表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖鴉迷譚  作者: 百良
11/18

私が想いを伝えた日

 二千四百八十一年、愛逢月(めであいづき)の十五日。雨。


 カーン!カーン!

 木刀が重なり合う音が訓練場に響いている。

「まだまだ、だぜ?さぁ、俺の晴れ舞台だ!」

 そう言って白龍(はくりゅう)が私に飛び掛かって来る。

 白龍が両手に持つ二本の短い木刀が、私の持つ太刀と同じ長さの木刀へと交互に、()れでいて重く振り下ろされる。

 かと思うと床を蹴り、軽く飛び上がり私と距離を取る。

 荒削りな戦い方ではあれど、何処(どこ)か洗練されている白龍の戦い方に、私は苛立ちを抑え切れずにいた。

鴉天狗(からすてんぐ)、きみの力はそんなものか?」

 白龍の軽い煽りでさえも、今の私の心の波を荒立てる。だからこそ私は護りに徹する。

 彼から繰り出される数々の技を一本の木刀で受け止め、流す。自身の心の波を落ち着かせる様に。

「今日のきみは何処か、何時(いつ)もと違うな……」

 白龍が私に木刀を振り下ろしながらもボソッと呟いた。

 ――誰の所為(せい)だと。

 私が白龍の攻撃を受け止め払い避けた時、白龍は構えていた木刀を下ろした。

 突然の彼の行動に私が困惑していると、白龍は真剣な顔付きで私を見ると背を向けた。

「俺から誘っておいて何だが、今日はこれで終わりにしよう。今日のきみは何処か変だ、集中出来ていない。そんなきみと訓練をしても、俺もきみも成長はないだろうからな」

 白龍の何もかもを分かっている様な飄々とした態度に、私はまた怒りを感じた。

何故(なぜ)……」

「は?――ッ⁉」

 次の瞬間、私は白龍に飛び掛かり木刀を振り下ろした。白龍は驚きながらも、私の一撃を両手の木刀で受け止める。

「何故なんだ!」

 私は何度も白龍に強く重い一撃を食らわせる。訓練である事も忘れ、白龍を敵だと思い、本気で襲い掛かる。

「おい!何だ?如何(どう)した?」

 白龍は私の一撃一撃を受け止め流しつつも、経験の差なのか、少しずつ疲れや息切れが目立ってくる。

 ――何故、何故、何故、何故、何故!

 私は白龍を訓練場の床に押し倒し、木刀を彼の首に当てた。切れる訳が無いのにも関わらず、彼の首を切る様に押し当てる。

「何故、お前なんだ!」

 私の汗が彼の額に落ちる。

 彼のハァハァという息遣いと、私の荒々しい息遣いが訓練場に響いた。

「何故私ではなくお前なんだ!主が想うのは、何故お前なんだ!お前は――」


 ――数時間前。

 今日こそは主に想いを伝えるため、私は主の居る執務室へと向かっていた。

 ()の日想いを伝えたが、主は今一つ理解していない様な返答だった。だからこそ、私は今度こそ遠回りせずに伝えようと張り切っていた。

 執務室の前に立ち障子を叩く。

「主、少し良いだろうか?」

「……どうぞ」

 少しの沈黙の後、主が掠れた声で言った。

「失礼する」

 私が障子を開けて執務室に入ると、主は大量の書類を他所に座布団を枕にして横になっていた。

 其の様子に心配になった私は主の側に腰を下ろすと、主の額に手を当てた。熱は無い様だった。

「何かあったのか?」

「ちょっと疲れただけ。色々あったから……」

 其の色々には私が近習(きんじゅう)になった事や白龍が屋敷に来た事も含まれているのだろうか。

 ――何はともあれ、主が疲れているのは事実だ。想いを伝えるのは、また今度でも良いだろう。今は主を休ませなければ。

 私がそう思っている隣で、主は宙を見つめボソッと呟いた。

「やっぱり一人じゃ限界があるかな……」

 其の言葉を聞いた瞬間、私は主の手を握り突拍子もない言葉を口に出していた。

「なら、私を使えばいい!」

 私の其の言葉に主は驚いた様に目を見張り、私を訝しむ様に眉を寄せた。

 そして、私に向かって何かを言おうとしているのを遮り、私は続けた。

「主の事を慕っている。私と番になってはくれないか?」

 私は主の手を握る手に力を込める。

 言ってしまった。という気持ちと、認めて欲しい。という気持ちが私の心で交差して、何とも言えない様な感情が渦巻いた。

 (しか)し、主は私が思っていた対応とは違う対応を取った。

 主はまず私の手を振り払い、私から離れ机のすぐ側まで離れた。そして私を何処か哀しげな表情で睨んだ。

「貴方の気持ちを受け取ることは出来ない。私は貴方のことをそんな目で見てない」

 主はそう言ったが、私は他にも理由がある事を何処か感じ取っていた。其れは――

「其れは、主に想い人がいるからか?」

 私がそう言った瞬間、主は目を見開き訝しむ様に眉を下げた。

 其れだけでも私は返答を貰えた様なものだが、主はゆっくり瞬きをすると頷いた。

「えぇ」

「其れは――」

 私は其れ以上踏み込んではいけない事が理解出来、少し言葉を詰まらせたが、主の突き刺す様な藤色の瞳に我慢ならず言葉を続けた。

「其れは、”白龍”の事か?」

 今度の主は狼狽しなかった。ただ真っ直ぐに私を見つめ諦めた様に目を伏せた。

「そう……」

「何故⁉」

 主の言葉に、私は主の肩を掴み主を見下ろした。

 小さく細い主の肩は、少しでも力を入れればポキッと折れてしまいそうだった。

 主は興奮している私の手を優しく避けると、私を真っ直ぐに見つめた。其の藤色の瞳に呑み込まれそうになりながらも、私は主を見つめ返す。

「何故彼奴(あいつ)なんだ?彼奴は私よりも遅く()の屋敷に来た。私よりも経験が少なく弱い。私よりも……主との思い出が少ないではないか……!」

 私の其の言葉に主は今までに見た事が無い程顔を歪ませ、私を突き飛ばした。少し体勢を崩した私は蹌踉(よろ)けながら畳に手を付き、先程とは逆に私を見下ろす主を見上げた。

 主の表情に私は驚いた。

 怒りとも哀しみとも、呆れとも諦めとも取れる様な顔をした主が其処(そこ)にいた。

「何も知らない癖に、好き勝手言わないで!」

 主はそう叫んだ後、何時もの様な何を考えているのか分からない様な表情になり、私に手を差し伸べて来た。

 私が其の手を取り立ち上がると、主は何事も無かったかの様に机に向き直って座った。

 主の胸元で首飾りが淡く輝いた。

「彼の記憶がなくても、彼が覚えていなくても、白龍は私の命の恩人だから……」


 数時間前の主との出来事を思い出し、私は倒れたまま身動き一つ取らない白龍の首に、先程よりも強く木刀を押し当てる。

「お前は、主との思い出を何一つとして忘れている癖に!」

 私がそう叫ぶと、白龍は目を見開いた。そしてすぐに頭を抑えて苦しみ出した。

「あ、あぁ。うわあぁぁ!」

 あまりにも尋常ではない苦しみ方に、私は思わず白龍から飛び退いた。併し、白龍は未だ悲鳴の様な呻き声を上げながら頭を抑えている。

 にも関わらず、私の頭には不純な考えが浮かんだ。

 ――此のまま白龍が居なくなれば、主は私を見てくれるのではないか?

 其れと同時に主の何とも言えない表情が頭を掠める。

 もう二度とあんな表情をさせたくない。そして主を笑顔にさせるには、悔しいが此奴(こいつ)が必要だ。

 私は持っていた木刀を投げ捨て、白龍を抱き抱えると、主が居るであろう執務室へと走った。


 執務室の障子をスパーンッと勢い良く開け、目を丸くしている主を見下ろした。

「主!白龍が突然頭を抑え苦しみ出したんだ!助けてくれ!」

 私の言葉を聞き、血相を変えた主が急いで立ち上がり私の元まで来ると、私の抱き抱える白龍に手を当て苦虫を噛み潰した様に顔を歪め、障子から外を覗くと私の方を振り返った。

「すぐ治療する!治療部屋へ急ぐよ」

 主が早歩きで執務室を飛び出し、私も其れに続いた。

 治療部屋へ着くと、主は白龍を布団に寝かせる様に言い、白龍を下ろした私は部屋の外へと締め出された。

 ――私の所為だ。

 自身の欲を抑え切れず、何も関係のない白龍にやり場のない気持ちをぶつけてしまった。だから、白龍は苦しんでいる。

 私は其の日はずっと治療部屋の前でしゃがみ込んでいたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ