた。

「今日は掃除当番だったね。よく頑張ってるね」

 私は少し恥ずかしくなり、顔が少し熱くなる。(しか)し、主の手は其の間も優しく私の頭を撫でており、其れに対して私は嬉しく思うのだった。

 私の黒い髪と相反する様に白く小さな手が、私の髪を優しく撫でる。

「あ、主。もう大丈夫だ」

 私が言葉に詰まりながらもそう言うと、主は目を丸くした後、顔を背け手を引っ込めた。

「ごめん。つい……」

 主の顔が見る見る内に赤くなっていく。照れている様だ。

 つい。という事は、主は他の妖にも同じ様な事をしているという事なのだろう。

 其れを考えた時、私の心臓がチクンと少し痛んだ。嫌だなと頭の何処かで思ってしまった。

 ――嫌だ。とはなんだ?自身が思った事であるのに、何故(なぜ)そんな事を考えたのか分からず困惑してしまう。

 私が俯いて頭を回転させていると、主は何を思ったのか私の顔を覗き込んで来た。

「大丈夫?」

 主の顔が突然視界に映った事で、私は驚いてバッと顔を上げた。そして一歩下がってしまったが、ハッとなり主に視線を移すと、主はポカンとした様子で首を傾げていた。

「あ、ああ。大丈夫だ」

 私が主に答えると、主は微笑んだ。併し、少し心配の色を含んだ微笑みだった。

「ある――」

「主!緊急、緊急!今すぐ門まで来て!」

 私の言葉に被せる様にして、火車(かしゃ)が屋敷の方から手を大きく振りながら叫び走ってきた。

 火車が此処(ここ)までやって来ると、膝に手を当て肩で息をしながら俯いて、息を整えていた。

「何があったの?」

「門の前にせんりが来てる。緊急の手紙だとか、何だとかで……」

 主の言葉に火車が答えると、主の表情が変わった。

 せんり。という名の者が誰かは分からなかったが、主や此の屋敷にとって重要な人物であるのは主の表情から優に想像出来た。

「分かった。今すぐ向かう」

 主はそう行って屋敷の方に足を進めた。

 私も内容について気になり、思わず主の肩に手を置いた。其の瞬間、主が此方に目を向けた。鋭い目だった。

「私も付いて行って良いか?」

「勝手にして」

 私の言葉に主は少し目が泳いだが、私の手を優しく避けると、再度屋敷に向けて足を進めた。私も主の後を追って火車と共に屋敷の方に向かった。

 主の歩みが少しずつ駆け足に変わる。其の事から、せんりの手紙は主にとって重要な物だと分かる。

「其のせんりという者は何を伝えに来たんだ?」

 私が隣の火車に向かって言うと、火車は困った様な表情で顔を横に振った。分からないという事だろう。

 屋敷を通り過ぎ、屋敷の門に向かう。

 門は片方のみ開いており、其の間から白いモフモフが覗いていた。門の外にいたのは真っ白な毛並みの猫だった。

「せんり。緊急って何?」

 主が其の猫に向かって尋ねる。せんりというのは人間でも妖でも無く、ただの猫だったのか。

「主殿、政府からのお手紙でございます。元老様直々のご命令で参りました」

 猫が喋った。とても流暢に。加之(しかのみならず)、後ろ足のみで立っている。普通の猫では無い事は明らかだった。

 其の猫、せんりは背中に背負っていた木箱から手紙を取り出すと、主に向かって差し出した。

 主は其の手紙を受け取ると、急いで封を開け中身を確認した。主の表情が見る見る内に険しくなる。

「これは……」

「元老様は主殿の参加を希望しております。急ぎの事ですので、今お返事をもらえますと幸いです」

 せんりが足を揃えて主を見上げる。主の表情は未だ険しいままだ。

「主、俺も見ていい?」

 火車が主の肩を叩くと、主は頷いて手紙を火車に手渡した。ありがと。と言って其れを見た火車の顔も、苦虫を噛み潰した様に歪んだ。

 私も其の手紙を見ようと、火車の持つ手紙を覗き込む。併し、覗き込む前に火車が手紙をクシャッと握り、主の肩を抱いた。

「俺は絶対に反対!いつも主を除け者にするくせに、こんなときだけ頼るなんて信じらんない!」

 火車は顔を真っ赤にしてせんりに鋭い視線を送る。

 そんな火車の姿をもろともせず、せんりはずっと主を見上げている。

「貴方様にお願いしているのではありません。これは主殿がお決めになる事ですから」

 其の言葉を聞いて、まるで番犬の様に火車がせんりに向かって唸る。併し、其れを主が制した。

「分かった。参加する」

 主の言葉に火車も私も目を見開いた。火車が反対するという事は、其れ程までに主にとっては最悪な事の(はず)にも関わらず、主は真剣な眼差しでせんりに向かって言った。

「主!」

「大丈夫。私は大丈夫だから……」

 火車が主の肩を持って目線を合わせたが、主は安心させる様に微笑んだ。火車は其れ以上何も言えないという様に俯いた。

「分かりました。では、会議でお待ちしております」

 せんりはそう言って後ろに回転しながら飛ぶと、ポンッという音と共に消えた。

 誰も居なくなった門の外を見つめている主を、火車が肩を掴んで激しく揺らした。

「何で!?何で引き受けたの!?主が傷付くだけなのに……」

 火車がまた俯くと、主は火車の頭を撫でて、自身の肩にある火車の手に自身の手を重ねた。

「大丈夫。私にはみんながいるから。ね?」

 主の言葉に火車は目を潤ませながら、主を抱き締める。そして、何も言わずコクコクと頷いた。

 私は二人の様子に何か分からないモヤモヤを感じつつも突っ立っていると、火車が主の身体を離した。

「会議するでしょ?俺、皆に声かけてくる」

 そう言って火車は屋敷の方に駆けて行った。

 此れからどうなるのか分からず、私はその場に立ち尽くしたのだった。


 その後直ぐに大広間で会議が始まった。内容は勿論、せんりが持って来た手紙の事についてだ。

 大広間には屋敷の妖が二列で座り、主が其の一番前に妖と向き合う様に座っており、如何(いか)にも厳かな空気が漂っていた。

 私は火車の隣、列の最後尾に腰を下ろした。

「全員揃いました」

 私が腰を下ろして直ぐに火車が、ハキハキと主に聞こえる様に言った。

 主は大広間に座る私達を見回すと、真っ直ぐに正面を見つめて話し始めた。

「今から緊急会議を始める。議題は本日私の元に届いた手紙について」

 主が手紙を伸ばし、私達に聞こえる様に其れを朗読し始めた。

「本日未明、安藩(あんのはん)でアンノウンによる複数の屋敷が奇襲を受けた。生き残った妖降師(あやかしおろし)によれば、これまで戦っていたアンノウンとは比べものにならない程の知能を持っていたという。それに伴い対策を練るため、妖降師緊急会議が開かれる。優れている桜陽(おうよう)屋敷の主及び妖は参加を願う」

 主がそう言い終わると手紙を折り畳み、膝に置き此方を凛とした目で見た。

「とのことだから、緊急会議にお供してもらう妖を決めたいと思う」

 其の言葉を聞いた途端、隣にいた火車がバッと手を上げた。

「それなら、いつも通り俺がお供する」

「いや。今回は例年の会議ではなく、緊急会議。だからこそ、みんなの中から最善の妖を選びたい」

 そう言って主は其の場で立ち上がると、懐から一枚の札を取り出した。そして其の札をフッと宙に投げる。

 札は一時の間、普通の札の様に重力に従って落ちていたが、私の胸元ぐらいの位置まで落ちると、此方にスーッと鳥の様に飛んできた。

 其の札は妖を見極めている様だ。妖達の間をクルクルと飛び回っている。最下列まで飛び回ると、スーッと主の手に戻り着地する。

「次の緊急会議で私のお供に相応しい妖を教えて」

 そう主が言うと、また札は此方に飛んでくる。そして私の周りを一周すると、力尽きた様に私の膝に札が落ちた。

「そう……」

 主がそう呟き、私の元に歩いて来る。私の斜め前で立ち止まると、彼女は私を見下ろした。私も彼女を見上げる。

「鴉天狗。貴方を緊急会議のお供に任命致します」

「あ、ああ。身に余る光栄だ」

 主の言葉に私はそう答えると、彼女は最初の場所に戻って行き其処に座った。

「今回の会議は終わり。みんな、それぞれ仕事に戻るように……」

 主がそう言うと、妖達は各々立ち上がり、ゾロゾロと順番に大広間を出ていく。

(からす)。主の事、よろしくね」

 火車が心配そうな表情で私の肩を叩く。

 私は其の言葉に驚き振り向いたが、火車は振り返る事も無く大広間を出て行った。

 私が立ち尽くしているのを見た主が、何時の間にか私の後ろに立っており、私の背中に手を添えて言った。

「会議についての説明をするから、執務室に行こうか」

 私は其の言葉に、静かに頷いた。其れを確認した主はニコッと微笑んで私の手を取った。併し、其の微笑みは何処か不安を感じている様なものだった。


 執務室に主と共に入るが、何時も隣で口煩くしている筈の火車の姿は見当たらない。

「火車は居ないのだな」

「今日、火車は(くりや)当番だからね。あと、掃除当番のことについては人魚に言ってるから」

 私が主の前に腰掛けながらそう言うと、直ぐ様主から回答が飛んできた。

 沈黙が私達の間を流れる。

 気まずさに耐え兼ねて私が口を開こうとした時、主が先に声を発した。

「これが会議での注意事項というか、規則かな。目を通したら言って…」

 主が一枚の紙を私に手渡す。

 受け取る時に主の手が私の手に当たり、主の手が当たった辺りから私の手は熱を帯びていく。何時もより心臓の音が五月蝿(うるさ)い。

 深呼吸をして心臓の音を落ち着けると、私は紙に目を落とす。何項目かに分けられた注意事項が目に移る。一から順に私は目を通して行く。


 一・妖降師は縁を結んだ妖一名を連れ会議に参加する。

 一・妖降師は指名された際のみ発言する。

 一・縁を結んでいる妖は妖降師を側で警護し、妖降師の許

   可無く行動しない。

 一・縁を結んでいる妖は異例の事態が無い限り会議場内で

   発言しない。

 一・異例の事態が無い限り会議場での戦闘は禁ずる。

 一・上記を違反した者は其れに値する罰を与える。


 という六条が紙には記されていた。記された内容は政府からの物だろうが、此の紙に記したのは主だろう。

 綺麗ながらも小さく、少し右上がりになった文字列を見て、私は少し愛おしくなった。

「此の紙は貰って良いのか?」

 私がそう尋ねると、主は此方を見る事無く頷く。主の返答を見て、私は紙を二、三回程折り畳み、じゃーじのぽけっとに入れ込んだ。

「目を通したなら部屋に戻って会議に備えて。会議は明日巳の刻からだから、それまでに戦装束(いくさしょうそく)に着替え鳥居の前で待機するように」

「了解した」

 私はそう返事をし、邪魔をしない様に静かに執務室の障子を開け外に出ると、また静かに障子を閉めた。

 私の脳裏に主の不安そうな顔がこびりついたまま、私は暗くなりつつある廊下を歩くのだった。

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