6話 楽器屋で
「新庄君はどんなのを聴いているんだい?」
「最近は……そうですね、基本は邦楽ロックですけど、昔の洋楽も聴き始めましたね」
「お、いいじゃないか。昔の曲もいいのがたくさんあるからねぇ」
「聴いてると、色々発見がありますよね」
お兄ちゃんに話しかけられた新庄が僕のもとに来ないわけがなく。
結局、一緒に買い物することになってしまった。
「ところで、二人はなんで楽器屋に?」
「そりゃあもちろん、楽器を買うためだよ」
「え? ……ああ、安喰のお兄さんが買うんですか?」
新庄のやつ、僕がお兄ちゃんについてきただけだと思っているみたい。
そうだったらどんなによかったか。
「いや、今日は和己が楽器を買う日だ」
お兄ちゃんの中では、そう決まっているらしい。
でも、僕は──。
「お兄ちゃん、僕は楽器なんかできないよ」
「まあまあ、そんなこと言わずに。オレだって最初っからギター弾けたわけじゃないの、知ってるだろ?」
「ま、まあ……」
知らないわけじゃない。
確かに、お兄ちゃんは自室で毎日練習していた。
でも。
「僕はお兄ちゃんみたいに、才能ないし」
「部活なら才能なくても楽しめると思うぜ。そもそも、やってもいないのに才能だのなんだの言ってちゃ、何にも始められないぞ?」
「うっ……」
ものの見事に論破されてしまった。
「で、でも、お父さんとお母さんがなんて言うか……」
「オレが全額出すって言ったら、快く承諾してくれたぜ?」
「……え、あ、もう説得済み?」
「説得済み」
──外堀が、どんどん埋められていくんだけど!
助けを求めようと、新庄の方を見る。
「……ん? まあ、無理にしなくてもいいとは思うぜ」
「新庄……!」
「嫌々始めても、続くか不安だしな」
「そ、そうだよね!」
ふふん、とお兄ちゃんの顔を見る。
……あれ、お兄ちゃん、反論されたのに何にも反応していない。
「新庄君、君は軽音楽部に入るのかい?」
「ええ、入るつもりです」
「……っ!」
え、新庄は軽音楽部に入るのか。
ちょっと高校生活が不安になってきた。
──あれ、なんで不安なんだ?
ああ、そうか。
「どのパートの予定だい?」
「ギターと、あわよくばボーカルもしたいですね」
新庄が僕の近くからいなくなってしまうかもしれない。
だから、不安なんだ。
──だったら。
「ぼ、僕も……」
「安喰?」
「僕も、軽音楽部、入る」
「……無理、してないか?」
不安はあるし、少し無理もしている。
でも、新庄と一緒にいられなくなるのよりは、部活に入る方が何百倍もマシだ。
「大丈夫だよ」
新庄の言葉──『安心しろ』という言葉。
それを反芻するだけで、不安な気持ちは少しは消えたみたいだ。
「それならよかった」
「う、うん……」
なんで、新庄の微笑んだ顔を見ると、心が落ち着くんだろう。
◆
楽器屋の中を、新庄と二人で眺めながら歩く。
お兄ちゃんは大学の友達から電話が来たみたいで、『すぐに戻る』と言って楽器屋から出て行ってしまった。
「どの楽器をやりたいとかってあるのか?」
「特には。あ、でも、キーボード以外かな」
ピアノを習っていたわけじゃないから、キーボードは多分練習してもできないと思う。
「お兄ちゃんはギターやってたし、僕もギターかな……ん?」
ギター売り場を抜けて、その奥にあったのは。
「これって……」
「ああ、ベースか。ベースも格好いいよなぁ、ほら、洋楽だとあのアーティストが……安喰?」
「……」
なんだろう、外の音が一切聞こえない。
試奏していた人の楽器の音も、楽器屋の外から聞こえていた車の音も、──横にいるはずの、新庄の声すらも。
何も聞こえない。
ただ、きれいな海の色のようなベースだけが僕の世界に存在していた。
「これ、かっこいい……」
無意識に呟いたのと同時、他の音が一斉に耳に流れ込んできた。
「新庄、これ、かっこいい!」
「わかった、わかったから落ち着け」
「う、うん!」
自分でも、驚いている。
まさか、楽器を見てこんなに心が躍るなんて。
それも、今までノーマークだった、ベースを見て。
「悪い悪い、電話終わったぜ」
「お、お兄ちゃん!」
「うおっ、どうした?」
このベースが弾きたい。
そう言おうと思い、もう一度さっきのベースを見ると、今度は値札が目に入ってきた。
「じゅ、じゅうまんえん……!?」
◆
「いや、なんでもない……」
値段を見て、さーっと血の気が引き、興奮は収まった。
さすがに、こんなに高いのをねだるわけにはいかない。
他の、もっと安いのを探そう──としたのだけど。
「お、いいベースじゃねぇか。プレベか。カラーはこのタイドプールでいいのか?」
「あ、タイドプールっていうカラーなんだね。青緑っぽくて素敵で……ってそうじゃなくて!」
10万円もするものを買わせるわけにはいかないから、必死で否定しようとしたのだけど。
「なあ、和己」
「な、なに」
「好きなものとか、気に入ったものなら、大事にできると思うぜ。和己はこのベースと他のベース、買うんだったらどっちがいい?」
「え……この、ベースがいい」
他の色や形のベースもあるけど、僕はこのベースしか頭に入ってこなかった。
「このベースを見た時、どう思った?」
「え? ……かっこよくて、かわいくて、素敵だな、って」
「じゃあ決まりだ。金なら心配するな、バイト代めっちゃ貯まってるからな」
自慢げに、そう言ってくるお兄ちゃん。
「ほんとに、いいの?」
「大丈夫だ。和己の気に入ったものが見つかってよかったぜ。店員さん呼んでくるよ」
「うん。……うん!」
──こうして。
今日、僕は初めて、自分の楽器を買ってもらったのだった。