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妖鴉迷譚  作者: 舞木百良
14/18

私達がアンノウンを理解した日

 二千四百八十一年、観月(かんげつ)の八日。晴れ。


 私は今日、主の側で書類を整理していた。火車(かしゃ)から近習(きんじゅう)の業務を受け継いだ時から、私は主の側に居る事が多くなった。

 ()の一方で、私の好敵手(らいばる)である白龍(はくりゅう)は従来の力を取り戻す(ため)、火車と共に戦に出る事が多かった。

 其の為、今日も白龍は火車と共に戦当番だったのだ。

 主に渡される書類を種類毎、重要度毎に分けて纏めていく。

 其の時、バタバタと廊下が騒しくなったと思ったら、執務室の障子をスパーンッと開け放たれた。

 光り差す朝日が眩しく、瞬きを繰り返し朝日を背負う人影の方を見ると、其の人物は白龍のようだった。

「どうした?白龍」

 私が尋ねると同時に、また廊下からバタバタと走る音が聞こえて来て、火車が白龍の首根っこを掴んだ。

「ちょっと!勝手に行かないでよ」

「済まん、済まん。主、少し見て貰いたいモノがあるんだ。今、大丈夫か?」

 白龍はプンプンと腹を立てている火車に、軽く謝ると主に向き直った。

「構わないよ」

 主は走らせていた手を止めると、白龍を真っ直ぐに見つめた。

 其れを見て、白龍はスタスタと主の前まで歩いて来ると、腰を下ろして自身の握っていた手を目の前で開いた。

 其の中には小さな石が一欠片乗っていた。息を吹き掛ければ、今にも何処(どこ)かへ飛んで行ってしまいそうな程小さな石だ。

 宝石のようにキラキラと光を受けて輝く空色の石を、主は白龍から受け取ると日の光に透かす様、人差し指と親指で摘んだ。

「どこで手に入れたの?」

「戦場でな、アンノウンが落としたんだ。他の石とは何処か違うから、何かの役に立つかと持ち帰ったんだ」

 主の問いに白龍はニコニコと自信あり気に答え、直ぐにまた真面目な表情に切り替わった。

「一応、俺の霊力を流して安全かどうか確かめたが、今の俺の力では何も分からなかった」

 白龍の膝に置いていた拳に力が入る。

 其の言葉を聞いて、主も霊力を注ごうとしたのだろう。主の手から淡い光が出たかと思うと、主は驚いた様な表情をして石から身体を遠ざけた。

如何(どう)した⁉」

 私が咄嗟に主を支えようと手を添えると、主の身体が小刻みに震えている事に気が付いた。

 其れは白龍や火車も気が付いた様で、直ぐに行動出来る様に身構え主の反応を待っていた。

「これ……」

 主はもう一度霊力を石に込めてからそう呟いた。

「おじいちゃんに知らせないと!」

 主は其の石を持ったまま立ち上がりそう叫ぶと、一目散に執務室を飛び出して行った。

「主⁉」

 私や白龍、火車は其の主の後を追って執務室を飛び出るのだった。


「主!」

 私達が追い付いた頃、主は裏庭の鳥居を操作していた。

 次の瞬間、鳥居が眩く光ったと思うと、鳥居の奥にあの政府の御人と鴉天狗(からすてんぐ)が現れた。否、鳥居が部屋の扉と連動したと言った方が自然かもしれない。

 そして御人が此方(こちら)に気付くと同時に、主が鳥居に入って行った。

 私達は驚いて鳥居に駆け寄り、鳥居を覗き込む。

「ははは。大所帯だな」

 御人は慌てる私達を見て優雅に笑ったが、主の様子が普通ではない事に気が付き、表情が変わった。

「どうしたんだ?」

 御人がそう尋ねると同時に、政府の鴉天狗が私達の側へ歩いて来た。

桜陽(おうよう)屋敷の主が()の様に慌てるのは初めて見たなぁ……」

 鴉天狗がそう言うと、奥で主が御人に彼の石を見せていた。

 御人は石を摘むと不思議そうに見つめていたが、主の「霊力を……」という言葉で何かを察した様だった。

 注意深げに観察した後、御人は霊力を石に込めた様だった。そして次の瞬間には目を見開いていた。

「これは……。これはどこで拾ってきた?」

 御人の言葉に、私と同じように鳥居から一部始終を見ていた白龍が手を上げた。

「俺が戦場で拾ってきたんだ。アンノウンが落として行ってな」

 白龍の言葉を聞いて、御人の目は更に見開かれた。

 御人の反応で、(あやかし)は事態が理解出来ておらず、人間は理解出来ているという不可思議な空間が出来上がった。

「如何いう事なんだ?主人や」

 鴉天狗がそう尋ねると、御人は私達の方を一瞥(いちべつ)し、石を此方に見える様に持ち上げた。

「これが何か分かるかな?」

 私を筆頭に妖達は首を横に振った。其れを見た主が御人の持つ石に指を当て霊力を込めた。

 其の石は空色だったにも関わらず、主の霊力を受けて炎の様な色へ変わり、数秒経つと其の石自体が燃え始めた様に紅い空気を纏った。

 (しか)し、主どころか御人でさえ表情を変える事なく其の石を見つめている。そして、主は苦虫を噛み潰した様な顔で声を捻り出した。

「これは、神物だよ。つまり、アンノウンの正体は――」

 其れを聞いて、私を含め其の場の全員が理解した。

 誰も主の言葉を遮る者は居なかった。

 そして、主は言葉を続ける。

「アンノウンの正体は、()()だ」

 其の瞬間、其の場の空気が凍った様な気がした。

 そんな空気を破ったのは他でもない、石を持ち帰った本人の白龍だった。

「ちょ、ちょっと待て。何年も分からなかったアンノウンの正体が、こんなにもあっさり分かるものか?アンノウン(未知の)なんて名付けておいて?」

 白龍の意見は(もっと)もだ。こんなにあっさりアンノウンの正体が分かってしまうと、逆に疑いたくなる。

 併し主は御人と顔を合わせると、今度は御人が石を此方に見せながら口を開いた。

「これは勾玉という石の欠片だ。先程の様に、霊力を込めると霊力に反応して燃えるのが特徴だ。勾玉はお主達で言う要石(かなめいし)の役目をしている。つまり、これを持ち帰った時点でアンノウンの正体が神という裏付けになるんだ」

 御人の言葉は何処か御伽噺の様な現実味を帯びていないものだったが、主や御人、政府の鴉天狗の反応を見るに、其の話は事実なのだろう。

「併し、神が相手となると少し厄介だな」

「どうして?」

 鴉天狗がそう呟くと、火車がすかさず尋ねた。

 私と白龍も事態を上手く理解出来ず、鴉天狗の方を見つめた。

()の世界の神は他の世界と違い人間に近しい存在だ。だが併し、人間に近しい所為(せい)彼奴(あいつ)らはとても欲深く我儘だ。それでいて、彼奴らには感情が無い。此れが何を意味するか分かるな?」

 鴉天狗の言葉に、其の場にいた者達は理解した。

 神という存在が如何(いか)に孤高で、如何に我々の常識が通じないかという事を。

「じゃあ、私が直談判してくる」

 冷たい静寂を主の一声が切り裂いた。

 何を言ってるんだ。と私達主の妖は目を見開き主を見つめたが、御人と鴉天狗は真面目な表情で主を見つめていた。

「何を――!」

「本当に言っているのか?あそこは……」

 私の言葉を遮って御人が机に置かれていた主の手を握った。

「大丈夫。他の妖降師(あやかしおろし)を行かせるくらいなら、私の方がいいでしょ」

 主の顔を見て、御人は哀しそうな辛そうな顔をした後俯いた。そして主の手を離し指を鳴らすと、御人の前に一枚の小さな紙が現れた。

 其の紙にサラサラと何かを書くと、其れを主に手渡した。

「気をつけるんだ。分かったね?」

 御人の心配そうな表情に、主は微笑んでコクンと頷いた。

「ちょっと待――」

 私の言葉は白龍が肩に手を乗せた事で遮られた。

「俺達は主の意志に従うのみだ。心配なのは分かるがな……」

 白龍の言葉に、私は口を噤む事しか出来ないのだった。

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