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妖鴉迷譚  作者: 舞木百良
3/18

私が誓った日

 二千四百八十一年、五月雨月(さみだれづき)の二十日。晴れ。


 昨夜の夕餉(ゆうげ)の時間で、分かった事が幾つかある。


 一・私達は「アンノウン」という突如現れた正体不明の怪

   物を追伐する(ため)に呼ばれた事。

 二・私達は要石(かなめいし)という石を媒体に縁を結

   んでおり、其の要石は自身達の身に付けている物に

   嵌まっているという事。

 三・縁を結んだ時点で縁を解消するのは不可能で、アンノ

   ウンを追伐する事で縁が解消する仕組みだという

   事。

 四・主ら妖降師(あやかしおろし)は各々「霊力」とい

   うモノを保持しており、私達の主は近年見ない程の

   類い希なる霊力を保持している事。

 五・私達は普通の(あやかし)と違い、要石を壊され

   る事で死ぬ事。


 以上、大きく分けて五つの点を聞く事が出来た。

 中でも驚きだったのが、私達は「()()」という事。普通妖と言えば不老不死を想像するものだが、私達は不老ではあるが不死では無い。

 つまりは老衰で衰え死ぬ事は無いが、要石を壊されればポックリ逝ってしまう。

 ――何とも、まぁ。生き辛い。

 不本意に呼び出され、人間の勝手で戦わせられた挙げ句、意に反して死んでしまう。なんと薄情であろうか。

 そんな事を考えながら、今日もまた私は太陽の光によって目を覚ました。

 木の天井が目に映る。昨日した事、話した事、聞いた事が脳内を巡っては、ぼんやりとしていた頭を活性化させて行く。

「朝……」

 私は掠れた声でそう呟くと上半身を起こす。

 裏庭に面した障子から光が漏れ、私の顔を照らす。眩しく感じた私は()の障子を見つめたまま思わず目を細める。

 スパーンッ!!

 見つめていた障子が勢いよく開かれた。逆光で姿があまり見えず、其の者の顔を中心に目を凝らす。

火車(かしゃ)、か……」

 其処(そこ)に立っていたのは火車だった。

 無表情を貫いた真顔で私を見下ろしていた。かと思えば、部屋の中にドスドスと入って来ると、私の脇下に手を入れ込み軽々と私を立たせた。

 そして、昨日幾つか貰ったじゃーじの内の一着を箪笥(たんす)から取ると、私の左手に持たせる様に置き、逆の手を取り部屋の外へ連れ出そうとする。

「何だ、何だ。どうした?」

 私が慌てて火車にそう尋ねると、火車は勢いよく振り返り私の目と鼻の先まで顔を近付けて来た。

「昨日俺言ったよね!?朝餉(あさげ)は皆集まるから、(からす)も遅れないでって!何時間遅刻する気!?」

「おや。時に今は何時なんだ?」

「朝餉の時間は八時。今は十時半!もうお昼なんだけど!?」

「あぁ、其れは済まない」

 火車はとても怒っているらしい。其の証拠に私の腕を掴む力が言葉を発する毎に強くなっている。

 私の謝罪の言葉を受け入れる様子も無く、火車は障子をピシャリと閉めスタスタと急ぎ足で大広間への廊下を進む。

 私は火車に付いて行く他無かった。


 大広間に着くと、其処はもう片付けが終わり掛けていた。

「連れてきたよ」

 私の腕を遠心力の(おもむ)くままに、火車が正面に向かって引っ張った。

 私は倒れそうになるのを踏み留まりながら、長机の真ん中に座る主の方を見た。

 ――()()だ。また()の表情。何を考えているのか分からない、無感情とも違う表情。

 主は決して端正な顔立ちでは無いが、何故か私の目を引く存在だった。主の一挙手一投足が愛おしく感じる程に。

「もう良いから。とりあえず鴉天狗は食事、火車は私の仕事を手伝って……」

 火車が顔を赤くして怒っている中、主は溜め息を付いて席を立った。が、フラッと身体が倒れそうになる。

 火車が「主!」と叫びながら走り寄るよりも先に、主の隣にいた人魚が主の身体を支える。

「大丈夫ですか?」

「うん。平気……」

 人魚の腕に掴まりながら再度主は立ち上がる。今度は問題無く立ち上がった。

 主の顔色に変化は無い。

「いつもの?」

 駆け寄った火車が心配そうに主の顔を覗き込むと、主はコクンと静かに頷いた。

何時(いつ)ものとはなんだ?」

「霊力の超過が原因による貧血ですよ。主は元々身体が弱いお人ですから……」

 私の問いに人魚が答えた。

 ――霊力の超過?貧血?身体が弱い?

 私は主とは縁もゆかりも無さそうな言葉が、人魚の口から飛び出し驚いた。

 そうだ。主は妖降師で私達の主である前に、一人の人間であり少女なのだ。

「主はまだまだ幼い。早く部屋に連れて行き、休ませると良い」

 私は善意でそう言った。

 だが(しか)し、反応は私が思っているものとは違った。

「え…?鴉、主の事何歳だと思ってる?」

 火車が驚いた様に目を見開いている。主も珍しく目を丸くしていた。

「何歳……。十五程では無いのか?」

 私の言葉を聞いた途端、火車が「あー」と手を額に当てる。

 ――何かおかしな事でも言っただろうか?いや。言っていない(はず)だ。

 私が主と火車を交互に見ていると、火車がヤレヤレといった様子で溜め息を付いた。

「あのねぇ、鴉。主は二十歳。成人してるんだよ」

 ――あなや。まさか成人済みとは、見えなんだ。

 主は幼いものだとばかり思っていたが、私が思っていたよりもずっと主は大人だったらしい。見た目だけで判断してはいけないとは、まさに()の事だな。

「其れは済まない…」

 私が謝ると火車が私を呆れた様な目で見つめて来た。其の横で主はクスッと微笑んだ。

 初めて見た主の笑顔だった。少し呆れも含まれてはいたが、純粋に微笑んでいる事は分かった。

「んじゃあ、執務室に行こうか。主」

「うん」

 そう会話をして、主と火車は大広間を出て行った。

 大広間の障子の前で立っていた私は、主達が出て行ったのを確認すると、大広間の中央にある長机の側に置かれた座布団に腰を下ろした。

 腰を下ろした瞬間に目の前の机に料理の入ったお盆が置かれた。置いてくれた手を方を見上げると、(さとり)が折っていた腰を伸ばしている所だった。

「済まないな。覚」

 私の言葉に覚は少し驚いた様に身体を震わせると、濁った瞳で私を見つめた。

「ボク、キミに名前言ったっけ?」

(いや)な。火車から聞いたのだ」

「ふーん…」

 覚は矢張(やは)りという様な、興味の無さそうな返事をした。

 併しながら、先程から覚の行動に少し違和感を感じる。其れが何か分からず、私は覚をじっと見つめていた。やっと其の違和感の正体が分かった時に、覚が私の視線に気が付き不機嫌そうに私を見た。

「何?ボクの顔に何かついてる?」

「いや、付いてはいないが……。お前、目が見えていないだろう…」

 私の考えは正解だったようだ。覚の纏っていた空気が変わった。まるで、生きては帰さないという様な殺気。

 だが、其れは直ぐに無くなり、私の隣の座布団にドカッと座り込んだ。彼の顔には微笑みさえ伺える。

「なんで分かったの?ボク、そんなに分かりやすかった?」

 覚は心から疑問に思っているらしい。ニコニコと微笑みながら私の言葉を待っている。

 実を言うと予想でしか無かった。其れ程までに覚の行動や言動は普通と何ら変わり無かったからだ。併し、一つだけ私に確信まではいかずとも想像させる事を、覚は行動に移していた。

 其れは――

「覚。お前は、よく後ろに目線を向けていただろう。音に集中する為に耳の方を見ていたのではないか?」

 覚は目を見開いた。私が言った行動は彼が無意識下の中で行っていたのだろう。

 私が覚の返事を待っていると、彼は声を出して笑った。

「あははっ。まさかボク自身がキミにヒントを与えていたなんて……思わなかったなぁ」

「『ひんと』とはなんだ?」

「手がかりって事」

 そう笑って覚は膝で頬杖を付き私に目線を合わせた。盲目である事を感じさせない様な眼差しで。

「あー!!さと兄が笑ってるー!!」

 ――はて?さと兄?

 私が疑問符を頭に浮かべながら声のした方に目を向けると、可愛らしい見た目の少年が奥の障子を開け、驚いた様に目を丸くして此方(こちら)を見つめていた。

「げっ……!」

 覚はそう呟くと急いで立ち上がり、そそくさと大広間を出て行ってしまった。

「あっ、待てー!!」

 ポカンとしていた少年も大広間を走って駆け抜け、覚を追って大広間を出て行った。

 其の瞬間、私の腹の虫が鳴く。私は食事を取っていない事に気付いた。私は目の前の食事に手を合わせてから、遅い朝餉を取り出したのだった。


「あ……」

 私が食事をしていると、二人の少女がおはぎを片手に大広間の障子を開けた。

 長い髪を揺らし此方に視線を向ける幼い少女と、短髪の隙間から鋭い視線を送る十七、八くらいの少女。

 私がポカンと彼女らを見つめていると、幼い少女が私に話し掛けて来た。

「アナタが鴉天狗さん?」

如何(いか)にも。私は鴉天狗だが……」

 名乗ってもいないのに彼女が名を知っている事に、私が驚いていると幼い少女はニコニコと微笑み、私の元へ駆け寄って来た。

「えんちゃんは煙々羅(えんえんら)。それで、あそこにいるのは雪お姉ちゃん。よろしくね!鴉天狗さん」

「ああ。まだまだ若輩者だが、宜しく頼む」

「アンタが若輩者なら、アタシ達なんて虫けら同然だろうさ」

 もう一人の少女が声を上げた。

 私が若輩者なら彼女らは虫けら同然?何を言っているんだ?

 私の表情から私の気持ちを感じ取ったのだろう。少女は敵意剥き出しの声で続けた。

「アンタら天狗は七世紀ぐらいから存在してるじゃない。それに比べて、アタシ達は古くても十四世紀あたり。敵うわけないわ」

 確かに私達の元となった(あやかし)はそうだろうが――

「其れは()()では無いだろう?」

「はぁ?」

 彼女は何を言っているんだという様な、疑問を浮かべた表情を歪めた。

「私達は語られている様な妖では無い。私達は()()()()()()()()であろう?」

 ――そうだ。私達は語られ恐れられている妖とは違う。

 人類を畏怖に落とす存在では無い、人類を護る存在だ。だからこそ、彼女が言っている鴉天狗と私は根本から異なる存在だ。

「ハッ、面白くないね。答えを自ら導き出すだなんて」

 少女は嘲笑う様に顔を背けると、再度私の目を見た。其処には先程の様な敵意は感じられなかった。

「認めてあげる。アタシは雪女。これからよろしくね、鴉天狗」

「ああ」

 雪女は煽る様に笑った。私も同じ様に彼女に微笑み返した。

「雪お姉ちゃん。おやつはお部屋で食べよ?」

 煙々羅は雪女の元へ駆け寄って行くと、彼女の着物の裾を軽く引っ張った。 

「ああ、そうね。邪魔したね、鴉天狗。食事を楽しんで」

其方(そちら)もな」

 雪女はそう言って障子を閉め、私は微笑んで彼女らを送り出した。

 彼女らによって中断されていた食事を、私は其れから直ぐに再開させたのだった。


 食事をし終わり、私はお盆を持って厨に向かおうと立ち上がる。

 ――そういえば…

「彼の少年は誰だったのだろうか……」

 私がそう呟くと同時に奥の障子からげっそりとした覚が大広間に入って来た。障子を閉めると、彼は其の場にドカッと座り込んだ。

「大変そうだな」

 私が笑って覚に話し掛けると、彼は顔を上げて目線を此方に合わせる。そして溜め息を付くと口を開いた。

「全くだ。(わざわい)とは本当に何一つ合わない」

 ――禍。其れが少年の名前か。

 私は覚を追い掛けて行った少年の行方も気になったが、先に此の食器を厨に持って行く事にした。

「そうか、災難だったな。では、私は此れで失礼する」

 そう言って私はお盆を手に取り、覚がいる障子とは逆の障子の方へ歩いた。

「ボクもついてっていい?」

 振り返ると覚は片膝を立て座ったまま私を見つめていた。特に断る理由も無かった私は静かに頷いた。

 私が了承すると彼は立ち上がり、私の側に近寄った。

「そういえば、少年は何処へ行ったのだ?」

 私がそう尋ねると、隣で歩幅を合わせ歩いていた覚が目線を反らす。あまり触れられたく無い話題だったか?

「禍は今日(いくさ)当番だから、準備してアンノウン討伐に出かけたよ」

 ――()()。此の屋敷では割り振られた当番をすると昨日聞いた様な気がする。戦当番という物があるのか。

 そんな会話をしていると目の前から主が歩いてきた。主は一人で歩いて来ており火車の姿は見えなかった。

「主、体調はどうだ?」

 私は主が目の前に迫った時、立ち止まって主を見下ろした。思っていたよりも主は小さく、顔を引いて主の顔を見る。

「大丈夫。それよりも、覚が他の妖と一緒にいるの珍しいね」

「この妖は面白いから」

「そう」

 覚が微笑むと主も安心した様に微笑んだ。

 そんな事を思っていると、主が私の腕にポンと手を置いた。小さな手が私の腕に乗っている。

 キュンとなぜか心臓が痛んだ。併し嫌な痛みでは無い。

 私がそう混乱していると主が私の方を見上げながら口を開いた。

「覚は、覚は他の妖と共にいる事が苦手だから、何も用事がない時は鴉天狗が一緒にいてあげて。頼りにしてるから…」

 主が微笑む。何時も感情が読み取れない主の感情が、此の時は少し分かった様な気がした。

 頼りにしてる。其の一言で私の心拍が早くなる。屋敷に来て早々病気だろうか?

「そんなこと頼まなくていいって、主。ボクは好きでこうしてるんだから……」

「そうかもしれないけど。私は、みんなに幸せになってほしい……。ただでさえ人間の勝手で縁を結ばれてるわけだし…」

 主が哀しみとも苦しみとも取れない様な笑みを浮かべ、覚を見つめる。

 主の言葉に一切の嘘偽りは無いだろう。人間では無い私達に、人とは根本から違う私達に本気で『()()()()()()()()()』と。そう思い、主なりに悩んで過ごしているのだろう。

 私達と縁を結んだ事に責任を感じているのだろう。

「ボクは主に出逢えただけで幸せだよ。だから、そんなに思い詰めないで……ね?」

「うん……」

 覚が主を安心させる様に抱き締める。主は力が抜けた様に覚に身を任せている。

 彼が言った様に「出逢えただけで幸せ」だと私も言えたら良かったのだが、心からそう思えない自分がいる事に腹が立つ。

 ――其の様に責任を感じるのであれば、最初から妖降師になどならなければ良かったのに。

 主の所為(せい)では無いと分かっていながら、心の何処かでそう思ってしまう自分もいる。『人間の勝手』其れは間違っていないのだから。

「ボク、主を送ってくるから、キミはキミのやることをやって」

 覚はそう言って主の肩を支えながら、来た道を主と共に引き返して行った。私は返事をする事も出来ぬまま二人を見送った。

 主は私が思っていたよりも弱い。脆い。壊れてしまいそうだ。

 私達と縁を結んだのだって彼女の意志では無いのでは?他の人間が主を操っているのか?ならばやる事は一つ――

「主を護る……」

 私は一人、日が高く昇る頃にそう誓ったのだった。

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