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妖鴉迷譚  作者: 舞木百良
13/18

私と彼が好敵手になった日

 二千四百八十一年、愛逢月(めであいづき)の二十一日。晴れ。


 未だ白龍(はくりゅう)の意識は戻らず、主の札や霊力でも回復しない日々が続いた。

 私は毎日白龍がいる治療部屋へと足を運び、主の隣で白龍が目覚めるのを待っていた。

 そして今日。

 本日も私と主は治療部屋へと向かう(ため)、廊下を歩いていた。すると、前から(いくさ)当番へ行った(はず)火車(かしゃ)が慌てて走って来た。

「どうしたの?」

 主が尋ねると、火車は慌てて主の腕を取った。

「白龍が!ちょ、ちょっと来て‼」

 火車の尋常ではない慌て方に、主は火車に引っ張られる様な形で治療部屋に向かい、()の後を私も駆け足で付いて行った。


 治療部屋に着き、主が障子を開けると白龍は身体を起こして逆側の障子から差し込む光を眺めていた。

「白龍?目が覚めたの?」

 主が白龍に声を掛けると、白龍は此方(こちら)を見て顔を綻ばせた。

「何でそんなに他人行儀なんだ?昔みたいにさ、(はく)って呼んでくれよ」

 白龍がそう言うと主は目を見開いた。

「白?白なの?」

 白というのは前の屋敷の白龍の事なのだろう。つまり、()の白龍は――

「あぁ。主を護って散った、勇敢で格好良い白龍様々だぜ?」

 其の瞬間、主が白龍に抱き付いた。主は泣いている様だった。

 其の一方で火車は私の隣で呆れた様に笑っている。

「あ〜、白さんだ。あの腹立つ言い草も、空気読まないところも全部白さんだわ」

 火車が安心した様に笑う前で、主は白龍の胸でグスグスと鼻を啜っている。

 そりゃそうだ。

 悲惨な別れ方をした想い人が今、目の前にいるのだから。

 私はズキズキと痛む胸を抑えながらも、主と白龍の感動の再会を見ていた。すると、先程まで主を愛おしそうに見ていた白龍が私の方を見た。

 私が驚いて目を丸くすると、白龍の口から思わぬ言葉が飛び出した。

「きみも主を好いているのか?」

 其の言葉には主も火車も目を丸くしていた。

 私は白龍の考えが分からなかったが、其の赤い瞳が私を馬鹿にしていない事だけは分かった。

「あぁ。併し、主の想い人も番もお前だろう?」

「いや?俺は主の想い人ではあるだろうが、番ではないぞ」

 ――は?どういう事だ?番だからこそ、記憶を取り戻したのではないのか?

 私が固まっていると、白龍が私の疑問を払拭する様に笑った。

「俺が戻って来られたのは主と霊力が繋がっていたからだ。番なる前の段階だな。その証拠に、俺はここに来た当初記憶を失っていただろう?」

 確かに。番になっているにしては疑問が多い。

 私が疑問を自問自答しながら考え込んでいると、白龍の口からまたもや思わぬ言葉が飛び出した。

「じゃあ、きみは俺の好敵手(ライバル)、恋敵な訳だ」

「は?」

 此れには、また主と火車も目を見開いていた。

「どういうこと?私は白以外の妖をそんな目で見ていないし、白以外の妖とそうなる気もないんだよ?」

 主が白龍の胸に抱かれながら、白龍を見上げてそう訴えるが、白龍はそんな主の頭をくしゃくしゃと撫でた。

「俺が来るまでの間、主を支えていたのはこいつやこの屋敷の奴らだろ?なら、こいつの純粋な気持ちを新参者の俺が踏み躙っちゃいけねえだろ」

 白龍の言葉を聞いた主は渋々といった様子だったが頷いていた。

 そう言った白龍は私を見つめて真剣な眼差しで私に問うた。

「きみは如何(どう)したい?」

「私は……」

 少し言葉が詰まった。

 機会を掴みたい。こんな好機は二度とない。

 そう思っているのに、本当に其れで良いのだろうか。ともう一人の私が問う。

「俺は好敵手がいた方が燃えるし、仲間としてより一層強くなれると思っている。きみは如何だ?」

 白龍の言葉は強く、芯が通っている。

 私よりも長く生きていた証だろうが、此の屋敷では私の方が先輩だ。悩む必要などないだろう。

「滑稽だな。(しか)し、不戦敗になる筈だった勝負が出来る様になったんだ。其の勝負、しかと受けようではないか」

 私がそう答えると、白龍の瞳が光輝いた気がした。

「そうか、そうか!それでこそ、鴉天狗(からすてんぐ)だな!恋の勝負の期間はアンノウンがこの世界から消えるまで。アンノウンが世界から消えた時に主の心を掴んでいた方が、主の番になる。それでいいか?」

「あぁ。其れでいこう」

 私がそう答えると、白龍は布団から出て私の方に向き直り座った。私も思わずその場に座り込み、白龍と対面する。

 矢張(やは)り、此れまでの白龍とは違う様だ。しっかりと対象を見つめる眼差しは同じでも、其処(そこ)には仲間や主を信頼し愛している暖かな光がある。

 姿形は冬の精霊の様なのに、まるで太陽を見ている様だった。

「じゃあ、改めて自己紹介を。俺は白龍。前の屋敷では白やら白さんやらと呼ばれていた。この屋敷ではまだまだ新参者だが宜しく頼む」

 白龍の白い長髪が太陽の光で、絹の様にキラキラと輝いている。

 着物の中から伸びる、同じく雪の様に白い手が私の前に突き出される。

「私は鴉天狗。見ての通り前の屋敷の記憶は無いが、此の屋敷ではお前の先輩にあたる。精々足を引っ張らないでくれよ」

「言われなくとも、すぐにきみを追い抜いて見せるさ」

 私は白龍と強く握手をすると、昔ながらの友人に会った時の様に微笑みあった。

 そして、握手を終えた白龍は立ち上がりグッと背を伸ばすと、腰に手を当てて周りをキョロキョロと見渡した。

「流石に身体が鈍ってしまったな。そうだ!(からす)、今から一緒に訓練でも如何だ?」

「望む所だ。すぐに伸びてしまうなよ」

 白龍が笑って治療部屋を出ようとする後ろ姿に向かって声を掛けると、白龍は子供の様な悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「きみこそ、俺の技に腰を抜かすなよ」

 そう言って白龍は廊下を駆けて行ってしまった。

 私も白龍の後を追って廊下を歩き出した。

「良かったね、主。白さんも戻ってきて、鴉とも仲直り出来てさ」

「うん。ただ、面倒なことになったのは変わりないけど」

「それは言えてる」

 そんな笑みを含んだ火車と主の会話は、白龍との訓練に胸を踊らせる私には聞こえていないのだった。

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