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妖鴉迷譚  作者: 舞木百良
17/18

私達と屋敷の最後が近い日

 二千四百八十一年、観月(かんげつ)の二十七日。晴れ。


 アンノウンの総大将であるヒルコを追伐した私達は、少しの間忙しくしていたが、やっと落ち着いた平穏な日々を取り戻しつつあった。

 日が高くなって来た頃、私はぼーっと縁側で空を眺めていた。こんなにもほのぼのとした日々は何時(いつ)ぶりだろうか。

 私が少し瞬きをした瞬間だった。目を開いた先に見えたのは蒼く澄み渡る空ではなく、静かに此方(こちら)を見つめている藤色の瞳だった。

「おっ!」

 私が驚いて情けない声を上げると、藤色の瞳の主は口元を隠して笑った。そして、私の隣に座るとふぅと溜息を付いた。

 最近の主は見るからに忙しそうで、()の様に寛ぐ主は久しぶりに見た。

「大丈夫か?最近は夜もまともに寝ていない、と火車(かしゃ)が怒っていたぞ」

 私が主に問い掛けると、主はゆっくり瞬きをして私の方に顔を向けた。

 微笑んだ。

 否、普通の微笑みじゃない。何かを悟った様な、諦めた様な、そんな微笑み。

「ねぇ。鴉天狗(からすてんぐ)、私を……」

 嫌な予感がする。其処(そこ)から先は聞きたくなかった。

 私はまだ聞いてもいないのに、首を横に振りたかった。(しか)し要件も聞いていないのに、断るのもおかしな事に変わりなかった。

 だから、聞いてしまった。

 主の口からは絶対に聞きたくなかった言葉を。

 言わせたくなかった言葉を。

()()()()()()()?」

 頭が真っ白だった。

「な……ぜ…………」

 そんな陳腐な言葉しか、今の私には出て来なかった。

 私はどんな顔をしていただろう。驚いた顔か、或いは引き攣っていたかもしれない。

 そんな私を見ても主は動揺一つせずに、私の目を見つめている。藤色の高貴な色の瞳が。

 主はそうして苦笑いの様な微笑みを浮かべた。

「私はヒルコの娘だからね。戦いが終わった今、私の待遇は良くて政府の監視下。悪くて処刑だから」

何故(なぜ)そんな事を言うんだ、主!まだ決まった訳じゃ――」

 私は動揺してしまい、主に向かって声を荒げてしまった。

 (しか)し、主は表情を変える事なく私の言葉を遮った。

「考えたことがあるの。もし平和な世界になったら、私はどうすればいいんだろうって。家族も友人もおらず、屋敷も解体して貴方達もいなくなってしまった世界。そんな世界で私は生きたくない。でも、信頼出来ない人に殺されるのも嫌だから。だからね、鴉天狗……」

 主の頭には、未来が見えない暗い世界で信頼出来ない者が多い組織に管理されながら生きるか、信頼出来ない者が多い組織に消されるかの二択しかないのだ。

 であれば、今まだ信頼出来る者がいる内に、()の者に頼んだ方が主も安心か。

 併し、そんな事を私に頼むのも些か酷だ。

 私が言葉を詰まらせていると、何処(どこ)からともなく聞き覚えのある声が耳を掠めた。


「おう、良い話してるなぁ。俺も混ぜてくれよ」

 振り返った先には柱に凭れ掛かる様に此方を覗き込む白龍(はくりゅう)の姿があった。

(はく)。これはそんなに楽しい話じゃ――」

「分かってるって。それにしても、主。何もこっちで人生の全てを終わらせなくても良くないか?」

 白龍の言葉に主も私も意味が分からず、白龍に嫌な顔を向けたまま固まっていた。

如何(どう)いう事だ?」

 私の問いに白龍はニヤッと笑うと、私の隣まで歩いて来てしゃがみ込んだ。

「つまり、だ。()()()()で、生きたり死んだりする必要はないって言ってるんだ」

 白龍の言葉の真意を理解した私は、目を見開いて彼を見つめた。

「其れは……!」

「俺に任せてくれ。如何なるかはまだ分からないが、この屋敷の奴を全員連れて行くつもりだからな」

 白龍が自信満々に胸を叩く。そして視線を主に移すと、愛しいものを見る様に微笑んだ。

「主も、其れでいいか?」

 白龍の言葉に主は呆れた様に笑いながらも頷くと、でも。と言って白龍の唇に自身の人差し指を当てた。

「でも、絶対に無理はしないこと。ね?」

「任せとけ!」

 こうして夏の青空の下、私達が共にある(ため)の逃避行が計画されたのだった。

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