私達が役目を終えた日
二千四百八十一年、観月の十六日。晴れ。
キーン‼
私の太刀と白龍の短刀が少し擦れ、鋼特有の甲高い音が鳴り響いた。交互に、其れでいて隙を見せぬ様に私と白龍は休む事なくヒルコに攻撃を仕掛ける。
併し、ヒルコは顔色一つ変える事なく私達の攻撃を避けたり流したりして、まるで歯が立たない。
想像以上だった。
私達二人の力を合わせても到底敵う事のない程の力。其れがヒルコにはあった。
そんな力の前に私も白龍も息が上がって来ていた。
口の中に鉄の味が広がり、手や足も思う様に動かなくなってくる。何か重いものに覆い被さられ、其の上で水の中に沈められた時の様に身体が重い。
幾度の攻撃を与えた末、私達は少しヒルコと距離を取り息を整えた。
「クソッ!攻撃が全く効かねぇ」
「何か打開策が思い浮かぶまで、攻撃を続けるしかない」
「そんな事、俺も解ってる!」
私と白龍はそんな事を言いながらも、またヒルコに攻撃を仕掛ける。私が正面から斬り掛かり、白龍が其の隙を突く。
併しそんな攻撃で損傷を与えられる程、ヒルコは弱い存在ではない。軽く振り払われた末、私達の攻撃は全て見切られた様に流された。
鉄の味が濃くなる。何処か口の中を出血したのだろう。
だが、今はそんな事を気にしている暇はない。
私はもう一度ヒルコに斬り掛かろうとするも、其の一撃は届く事なく、私ごと弾き飛ばされる結果となった。
弾き飛ばされた私は咄嗟に受け身を取ろうとするが、度重なる攻撃で身体が動かず、其のまま地面に落ちていく。
目を固く瞑り衝撃を待つが、一向に衝撃は来ない。其の代わりに聞き覚えのある声が。
「ちょっと、ちょっと。アンタがこんなになってどうすんのさ」
私が目を開けると、其処には笑う火車の姿があった。
「何故……」
「あっち」
私の問いに答える様に火車が指を差す。
其方に目を向けると主がおり、其の背には大きな鳥居があった。其処から屋敷で待機していた妖達がゆっくりではあれど、一人ずつ此方にやって来ていた。
「お相手様は頭の治療の時間ですかね……」
「お料理も戦いも全力で、ですよ」
「はぁ、面倒だな。さっさと終わらせよう」
「よし!久しぶりにえんちゃんの本気見せちゃうよ〜!」
「ぼくも皆に負けないよう頑張るぞー!」
「もう、せっかくの休日がパアだわ。その責任取って貰うから」
「オレが学んだ事を活かす場には最適だな」
「妾の演舞術、篤とご覧あれ」
横一列に屋敷の仲間が並ぶと、腕を抑えてヒルコの前に立っていた白龍も後ろへ飛び、其の列に加わる。
「さぁ、これからが本場だぜ!」
白龍がそう一声上げると同時に私を支えていた火車が私の腕を取る。
「さ、俺達も。ね?」
そんな状況でない事は一目瞭然の筈にも関わらず、火車は何時もと同じやんちゃそうな笑顔を私に向けた。
私は呆れて微笑みが溢れたが、彼に支えられながらも仲間達の隣に立った。火車の腕を解き、自身の足で、力強く。
「強くなった俺の姿、いっぱい見せちゃうよ〜」
「大詰めだ。全力で行くぞ…」
其の瞬間に私達は一斉に、ヒルコへ向かって走り出した。
私も思う様に動かない足を必死に動かす。
ヒルコは驚きと憎しみが入り混じった様な表情をしていた。
主が自身の提示した条件を断ったから?主の力が自身が思っていたよりも強かったから?それとも――
仲間が増えた瞬間、自身の立場が逆転したからか?
「オラオラオラ!」
火車が鎌を振り回す。其れをすぐに避けたヒルコだったが、後ろから放たれた人魚の矢がヒルコの右肩を貫く。
其れに加勢する様に天狐が扇から炎の様な妖術を繰り出し、ヒルコに向けて放つ。其れは避けられてしまったが、ヒルコは明らかに疲弊してきていた。
無理もない。私達を半日程相手した後の今だ。其れに近距離だけでなく、遠距離からも攻撃されるのだから疲弊しない方がおかしな話だ。
そんな事を考えている間も、誰か一人はヒルコを攻撃し続けている。
覚がヒルコの後ろを取り、剣を振り上げた。ヒルコには既の所で避けられてしまったが、腕に少し傷が出来ていた。
「いっくよ〜!」
「いっけー!」
私の後ろから煙々羅と禍の声が聞こえ、私の顔の横を有り得ない程の速さで小さな玉が駆け抜け、其れがヒルコの両足にぶつかり貫通する。
トサッという二人が地面に降りた音と同時に、ヒルコの顔に脂汗が浮かんだ。
――もう少しだ。
「もうちょっと遊んで貰えませんか?」
脂汗を浮かばせながら後ろを振り返ったヒルコに、雪女が鞭を振るう。其れは見事に当たった様で、ヒルコが目を抑えて苦しみ俯いた。
逃さんとした雷獣と紅葉が槍と脇差でトドメを刺そうとしたが、気配を悟ったヒルコに振り払われてしまう。
其の瞬間、私は駆け出した。
もう少しなんだ。今を逃すと、次に好機は何時来るか分からない。
そう踏んだ妖はもう一人いた様で、私と並ぶ様に白龍が走る。
「これで終わらせるぜ?分かってるな、鴉天狗」
「あぁ。戦争の閉幕と行こう」
私と白龍はヒルコに向かって飛び上がり、武器を構える。重力に従い落ちる身体は何時もよりも重く感じた。
「「終わりだ!!」」
私と白龍が放った一撃はヒルコの首を飛ばすには十分だった。
其れと同時に首に掛けられていた首飾りの石も弾け飛んだ。
声を上げる事なく崩れ落ちたヒルコは、最後の瞬間に主を見つめていた。視線の先の主も同様にヒルコを見つめている。
愛情などはなくとも力で繋がった自身の子。敵側にいたにも関わらず、利用しようと生かしておいた自身の子。自身が思っていたよりも成長し、力を付けた自身の子。
そんな子供を前にした父親は最後の瞬間、何を思ったのだろうか。
ただ同じ力を持っているだけの自身の父。利用されてばかりの日々の中で、同じ様に利用しようとしてきた自身の父。人類の幸せよりも自身の幸せよりも、ただ自分の欲を満たそうとした自身の父。
そんな父親が崩御した瞬間、主は何を思ったのだろうか。
私には二人が考え感じた事は分からないが、二人が最後の瞬間に同じ様な表情をしていた事を見逃しはしなかった。
冷たい様で、何処か互いを思い合う様な顔。
生まれる場所や境遇が違えば、彼らは本当の親子になれたのではないだろうか。
そんな事を考える私を横目に、主はスタスタと歩いて来ると、もう目を固く閉じてしまったヒルコの頭を拾い上げた。
「お父さん……」
消えてしまいそうな主の呟きに私も隣にいた白龍も、何も言う事が出来ないのだった。