終章
時は西暦2024年、9月7日。晴れ。
桜陽屋敷にいた私達は政府の御人を脅……説得し、遠く離れた世界であるこの世界で暮らしていた。
この世界に渡ったときに『犠牲』と言う名の、皆が少しずつ霊力を喪ったが、皆離れることなくこの世界に辿り着けたのだから良しとしよう。
そんな私達は日本という、あの世界の國によく似た国で名前を変え、戸籍を手に入れ、妖によっては少し姿を変え、人間として皆それぞれに生活している。
そして、この生活にも慣れ始めた今日。
「どう、似合う……かな?」
主が。いや"ましろ"が白く優雅なウエディングドレスを着て、私の前でクルッと1回転した。
「あぁ。とても似合っている」
私がましろに答えると、ましろは微笑んで鏡に向き直った。そして鏡越しに私を見ると、またニッコリと微笑んだ。
「零もスーツが似合ってるよ」
零というのは、この世界での私の名だ。鴉天狗から鴉を取り、英語のレイヴン。そこからこの国の名前らしく"零"と主が名付けてくれた。
そんな私の灰色がかったスーツに目を落とし、微笑んだ。
「お前が選んでくれたものだからな。似合わなくては困る」
私がそう冗談交じりに言うと、主も口元に手を当て笑っていた。
二人でそう和やかに話していると、突然部屋の扉がノックされ一人の女性が顔を覗かせた。
「準備が整ったようですので、零さん、ましろさんも準備お願い致します」
人魚。この世界では"めい"がそう告げると、ましろの方に視線を移し満面の笑みを浮かべた。
「とても綺麗ですよ。ましろさん」
「ありがとう」
ましろもそう言って微笑むとめいは、では。と言って扉を閉めて出ていった。
私はそれを見送ったあと、片腕を後ろに回しもう片方の手をましろに差し出した。
「お手をどうぞ。お姫様」
ましろは照れ臭そうに顔が赤くなったが、恐る恐るといったように私の手を取るとにこやかに微笑んだ。
「よろこんで」
私はましろの手を取ったまま、大きな扉が開くのを待っていた。
「ねぇ、零」
「どうした?」
ましろの言葉に私が返事をすると、ましろは周りに誰もいないことを確認して、囁くように言った。
「貴方に出逢えて良かった。前の貴方にも、今の貴方にも辛い想いをさせちゃったけど……」
ましろの言葉に私は涙が出そうだった。辛い想いをしてきたのは他でもない、あの屋敷の主であったましろなのに。
しかし、めでたい祝宴で悲しい過去を思い返して泣くことは、絶対にしたくない。私はそんな想いで涙を堪え、ましろに微笑みかけた。
「私もお前に出逢えて良かったよ」
そう言うと、次の瞬間には式場のスタッフから合図の声がかかる。
私達は緊張しながらも、互いに腕を取って開かれた扉からチャペルへと入った。
チャペルにいる者はあの屋敷にいた者達ばかりだが、皆笑ったり、はしゃいだり楽しそうに、そして嬉しそうに私達に視線を送っていた。
階段の手前でましろと向き合うと、私は少し哀しげな表情で微笑んだ。そして、ましろの手を目の前にいる人物に託す。
「絶対に幸せにするんだ。何があったとしても……」
私がその人物にそう言うと、その人物はあのニヤッとした笑いを浮かべながら言った。
「あぁ、任せとけ」
ましろの相手は白龍の"珀玖"だった。
私は恋の勝負に負けた。
アンノウンを追伐し世界が平和になっても、なおも、ましろの心は珀玖の元にあった。私にはましろの心を動かすことが出来なかったのだ。
だからこそ、ましろの旦那は珀玖こそが相応しいと私も身を引いた。
白く輝くましろのドレスと、珀玖の白く長い髪がよくマッチしており、いかにも幸せそうな新郎新婦だった。
私が邪魔をしてはいけない。と、新婦側の席へと着いた。
隣には涙を流す火車、"光琉"の姿があった。
「そんなに泣いて大丈夫か?」
私が問いかけると光琉は勢いよく、それでいて式を邪魔しない程の小さな声で言った。
「だって、あの主……ましろが珀玖さんと結婚だよ⁉もう俺、嬉しすぎてさ。ずっと細々と想いあってた二人がやっと結ばれるなんて、これほど嬉しいことはないよ」
ズズッと鼻をすする光琉を宥めていると、遂に誓いのキスまで式が進んでいた。
二人は愛しそうに互いを見つめたあと、唇を合わせた。その間も隣の光琉はズルズルと鼻をすすりながら「良かった」と泣いていた。
式の大半はズルズルと鼻をすする光琉の静かで騒がしい祝福の言葉で、ムードも何もあったものではなかったが、幸せそうに笑う二人を見れば、そんなイライラもどこかに去っていた。
そんなこんなで式が終わり、小さな披露宴の時間となった。
身内も身内の披露宴だったため、あまりちゃんとした形式のものではなく、ただお祝いの席を交えたパーティーのようなものだった。
ましろが他の者達に囲まれている間、私は俺の嫁なのに。と、ぼやく珀玖の相手をしていた。
「それにしても、俺も零の弟か。なんかしっくりこないな……」
そうだった。
勝負に負けた私はこの世界に来たときに、少しでも近くでましろを護れるように。と、ましろの兄としての戸籍を手に入れたのだ。
そうすれば番にはなれずとも、ましろの近くにいる理由が作れると思ったから。
だが、今はその選択を後悔したくなった。妹のましろと結婚をした珀玖は私の義弟になるのだ。
あぁ、どうしょうもなく――
「今すぐにましろと離婚させたくなった」
「おいおい、冗談はやめてくれ。やっと夫婦になれたんだ。もう少し幸せな気分を味わってもいいだろ?な、兄ちゃん」
私の肌に波のような鳥肌が立った。普段名前で呼ばれている者からの兄呼びが、これほどまで不愉快なこととは思っていなかった。
「気色悪いからやめてくれ」
「酷い言いようだな」
私の言葉に珀玖が乾いた笑いを溢す。
そんな珀玖に向かって、私は持っていたグラスを差し出した。
「これから何があっても、ましろを護り抜いてくれ。約束だぞ、白龍様?」
私がそう言うと、珀玖はニヤッとしたいつもの笑みを浮かべ、自身が持っていたグラスをこちらに差し出した。
「あぁ、必ず護ってやるよ。妹想いの鴉天狗様」
カチーンという音を立てて私と珀玖のグラスがぶつかった。
ここまでが私の語る、自由と幸せを掴むまでの話。
まぁ、これまで悪かったことばかりではないが、今1番悪い出来事は珀玖が実質的な弟になってしまったことだろう。
そんな誰もが迷い、苦しみ、もがき、足掻くこの世界には、人間に紛れて生きる妖達も少なくないのかもしれない。
それが、私達の人生譚。いや、妖生譚なのだから。