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天国への扉

作者: 小林 翔太

「スーー、ハァーーー……」


 

大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。戦いを前に、高ぶる精神を鎮めていく。興奮は、時に限界を超えた力を生み出すが、ランナーにとって一番大切なものはやはり冷静さだ。


「あ、出てきた。おい、今日の成果はどうだった?」

「いやー、途中までは良かったんだけどな、ミスリルの塊を掴む時に少し手こずっちゃってさ、満足はしてないけど時間なかったし、引き返してきたわ。」

「かーっ!こいつは!」

「満足してないとか言っちゃってさ、ミスリルってBランクじゃん。それ一つで俺等の一週間分って、わかっていってんのかね?やっぱ深層ランナーはヤベえわ。」


 ダンジョンのロビーにいる集団は、誰かが決めたわけでもなく自然と2つに分かれている。

 一つは、今からダンジョンに挑戦する静かな者達。

 もう一方は、すでに今日の挑戦を終えた騒がしい者たち。

 生命の危機を乗り越えた本能がそうさせるのか、うるさいやつが目立っているだけなのかわからないが、ダンジョンから出てきた者達は集団をつくり喋りまくる。今から入る者達は、集中を切らさないようにそこから離れる。だから2つに分かれているのだ。


 そんな彼らを横目に見つつ、静かな者達の片隅で、俺は一人装備の点検を始める。


「ロープよし、ナイフよし、バッグよし、ライトよし、その他色々よし。」

「さぁ、入るか」


 ダンジョンの入口である大扉前には白線が引かれ、10人ほどが一列に並べられるよう、間隔をあけて印が書いてある。

 一つ前の組が行ってからある程度時間が経っているのか、もうすでに9人分は埋まっていた。

 開始位置は早い者勝ちなので、残っていた右端から2番目の印の上に立つ。この人数制限は、ダンジョン内での混雑を避けるためのものだから仕方無い。

 そのまま待機していると、時間がきたらしい。ギルドの職員が開始の合図をかける。


「位置について、よーい」   バン!


 ライフルの発射音と共に、ランナー全員が勢いよく走り出す。


『警告。ここは私有地であり、許可のない侵入は犯罪です。30分以内に私有地から出て行かない場合、第129条、特定地域における、自衛等についての法律に基づき、強制的に排除されることがあります。』

『30.00』


 いつものように、急に視界が謎の文様に塞がれたかと思うとすぐに消えていき、30分のカウントダウンが始まる。文様には数字が含まれていることから、何かの文章なのではないかといわれているが、解読は進んていない。とりあえずランナーにとって重要なのは、このカウントがゼロになると、壁、床、天井から赤い光が出てきて一瞬で死んでしまうってことだ。まぁ、実際にその光景を見たことがある人は少ないのだが。


『25.55』


 減っていく数字を視界にいれつつ、真っ白な通路を走り抜ける。いつもなら、競合を避けるために一人づつ分かれていき、2分もたつ頃には一人になれるのだが、今日は違った。

 ずっと着いてきているやつがいる。そういうやつは、大抵腕が良くないので、わざとトラップが多い道を通ったりしたのだが、今回はなかなか諦めてくれない。最近羽振りが良かったからか、どこかのクランに目をつけられたのかもしれない。


『20.36』


 そんな感じで、しょうもない追いかけっこを繰り広げていたのだが、通路の先にいかにも頑丈そうな扉が現れた途端、後ろからやつが飛び出してきた。


「あれがお前の狩り場か、悪いがこちらも命令には逆らえないんでね。」


 そう言い残すと、そのまま速度を上げ、行ってしまった。

 今日の目的地はあそこではないし、あの扉の周りにはこれでもかってぐらいトラップがある上、扉自体のロックも硬く、俺では入れなかったため取られてもいいのだが、なんか気に食わない。

 帰ったらそれとなくアイツの悪い噂を流しておこう。


『17.22』


 その後もトラブルなく走り続け、目的地につくことができたた。いや、邪魔者が居たので予定よりは遅れているのだが。


「はぁ…」


 切り替えよう、今はあんなやつよりもこっちのほうが大事だ。

 そう!この扉を開けることのほうが大事なのだ!

 ここは、前に居た狩り場を探索しつくして、次の場所を探していた時に見つけた扉だ。人を迷わせるために存在しているとしか思えない連絡路を抜け、明らかに何かを守ってますよと言わんばかりの扉を無視した先にあるこのドア、絶対になにかある。

 昨日は頑丈そうな扉に惑わされ、何も手に入らなかったのだ。今日こそなにか手に入れないと、ヤバイ。一度上がった生活水準は、おいそれと戻せないのだ。

 もう、豆の薄いスープは嫌だ。硬いベッドでは眠れない。


『14.51』


そんなことを考えつつ、鍵をガチャガチャやっていると、なんとも言えない手応えと共に、急に扉が軽くなる。


「さあ、お宝とご対面だ!」


 そういいながら開けた扉の先にあったものは、いかにも更衣室ですと言わんばかりの、ロッカーとベンチが並んだ部屋だった。

 ロッカーを開き、どけて壁との間を見て、全て引っ掻き回して得た今日の成果は、万能食料一週間分と、なんだかツルツルした作業着だけだった。


「え、こんだけ!?なんかもっとあるだろ!秘密の抜け道とか、隠し装備の保管庫とか!」


 もちろん、どこかに隠し金庫や、それでなくても銅貨一枚あるのではないかと壁や、床、天井の溝までなぞってみたが、これだけ。

 なんだか、大金を持って嬉しそうに笑うさっきのやつが浮かんできたが、頭をふるい追い払う。


『04.02』


 こみ上げてくる感情と戦いつつ、時間がないのできた道を帰る。今度は他に人がいないので多少早く着く、とは言っても時間ギリギリ。余計な感情は、いらないトラブルの元になる、帰るまでが挑戦だと、自分に言い聞かせる。


『警告。今回あなたが持ち出した物品は、合計150VN相当です。10秒以内に返還する意思を見せなかった場合、企業連合に報告します。』

『………報告中。連合規定による強制執行まで、残り、50,031VNです。』

『50,181-150=50,031/100,000』


 ダンジョンから出ると、入った時同じように文様が視界を覆い、今回のスコアが表示される。巷ではこのスコアを上限まで貯めると、天国へ行けると言われている。

 俺も一度上限に達したやつを見たことがあるが、上空から光の柱が降りてきてそいつを囲ったかと思うと、突然あたり一面に虹色の光が溢れ、そいつは消えてしまった。天国へ行けたのかどうかはわからないが、あれは神秘的な光景だった。

 ま、150なんてスコア取っている俺には、あまり関係のないことだけどね。


 150は今年に入ってから1番低いスコアだ。昨日は何も取れていないためもちろん0なのだろうが、0の場合はスコアが表示されない。

 今日は野宿かな、と反省しながら周りを見ていれば、例のアイツがまだ帰ってきていないことに気づく。もうすでに帰った後なのかとも思ったが、あのまま、扉の奥に行けたのなら、ギリギリまで回収していくだろうし、行けなくてもやはりギリギリまで扉に齧り付くだろう。つまりいないってことはそういうことだ。

 なんだか諸行無常を感じ、明日こそは頑張ろうと気合を入れ直した。


「さあ、帰るか!」


 欲張りすぎないという、人生に置いて最も大切なことを教えてくれたアイツに感謝し、一縷の望みをかけて馬小屋へと足を向ける。

 こうして、俺のランナーとしての一日は過ぎていく。





 







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