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妖鴉迷譚  作者: 舞木百良
15/18

私達が『主』を知った日

 二千四百八十一年、観月(かんげつ)の十五日。雨。


 四季折々の花が咲く主の霊域を私と主、そして白龍(はくりゅう)の三人で歩いていた。

 神が住む地。其処(そこ)には通常の移動では行く事が出来ず、()の様に霊域を通ったとしても、扱いが慣れていない者には辿り着く事すら出来ないという。

 普段から近場以外の移動手段として霊域を使い、()れでいて正確に座標を目的地に合わせられる人物。其れが神の住む地に赴くに値する人物らしい。

 そして其の全てを兼ね備え、尚且(なおか)つ神に直談判が出来る人物は主しかいない。と政府の御人に聞いた。

「なぁ、主。どうして護衛を俺達にしたんだ?」

 ふと白龍が首の後ろに手を回して、宙を見上げながら尋ねた。

 主は私達の方を振り返り、少し悩む様に視線を落とした後に口を開いた。

「経験的に、かな……」

「経験なら、俺達よりも火車(かしゃ)人魚(にんぎょ)達の方があるだろう」

 白龍が何を思って、其の様な事を言っているのか私には分からなかった。

 主は白龍の何かの意図を感じたのだろうか。白龍の言葉に首を横に振り、白龍を真っ直ぐに見つめた。

「確かに、総体的には火車や人魚の方が経験はある。でも、火車は感情に流されやすいし、人魚は戦闘経験が少ない。それを考慮すれば――」

「俺達二人が適任って訳か……」

 主の言葉の続きを白龍が繋げ、其れに主が頷いた。

 私は()(かく)白龍ならば、火車よりも感情を抑える事が出来、人魚よりも戦闘経験はあるだろう。

 そして、白龍の戦闘時の弱点である攻撃範囲の狭さを補う事が出来、其れでいて主の条件に最も当てはまったのが私という訳だ。

 私の武器は金剛杖と太刀であり、打撃と斬撃を交互に其れでいて短距離から中距離の範囲まで使える。其れに反して白龍の武器は短刀二本であり、近距離の斬撃にしか使えない。

 だから白龍の戦闘は金剛杖や太刀を扱う私や、鎌を扱う火車と相性が良い。

 主は其れも全て加味した上なのだろうな。

 其の後暫く沈黙が続き、其れを破る様に目の前に私でさえ見上げる程の大きな門が現れた。

 ざっと十六尺くらいか?其れ程大きな門だ。

 (しか)し、扉は固く閉ざされている様で私達が目の前に立ってもびくともしない。

如何(どう)するんだ?」

 私が尋ねると主は手を門に向かって突き出した。

「決まってる。歓迎されていないなら、強行突破するだけ……」

 そう言って主は手に溢れんばかりの霊力を集め、其れを門に向かって放つ。すると門には三人が同時に入れる程の大きさの穴が空いた。

 其処に主はズカズカと躊躇するなく入って行く。

 ――こういう所があるからこそ、主が此の場には相応しいんだろうな。

 と、そう私は思った。

「はは…、俺達の主は何とも勇ましいな……」

 白龍はそう驚きつつも呆れた様な乾いた笑いを溢すと、主の後を追って行った。其処に私も続いた。

 中に入ると、其処は普通の街の様だった。

 併し、何処(どこ)か雰囲気がおかしい。

 静か過ぎる。街に誰もいない様だった。

 其の静けさには主や白龍も気付いていた様で、白龍が腰にある短刀に手を掛けた。

「主。此れが神の地かい?まるで死の地の様だが……」

 白龍が眉を顰めて街を見渡すと、主は首を横に振った。

「いや、ここまで静かな場所じゃないはず。逆にとても賑やかな……」

 主がそう言った瞬間、街の脇道から暗闇が私達に覆い被さって来た。

 私と白龍は主を護る様に主を囲んだが、其れも虚しく私達は仲良く暗闇に包まれたのだった。


 次に目の前が明るくなると、其処は先程の街ではなく洋風の建物の中だった。

 長く敷かれた赤い絨毯の上に私達は膝を付いており、其の先には豪華な椅子があり、誰かが脚を組み座っていた。

 顔は仮面の様な物で覆われており此方(こちら)からは見えない。

 私は桜の中から太刀を取り出し構えると同時に、白龍も短刀を抜き構えた。

「お前は誰だ……」

 私はそう尋ねたが、椅子に座る人物は何も言う事なく此方を見つめている。

「主。あいつは神様かい?」

 白龍がボソッと主に尋ねると、主は分からないと言った様子で苦い顔をした後、首を横に軽く振った。

 其の様子を見た白龍はスッと立ち上がると、前で主を護っていた私よりも前に立ち、椅子に座る人物に短刀の切先を向けた。

「やあやあ我こそは桜陽(おうよう)の住人、白龍と申す者なり!人類と戦争を起こす、神を名乗る者を追伐する(ため)に参った!」

 白龍が微笑みながら高々とそう叫ぶと、椅子に座る人物の身体がピクッと動いた。

 此の名乗りは戦場の指揮を上げる為に用いられるものだが、白龍は相手を煽る為に使った様だった。其れにまんまと相手は掛かったのだ。

 椅子に座っていた人物は、椅子から立ち上がると此方に向かって歩いて来た。

「やあやあ我こそは此の地を追い出され、居なかった事にされた神。ヒルコ。貴様達が追伐しようとするアンノウンの総大将なり」

 そう言って、目の前のヒルコと名乗る人物は仮面を取った。

 其の瞬間、私は凍り付いた。主や白龍も同じだっただろう。

 仮面の下から覗いたのは、何処までも見通す様な藤色の瞳と、似ているが彼女よりも整った男性的な顔だった。

 ヒルコの顔は誰が見ても、主と親族だと言う程に主に似ていた。

「なっ……⁉」

 白龍の口から吐息とも驚きとも取れる様な呟きが漏れ、私は咄嗟に白龍を主の方に突き飛ばしヒルコに斬り掛かった。

 併し、私が振り払った刃は彼の指によって摘まれ止められてしまう。

「グッ…!」

 私は先程以上に刀に力を込めるが、其れ以上に刀はびくともしない。そんな私の後ろから白龍が短刀でヒルコに斬り掛かったのは其の直後の事だった。

 併し其れをもろともせず、ヒルコは私を突き飛ばし、其れに巻き込まれる形で白龍も主の後ろまで吹き飛ばされてしまった。

 私も白龍も慌てて主の元に行こうと立ち上がるが、其の前に主が立ち上がり制止する様に腕を上げた。

「貴方は私と、どういう関係ですか?ただ似ているにしては、私と貴方は似すぎている」

 主の言葉にヒルコはニヤッと不気味な笑みを浮かべると、主に近付く事なく其の場で口を開いた。

「我は人間でいう貴様の()()だ。正確には違うが……。つまりは貴様は半神半人という訳だな」

 ヒルコが笑っているのとは正反対に、主は目を見開いて固まっている。私や白龍も主と同じ反応をしていた。

 主が半神半人?

 信じられなかった。ただ、主が半分神様なのであれば、説明が付く事も沢山ある。霊力が他人より多い事も、霊域を自在に操れる事も、感性が他人より弱い事も。

 併し、逆に疑問に思う事も出てくる。例えば――

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 という事。

「そんな事はありえない。私はこの世界の人間じゃ――」

 私の疑問を読んだ様に主が叫ぶが、其れを遮る様にヒルコが笑った。

「確かに貴様は此の世界の人間ではない。併し、別世界に行く方法があれば、貴様の反論も無に帰す。だろう?」

 別世界に行く方法?

 考えもしなかった。確かに主を此方の世界に連れてくる方法があるのであれば、元の別世界に行く方法もある(はず)だ。何故(なぜ)気が付かなかった。

 主も私も其の場から動けなかった。恐怖により足が竦んだといったものではない。ただあまりに多くの情報に脳が処理しきれなかったのだ。

 併し、白龍だけは違った。

「それっ‼」

 白龍の勢いのある声と共に、ヒルコの髪の先が白龍の短刀によって切り落とされた。

 其の声に私もハッとして、主とヒルコの間に入る様に立った。

「父親だか何だか知らないが、自分の子供を危険に晒す様な奴は碌な奴じゃない。今此処(ここ)できみを倒せば、主はきみからも政府からも解放される訳だ」

 白龍はそう言って笑うと、先程名乗った時と同じ様に短刀の切先をヒルコに向けた。

 併し其れでもなお、ヒルコは不気味な笑みを絶やさぬまま此方を見ている。

「本当に其れで解放されると思っているのか?」

「何?」

 私がそう呟くと、ヒルコは主を指差した。

「アンノウンの総大将の子供。そんな存在がいるとすれば政府は黙っていると思うか?其れが例え先程まで身内だった者だとしても……」

 皮肉にもヒルコの言う事は(もっと)もだった。

 きっと、政府は全力で消しに掛かるだろう。其れが例え主だったとしても。

「此方側へ来い。さすれば、政府に付いていた時よりも歓迎されるぞ。無論、最初から此方に付かせる気だったがな」

 確かにヒルコ側。神側へ付けば、主への対応は政府にいた時よりもぐんと厚遇ではあろう。

 其れに加え政府側に付いていれば、何時(いつ)か主がヒルコの子供だと悟られた時に()の様な仕打ちをされるか分からない。

 私が其の事を理解出来たのだから、主や白龍が理解出来ない訳がない。併し――

「白龍、鴉天狗(からすてんぐ)、戦闘の準備を。貴方達の主として命じます。彼を倒し世界に平和をもたらしなさい。そして、絶対に生きて戻って来て!」

 そう。主はこういう()()なのだ。

「了解っ!」

「拝命した」

 私と白龍は同時に答えヒルコの元に駆けたのだった。

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