5話 答えを出している人
「小さなころから、僕は自分の性別に違和感を持ってました」
ここは夢の中だろうか。
夢の中だから僕は、他の人に聞かれたらまずいことを、平気で話しているのだろうか。
「小学校では、先生から言われた『男の子でしょ』という言葉に少しだけ反抗したりしました」
ううん、違う。
これは現実。
「それを聞いていた他の人から、いじめられたこともあります」
現実だから、引かれるかもしれない。
小学校の時みたいに、クラスでいじめられるかもしれない。
──でも。
ここで伝えなかったら、僕はきっと、ひどく後悔するだろう。
「夢の中の僕は、女の子の格好をしています」
◆◆
女の子の格好をして、女の子っぽくおしゃれをして、女の子っぽく振舞う。
それが憧れから来るだけのものなのか、なりたいという気持ちから来るものなのか。
それはわからない。
いくら一人語りしても、未だに僕の中でかみ砕けていない。
それでも。
今伝えたことに、意味はあったようだ。
◆◆
「私、は」
ずっと俯いていた道原さんが、顔を上げて僕を見て、意を決したように話し出す。
「私は、心は男なんです」
──無理に言わせてしまったかな、と思ったけれど。
それを言う前に、道原さんが言葉を発していた。
「高崎さんにしか話したことはないですけど……私も、安喰君と同じなんです。安喰君より少しだけ、自分の性別への違和感は強いみたいですけど」
心は男、と話すあたり、そうだろうと思っていた。
僕はまだ、迷っている途中。
道原さんはすでに、答えを出している。
「……道原さんはすごいなぁ」
「え?」
「あ、す、すみません」
思ったことが、言葉となって口から出てしまっていた。
「どのへんがすごいと思う!?」
「ちょ、高崎さん、やめなって」
「いいんですよ、道原さん。そうですね……」
しばらく静かだった高崎さんが、目をキラキラさせながら訊いてきた。
「迷っている僕と違って、ちゃんと自分の中で答えを出していて、それを言葉にできている。僕が言うようなことじゃないかもしれないですけど……大人だなぁ、って」
僕なんかより、ずっと大人だと思う。
「……ありがとうございます」
あ、道原さん、やっと笑顔になった。
「嬉しいです、そう言ってもらえて」
「あ、あたしもそう思ってるよ!」
僕に負けじと、高崎さんもそう言ってくれた。
「ふふっ、高崎さんもありがとね。嬉しいよ」
「うんっ!」
仲いいなぁ、道原さんと高崎さん。
なんて思いながら眺めていると、僕のスマホが震えた。
なんだろう、と思って見てみると、お母さんからだった。
内容はシンプル。
『お兄ちゃんが帰ってきたって』
大学に通っている僕の兄──安喰光が、帰ってきたらしい。
一人暮らしをしているお兄ちゃんが、なんで急に?
──兎にも角にも。
「すみません、用事が出来たので帰りますね」
「えー、帰っちゃうの?」
「高崎さん、引き留めないの」
「はーい」
ベンチから立ち上がり、公園の出口に向かう。
「安喰くーん!」
「え?」
後ろから、高崎さんの大きな声。
「また明日ねー、安喰君!」
「……! はい、また明日!」
高崎さんに聞こえるように、僕も大きな声で。
◆◆◆
新庄以外の人と『また明日』なんて話すの、久しぶりだなぁ、なんて思いながら帰宅。
本当に帰ってきているのだろうか──と思いながらリビングに入ると。
「おー、おかえり和己」
「お兄ちゃん! どうしたの、急に」
1年前から隣の県の大学に通っているお兄ちゃんが、本当に帰ってきていた。
お父さんとお母さんは今日は仕事だから、家にはいないみたい。
「バイトのシフトが急になくなったんでな。いいタイミングだし、帰ってきたんだ」
「いいタイミング?」
「お前が高校に入学したのを、ちゃんと祝えてなかったからな」
そう言って、ソファーの横に置いてあるカバンから、白い封筒を取り出す。
「ほい、入学祝い」
「え? いやいや、入学祝いならもう送ってくれたじゃん」
全く同じ封筒で、数日前に郵送で送ってきてくれたのに。
「ああ。でも電話で伝えたように、好きなものを買ったわけじゃないんだろ? 母さんから聞いたぞ」
「うっ……」
確かに、昨日の買い物では『高校で必要なもの』しか買っていない。
それをお母さんに話したのも覚えている。まさか、お兄ちゃんにも伝わってしまっていたとは。
「買い物に行くぞ、和己」
「買い物? 一体どこに……」
「まあまあ。ほら、行くぞー」
言われるがままに、家を後にする。
◆◆◆
「やっぱでかいな、ここは」
「え、う、うん……」
連れてこられたのは、駅前の楽器屋。の、ギター売り場。
──いやいや、僕には縁のない場所なんだけれど。
第一、こんなところ(いい意味で)の商品──つまりは『楽器』って。
「高くないの、こういうところのって」
「ん? まあ、物によるな」
中古楽器屋ではなく、普通の──新品メインの楽器屋。
高校の時に軽音楽部に入っていたお兄ちゃんからしたらここにいるのも自然なことなのだろうけど、僕からしたら違和感しかない。
なんでここに連れてきたの、と訊くと。
「お前、中学の時みたいに部活に入らないつもりだろ」
「うっ……」
図星です、はい。
「橋前高校の軽音楽部なら、結構緩い感じだからな。音楽をやってなかった奴でも、普通に溶け込めるだろうし。運動部みたいにきつくないからな」
──もしかして、僕を軽音楽部に入らせようとしてるの?
そう訊こうと思ったのだけど、視界の隅に入った人物の姿を見て、そちらに気を取られて訊けなかった。
「え、あれって……」
「和己の友達の──確か新庄君じゃねえか。おーい、新庄君!」
同じ楽器屋に(なぜか)新庄も来ていた。