第16話 迫りくる悪意
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朱色の手の形をした魔物は、一行から敵意を察知したのだろうか。
彼らが一斉に魔術を放たんと力を行使すると、倒木から煙がもうもうと立ち込める。
無策のまま相対すれば、焼き殺されてしまうのがオチだ。
「チンタラすんなよ、トマス」
「ああ、わかってるよ」
トマスは縦に割った卵型の弦楽器リュートを手に取ると、指で丸を作って合図する。
選曲した〝秩序の不変〟と呼ばれる唄は彼の十八番。
戦闘の際に何度演奏し、何度助けられたか、当の本人でさえ数え切れないほどだ。
「空浮かぶ星 幾星霜 煌々と
雲貫き 天へ至りし世界樹 厳然と
朝告げ鳥は甲高く 夜鳴く六つ足は穏やかに
揺り篭に生まれ やがて棺に眠る子ら
刻経てば移ろう四季折々に 吾が息吹けば飛ぶ命に
不変の安寧 見つけたり
吾が作りし 絶対不変の法則
踏みにじること 能わず
完璧であるが故に 完全であるが故に」
ゆったりとした曲調と穏やかな旋律に、トマスは厳かな神の言葉を乗せていく。
秩序神イミタ。
かの神の御力を借りた者たちは、絶対不変の加護を一時的に得るという。
厄介な魔術の影響を未然に防ぎ、戦況の悪化を招く脅威を排除。
未知の魔物との戦闘で保険に役立つ、秩序への賛美歌である。
歌い終えるとほぼ同時に、細長の炎が燃え盛る。
舞う葉を一瞬にして焦がす姿は、まるで獲物を飲み込む大蛇が如し。
業火が迫るにつれ、肌を焼く熱気は、我々の生命をも脅かす破壊の化身であった。
「来たぞ、エンバー」
「うるせぇな、わかってるんだよ。混沌の神メタモルフォシス。尊き手に宿りし万物流転の御業、悪徳への傾倒と妄信により再現されよう―――メタモルフォシス」
呪文を唱えると彼女の全身を覆う黒鎧は、透明な何の変哲もない水へと変容していく。
気化、凝固、液化。
ある条件下で起きる物質の変化を、メタモルフォシス神の御名において、無条件に発生させたのだ。
「相変わらずやりたい放題な魔法だな」
「ま、お前ら程度の実力じゃ扱うには難しいな」
余裕たっぷりに嗤うと、炎の魔法を大量の水が掻き消していった。
再び魔法を唱えると水蒸気は黒鎧へと変化し、彼女の身を守る。
神の業をを自在に操りし混沌の魔法の応用力には、目を見張るものがあった。
「さて次は私らの反撃だ! オラよッ!」
分厚い刃の剣を腰から抜き、エンバーは野太い叫びを上げる。
距離を詰めて魔物目掛けて振り下ろした瞬間、刃が止まった。
―――真紅の五芒星によって。
魔法陣とは術師を外部の干渉から守る、いわば防壁。
詠唱を行う間は、何人たりとも術師を傷つけられはしない。
「ちっ、うぜぇな。また炎を扱いやがる気か? 防戦一方は癪なんだがな」
苛立つエンバーは切り替えて、再度魔物から距離を取った。
魔法の回数は有限だ、いったいどうすれば。
歯噛みするエンバーに
「近くから手出しできないなら、大人しく俺に任せておけばいいさ」
宣言したセスは弦をしならせ、攻撃に備えた。
窄めた口で息を整え、神経を尖らせて、彼はじっと敵を見据える。
閉じた左目と見開く右目で、獲物との距離感を把握し
「今だッ!」
風を切る速度で射られた矢は、魔物の一瞬の隙に突き刺さった。
赤々とした物体に矢が直撃すると、バラバラに飛び散り
「的が小さいから狙いづらいったらねぇ。ま、俺に任せておけば、こんな魔物はすぐ倒せるぜ」
「調子いいなぁ、セスは」
仕留めたセスは得意気に呟き、トマスは朗らかに笑う。
戦闘の緊張から解放された吟遊詩人が、彼を見遣ると、背筋が凍りついた。
セスの背後から、樹海の闇に潜んでいたであろう兎面の男が、じりじりと迫ってきていたのだ。
人を締め殺すに充分な太縄を手にし、腰には血の滴る斧を携えて。
―――例の殺人鬼の正体だ。




