私が想いを伝えた日
二千四百八十一年、愛逢月の十五日。雨。
カーン!カーン!
木刀が重なり合う音が訓練場に響いている。
「まだまだ、だぜ?さぁ、俺の晴れ舞台だ!」
そう言って白龍が私に飛び掛かって来る。
白龍が両手に持つ二本の短い木刀が、私の持つ太刀と同じ長さの木刀へと交互に、其れでいて重く振り下ろされる。
かと思うと床を蹴り、軽く飛び上がり私と距離を取る。
荒削りな戦い方ではあれど、何処か洗練されている白龍の戦い方に、私は苛立ちを抑え切れずにいた。
「鴉天狗、きみの力はそんなものか?」
白龍の軽い煽りでさえも、今の私の心の波を荒立てる。だからこそ私は護りに徹する。
彼から繰り出される数々の技を一本の木刀で受け止め、流す。自身の心の波を落ち着かせる様に。
「今日のきみは何処か、何時もと違うな……」
白龍が私に木刀を振り下ろしながらもボソッと呟いた。
――誰の所為だと。
私が白龍の攻撃を受け止め払い避けた時、白龍は構えていた木刀を下ろした。
突然の彼の行動に私が困惑していると、白龍は真剣な顔付きで私を見ると背を向けた。
「俺から誘っておいて何だが、今日はこれで終わりにしよう。今日のきみは何処か変だ、集中出来ていない。そんなきみと訓練をしても、俺もきみも成長はないだろうからな」
白龍の何もかもを分かっている様な飄々とした態度に、私はまた怒りを感じた。
「何故……」
「は?――ッ⁉」
次の瞬間、私は白龍に飛び掛かり木刀を振り下ろした。白龍は驚きながらも、私の一撃を両手の木刀で受け止める。
「何故なんだ!」
私は何度も白龍に強く重い一撃を食らわせる。訓練である事も忘れ、白龍を敵だと思い、本気で襲い掛かる。
「おい!何だ?如何した?」
白龍は私の一撃一撃を受け止め流しつつも、経験の差なのか、少しずつ疲れや息切れが目立ってくる。
――何故、何故、何故、何故、何故!
私は白龍を訓練場の床に押し倒し、木刀を彼の首に当てた。切れる訳が無いのにも関わらず、彼の首を切る様に押し当てる。
「何故、お前なんだ!」
私の汗が彼の額に落ちる。
彼のハァハァという息遣いと、私の荒々しい息遣いが訓練場に響いた。
「何故私ではなくお前なんだ!主が想うのは、何故お前なんだ!お前は――」
――数時間前。
今日こそは主に想いを伝えるため、私は主の居る執務室へと向かっていた。
彼の日想いを伝えたが、主は今一つ理解していない様な返答だった。だからこそ、私は今度こそ遠回りせずに伝えようと張り切っていた。
執務室の前に立ち障子を叩く。
「主、少し良いだろうか?」
「……どうぞ」
少しの沈黙の後、主が掠れた声で言った。
「失礼する」
私が障子を開けて執務室に入ると、主は大量の書類を他所に座布団を枕にして横になっていた。
其の様子に心配になった私は主の側に腰を下ろすと、主の額に手を当てた。熱は無い様だった。
「何かあったのか?」
「ちょっと疲れただけ。色々あったから……」
其の色々には私が近習になった事や白龍が屋敷に来た事も含まれているのだろうか。
――何はともあれ、主が疲れているのは事実だ。想いを伝えるのは、また今度でも良いだろう。今は主を休ませなければ。
私がそう思っている隣で、主は宙を見つめボソッと呟いた。
「やっぱり一人じゃ限界があるかな……」
其の言葉を聞いた瞬間、私は主の手を握り突拍子もない言葉を口に出していた。
「なら、私を使えばいい!」
私の其の言葉に主は驚いた様に目を見張り、私を訝しむ様に眉を寄せた。
そして、私に向かって何かを言おうとしているのを遮り、私は続けた。
「主の事を慕っている。私と番になってはくれないか?」
私は主の手を握る手に力を込める。
言ってしまった。という気持ちと、認めて欲しい。という気持ちが私の心で交差して、何とも言えない様な感情が渦巻いた。
併し、主は私が思っていた対応とは違う対応を取った。
主はまず私の手を振り払い、私から離れ机のすぐ側まで離れた。そして私を何処か哀しげな表情で睨んだ。
「貴方の気持ちを受け取ることは出来ない。私は貴方のことをそんな目で見てない」
主はそう言ったが、私は他にも理由がある事を何処か感じ取っていた。其れは――
「其れは、主に想い人がいるからか?」
私がそう言った瞬間、主は目を見開き訝しむ様に眉を下げた。
其れだけでも私は返答を貰えた様なものだが、主はゆっくり瞬きをすると頷いた。
「えぇ」
「其れは――」
私は其れ以上踏み込んではいけない事が理解出来、少し言葉を詰まらせたが、主の突き刺す様な藤色の瞳に我慢ならず言葉を続けた。
「其れは、”白龍”の事か?」
今度の主は狼狽しなかった。ただ真っ直ぐに私を見つめ諦めた様に目を伏せた。
「そう……」
「何故⁉」
主の言葉に、私は主の肩を掴み主を見下ろした。
小さく細い主の肩は、少しでも力を入れればポキッと折れてしまいそうだった。
主は興奮している私の手を優しく避けると、私を真っ直ぐに見つめた。其の藤色の瞳に呑み込まれそうになりながらも、私は主を見つめ返す。
「何故彼奴なんだ?彼奴は私よりも遅く此の屋敷に来た。私よりも経験が少なく弱い。私よりも……主との思い出が少ないではないか……!」
私の其の言葉に主は今までに見た事が無い程顔を歪ませ、私を突き飛ばした。少し体勢を崩した私は蹌踉けながら畳に手を付き、先程とは逆に私を見下ろす主を見上げた。
主の表情に私は驚いた。
怒りとも哀しみとも、呆れとも諦めとも取れる様な顔をした主が其処にいた。
「何も知らない癖に、好き勝手言わないで!」
主はそう叫んだ後、何時もの様な何を考えているのか分からない様な表情になり、私に手を差し伸べて来た。
私が其の手を取り立ち上がると、主は何事も無かったかの様に机に向き直って座った。
主の胸元で首飾りが淡く輝いた。
「彼の記憶がなくても、彼が覚えていなくても、白龍は私の命の恩人だから……」
数時間前の主との出来事を思い出し、私は倒れたまま身動き一つ取らない白龍の首に、先程よりも強く木刀を押し当てる。
「お前は、主との思い出を何一つとして忘れている癖に!」
私がそう叫ぶと、白龍は目を見開いた。そしてすぐに頭を抑えて苦しみ出した。
「あ、あぁ。うわあぁぁ!」
あまりにも尋常ではない苦しみ方に、私は思わず白龍から飛び退いた。併し、白龍は未だ悲鳴の様な呻き声を上げながら頭を抑えている。
にも関わらず、私の頭には不純な考えが浮かんだ。
――此のまま白龍が居なくなれば、主は私を見てくれるのではないか?
其れと同時に主の何とも言えない表情が頭を掠める。
もう二度とあんな表情をさせたくない。そして主を笑顔にさせるには、悔しいが此奴が必要だ。
私は持っていた木刀を投げ捨て、白龍を抱き抱えると、主が居るであろう執務室へと走った。
執務室の障子をスパーンッと勢い良く開け、目を丸くしている主を見下ろした。
「主!白龍が突然頭を抑え苦しみ出したんだ!助けてくれ!」
私の言葉を聞き、血相を変えた主が急いで立ち上がり私の元まで来ると、私の抱き抱える白龍に手を当て苦虫を噛み潰した様に顔を歪め、障子から外を覗くと私の方を振り返った。
「すぐ治療する!治療部屋へ急ぐよ」
主が早歩きで執務室を飛び出し、私も其れに続いた。
治療部屋へ着くと、主は白龍を布団に寝かせる様に言い、白龍を下ろした私は部屋の外へと締め出された。
――私の所為だ。
自身の欲を抑え切れず、何も関係のない白龍にやり場のない気持ちをぶつけてしまった。だから、白龍は苦しんでいる。
私は其の日はずっと治療部屋の前でしゃがみ込んでいたのだった。




