8話 部活見学
「安喰、準備できたか?」
「うん、新庄」
午後2時。
(高校が始まってすぐだから、通常より早い時間の)帰りのホームルームが終わり、カバンを持ち上げたところに新庄が来た。
まだほとんどの部活は見学できないからか、クラスの他の人たちのほとんどは帰っていた。
──少し、気が楽だ。中学までの(新庄以外の)知り合いがいない教室っていうのは。
「じゃあ、部活見学、行くか!」
「うん!」
教室を出て、新庄の後をついていく。
◆
軽音楽部の部室は、昼間は音楽室として使われている場所。
僕らのクラスがある第一校舎から渡り廊下を渡って、第二校舎の階段を上った先、4階にある。
「……あ」
「おお、聞こえてきたな」
4階に上がってすぐに、ベースとピアノ──キーボードだろうか、それら二つの音が聞こえてきた。
音楽室に近づくにつれて、その音は強く、大きくなっていく。
「ここだな」
「う、うん」
音が止んだタイミングを見計らい、新庄がノックをすると中から『はーい』と女の人の声。
うう、緊張してきた──なんて思う暇もなく、ガラガラッ、と音楽室の扉が開いた。
「あら、もしかして見学?」
「はい、可能なら見学したいのですが、大丈夫でしょうか?」
「もっちろん大丈夫よ! ささ、入って入って。あなたたちが一番乗りよ」
少し背の高い女子生徒──(おそらく3年生の)活発な先輩に促され、新庄と僕は音楽室──軽音楽部の部室に初めて入った。
扉を閉めようとしたところで、廊下で誰かが歩いてくる音。
僕らの他にも見学する人がいるらしい。部室から顔を出し、階段の方向を向くと。
「あ、安喰君!」
「高崎さん? それに、道原さんも」
見知った顔が二つも。
もしかして。いや、もしかしなくても。
「二人も見学に?」
「うん! あ、あたしたちも見学、いいですか!?」
「元気いいねー。もっちろん大歓迎! ささ、あなたたちも入って」
「失礼します!」
「失礼します」
本当に元気だな、高崎さん。
その後に入ってきた道原さん、どこかソワソワしている。
「あ、あの、質問いいでしょうか」
「ええ、いいわよ。……っとその前に、簡単に自己紹介しましょっか。クラスと名前くらいで大丈夫よ。あなたからお願い」
「あ、はい。1年1組、道原包美です」
「同じく1年1組の、高崎喜以子です!」
高崎さんたちに続き、僕らも名乗る。
「同じく1年1組、新庄樹です」
「僕も1年1組の、安喰和己です」
「はい、ありがとね。ウチはこの部の部長の──って、え、安喰?」
「……?」
僕の顔をじーっと見てくる、部長らしき先輩。
なんだろう、何かまずいこと言ったかな。──クラスと名前しか言ってないのだけど。
数秒ほど経って、はっ、と我に返る部長。
「ごめんごめん。ウチはこの部の部長をやってる、蒲生花っていうの。担当パートはキーボード。よろしくね♪」
「はい、よろしくお願いします!」
高崎さんはさっきの部長の行動に何ら疑問を抱いていないようで、元気に返事をしていた。
なんだったんだろう、さっきの。
──あれ?
「……」
僕の方をじーっと見てくる人が、もう一人。
視線に気づいた僕が見つめ返すと、はっ、とした様子で、その男子の先輩が口を開く。
「えーっと、俺っちは小平大仁だよ。担当パートは見ての通り、ベース。よろしく」
「あ、はい、よろしくお願いします」
さっきの態度にこちらも戸惑いながら、挨拶を返す。
「そうだ、質問があるんだったわね。何かしら、道原さん」
「はい。その……まだ初めて間もない初心者なのですが、軽音楽部に入っても大丈夫でしょうか」
「もっちろん! ちなみにパートは?」
「一応、エレキギターを最近買ったので、それでいきたいです」
道原さんも初心者なのか、なんか親近感。
「自主練習ができる人なら大丈夫よ。部活だと、バンドで集まって曲を練習するのがメインだから、とにかく家とかで一人で練習するのが大事なの。初心者ならなおさらね。大丈夫そう?」
「はい! 頑張ります!」
「うん、よろしい。そっちの……高崎さんは、パートは?」
そうだ、道原さんと一緒に部活に来たってことは、何か楽器を──
「まだ決まってません!」
「あら、そうなのね」
──やってなかった。
道原さんについてきたのは、一緒にいたかったから、ってところだろうか。
「楽器を触ったことは?」
「うーんと……リコーダーと鍵盤ハーモニカくらいしかないです!」
元気よく言うことなのだろうか。
両方とも、小学校とかでやった程度だろう。
──昨日から楽器を始めた僕が言えることじゃないから、言わないでおくけど。
「それじゃあ、あなたは楽器決めからね。部室に備え付けのドラムとキーボードがあるから、それを触るところから。そっちの二人は?」
「俺はギターを少しやってました。なので、パートはギター希望です」
「僕はベースでお願いします。……まだ昨日始めたばかりなので、何にも弾けませんけど」
ここで『少し弾ける』なんて嘘をつく理由はない。
正直に初心者だと伝える。
「誰だって最初は初心者なんだから、気にしなくていいわよ。ベースなら……小平君、アドバイスとかしてあげてね」
「了解っス。よろしく」
「よろしくお願いします、小平先輩」
「……お、おう」
ちょっと照れてる。
小平先輩、感情表現が不器用なのかな。
「それじゃ、今日は思う存分、見学してってね。よーっし、ウチらの演奏、見せつけるよ、みんな!」
おー、と蒲生さんのバンドメンバーが腕を掲げて声を上げる。
わんつーすりー、から始まったのは、今流行りのガールズバンドの、何かの主題歌になった曲。
すごい迫力。
こんな演奏ができるようになるのだろうか。
いつか、僕にも。
そんなこんなで。
部活見学一日目は、思う存分、先輩たちの演奏を浴び続けたのだった。