第24話 死を望む者
パンの道標を足掛かりに、一行はエンバーの元へと急ぐ。
呪刻人の力は未知数。
憎悪の感情が強ければ強いほど、能力を増すという。
遭遇した呪刻人の苛立ちはかなりのものだった。
(早く急がないと……)
神を名乗る人形との戦闘を経て疲弊したトマスは、ふと立ち眩みし、頭を抱えた。
首の傷こそ治したものの、大量出血の影響がでてしまったのだろう。
呪刻人と相対したエンバーは、今尚争いの渦中にいる。
呑気に休む暇などないのだ。
その時の唇を噛み締めた青年の険しい面様は、心に激情を抱く兄のライリーと瓜二つであった。
「おや、トマス君。大丈夫ですか?」
「はい、平気ですよ」
心配かけまいと小気味よく返事したトマスは、覚束ない足取りで前を進む。
だがセリウス副隊長は納得せず、上に立つ者としての責務を果たすまいと、注意喚起を促した。
「トマス君、休息を取りましょう」
「……でも急がないとエンバーが」
「一緒に依頼をこなした君なら、彼女の強さは承知のはず。きっと切り抜けられるでしょう」
穏やかな口調で提案されるも、トマスは頑として意見を譲らない。
一分一秒すら無駄にできない状況で、自分のことなど気にしないでいい。
引き下がらずに確固たる意志を伝えると、眼鏡のフレームを持ち上げ
「己の管理もできぬ人間に、誰が助けられますか。勇気は買いますが、道中には魔物が跳梁跋扈しています。病み上がりの君に無理をさせ、最悪の事態を起こってはいけません」
とセリウスは厳しく、しかし気を配りつつ諭す。
冷静沈着で合理性を重んじる副隊長の判断には、トマスだけでなく、多くの隊員が一目置いている。
自身の体調不調は、案外気がつかないものだ。
他人から見れば、現在の自分はだいぶ無理をしているのかもしれない。
「わかりました。セリウス副隊長の指示に従います」
「豚女は体力だけはありますもの。けれど肉体のみならず精神を蝕む呪いなら、或いは……フフッ」
目を細め、肩まで伸ばした髪を弄るベル・ベル。
「あんまり気分がよくないな。仲間を馬鹿にされるのは」
エンバーを嘲笑うかの如く薄笑いを浮かべた様子にムッとしたトマスが、軽めに忠告した次の瞬間
「あの豚が野垂れ死のうが、私にとっては興味の対象外。けれど散々悪態をついてきた不潔な赤髪の下等生物が醜態を晒し、惨めに逝く姿を間近で拝みたいと心は昂る……嗚呼、この一瞬だけ私は生を実感できますの」
自らを抱き締め天を仰ぐベル・ベルは、エンバーの死を望むかのような発言をしたではないか。
当然トマスとセリウスの両名は不快感を覚え、双眸を彼女に向ける。
「お二方。折角ですから、賭けませんこと? 雌豚が既に事切れているか否かを」
ほどなくして続けて放たれた言葉に、二人は我が耳を疑い絶句する。
賭けに狂う彼女らしいといえばらしいが仲間意識の抜け落ちた、明け透けの欲望がベルという存在を、より異質なものとしていた。




