2話 世界の広さ
___幼い頃、両親に連れられて初めて海外を訪れた。
当時の自分は「海外」という言葉すら漠然としていて、まだはっきりと理解できていなかったと思う。
ただ最初は、その旅行自体にワクワクしていただけだった。
飛行機に乗る時、こんな大きな乗り物が本当に空を飛ぶのだろうか、と幼心に疑問を抱いたことを覚えている。
両親は、自分を窓側の席に座らせてくれた。
窓の外には広々とした滑走路が広がり、待ち時間の間にも何機もの飛行機が次々と空へと飛び立っていく。
それを眺めているうちに、自分も間もなくあの飛行機のように空を飛ぶのかと思うと、飛行機に乗っている実感が湧き始めた___。
やがて飛行機は加速を始めた
本能的な何かで、今人生で一番早く動いていると理解した。
飛行機が離陸すると、街並みが一瞬で遠ざかっていく。
「あれ、小学校じゃないか?」
父が指さした方向には、確かに校庭らしき場所が見えた。
しかし、いつも通っていた校庭は、あんなに小さくはなかったはずだ。
いつも遊んでいた公園、通っていた保育園、母と訪れたスーパー、住んでいた町が、まるでミニチュア模型のように小さく、地面に張りついていた。
自分が知っている「世界」は、空から見るとこんなにも狭く、小さなものだったのだ。
それに気づいた時、なぜだか心が高鳴った___。
それから自分はずっと窓に張り付いたままだった。
飛行機は南西へと進み、窓の外には紺碧の海が広がった。雲を越えると、まるでそこは天界だった。果てなき遠くまで雲の丘陵が続いていた。陽の光が直接雲に当たって、地上から見るよりも真っ白で輝いている雲だった。
___雲の合間から南西諸島の島々が見え、その海はどこまでも美しかった。
さらに南西に向かって行く。
やがて海の色は濁りを帯び、ユーラシア大陸が見えてきた。
それは、途轍もなく広大で___偉大であった。
地平線の先まで陸地が広がっており、果てる気配の無い大陸。
「この陸地は、今から行くところまでずぅーっと繋がっているのよ」
母が座席のモニターを指差す。
世界地図が映し出されていた。
日本からヨーロッパまで線で結ばれており、これからは殆どこの大陸の上を通るようだ。
まるで漠然と別の星の様に思っていた世界は、地続きなのだということを理解した瞬間。
自分の中の「世界」の認識が確実に広がった___。
中国南部の緑と黄土色の起伏が見え始める。
山がうねり、棚田や赤土の村、工場らしき建物が点在していた。そこには、人々が確かに生活している気配が感じられた___。
さらに飛行機は西へ進み、インドシナ半島の深いジャングルが眼下に広がった。
終わりの見えない緑の海原、その中を蛇のようにうねる広い茶色い川。
そのほとりには、小さな村が点在しており、川には行き交う船が何隻も居る。船に積んでいる黄色いバナナがうっすらと見えた。
やがて森は薄れ、土の色も変わって行く。
インド亜大陸に入った。
眩しい光が大地を照らし、小さな町がぽつぽつとある平野がどこまでも広がっている。
すると、そんな光景から、突如として大都市が視界に入った。ハイデラバードだ。
あまりの突然さに、少し驚いた。
さらに西へ進むにつれ、大地は乾燥し、岩だらけの荒野に変わっていった。
パキスタン上空に入ると、空気が変わった。
ここから先は、アッラーが治める地____
イラン高原に目下に映る。
緑が少なく、荒れ果てた地、黒々とした起伏のある山々、水の枯れた川、小さな町々の姿を目にした。
幼いながら、ここで人が生きていくのは容易では無いなと思った。
アラビア半島に入った時、言葉を失った。
果てしなく続く橙色の砂漠が、風に描かれた波のような模様を見せている。
それまで砂漠なんてものはニュースーパーマ◯オ2のデザートさ◯くぐらいでしか見た事がなく、それにしか存在しない物かと思っていた。
連続してどこまでも続く砂丘群を眺め、少し目が潤った。
飛行機はやがて紅海を越え、エジプトへ。
ナイル川が緑の帯となって流れ、その周囲だけが生き生きとした緑に覆われている。
北上するほどその緑は広がり、やがて砂漠は三角の緑の大地へと変わっていった。
そして、地中海。
太陽の光を反射する海面はまるで宝石のように輝いており、クレタ島やキクラデス諸島が美しく見えた。
やがて、ヨーロッパの大地が近づいてきた。
青々とした草原に赤茶色の瓦屋根が映える町並み。
飛行機は静かに着陸態勢に入る。
その時、俺は深く、確実に感じた。
____世界は、こんなにも広く、美しく、豊かなのだと言う事を。
更新は2〜3日に1話のペースで予定していきます
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