2話 土曜午後の遭遇
「ん~!」
身体を起こして、カーテンを少し開け、朝の陽ざしを浴びる。
よく寝た。昨日の明晰夢が嘘だったかのように、いつも通りの夢を見た。
相変わらず、夢の中では女の子だった。
「さて」
今日はやることがいっぱいだ。
午前中は学校で配られたオリエンテーション用の紙に目を通したり、色々書いたりする予定。
午後は──お兄ちゃんが送ってくれた入学祝いのお金で、駅前のショッピングモールで買い物をする予定。
とはいっても、散財する感じではない。あくまで『高校で必要なものを』買う予定。バッグとか。
お兄ちゃんには『好きなものを買え』って電話口で言われたけど、今欲しいものはないからなぁ。
「よいしょ、っと」
まずは、着替えよう。
ベッドから起き上がり、リモコンで部屋の電気をつけて、クローゼットの中のタンスを開ける。
地味な服が勢ぞろい。高校生なんだから、無地のTシャツとかは卒業してもいいかもしれない。
と言いつつ、オレンジ色の無地のTシャツと、これまた無地の薄手の長袖Tシャツ(グレー)を手に取る。下はジーパン。
◆
「よし」
朝食を食べて、歯磨きも終え、自室のテーブルに置かれたオリエン用の紙に記入していく。
わからない漢字をスマホで検索しつつ、趣味の欄を『それっぽく』埋めていく。
読書と音楽鑑賞が趣味で、特技は『特になし』。至って普通の男子高校生らしく、地味過ぎず、派手過ぎず。
スムーズに書き進めていたのだけれど。
「……将来の夢、か」
この欄には、何を書くべきなのか。
子供のころからずっと、大人になってしたい何かがないのだ。
漠然としたものでもいい、なんて中学校の時に先生に言われたことがあったけれど。
「むー……」
本当に、なりたいものが見つからないのだ。
強いて言うなら──と心の中で唱えても、何にも出てこない。
適当に就職して、その職場で定年まで働いて、老後はゆっくり過ごす。
こんなことを書いたら、クラス内で浮いてしまうだろうか。
──浮いてしまうだろうな、小学校の時みたいに。
◆◆◆
結局、素直に『まだ夢がない』とだけ書いておいた。
オリエンテーションでは、記入した内容の全部を音読するわけじゃない。
妥協することも、時には必要だ。
◆
お母さんが用意してくれた昼食を食べて、駅前のショッピングモールへ出発。
自転車が必要な距離ではないから、行くときは必ず徒歩。
「あ……」
僕の家を出て数分歩いたところには、小さめの公園がある。
──昨日の夢の中で入ったのが、まさにその公園。
寄ってみようかと思ったけど、今はお花見シーズン真っただ中で、人が結構いる。
家族連れが複数組。そんなところに一人で乗り込む度胸はない。
おとなしく、目的地に向かうとしよう。
◆◆◆
「よし、買えた」
ショッピングモールの2階に入っている店舗で通学用のサブバッグを買い、モール内のベンチで一休み。
良さげなのが買えた。さすがにバッグは無地のものは売っていないから、ワンポイントのイラストが入っているものを購入。
「帰るか」
筆記用具とかも買えたし、もう用事はないから、と立ち上がる。
──と。
「あれ、安喰君?」
「え……?」
急に後ろから話しかけられたから、びっくりした。
新庄の声じゃない。女子の声。ということは──小学校か中学校の時の同級生?
それだと嫌だなぁ、と思いつつ、振り返ると。
「やっぱり! 安喰君だ!」
「え、えーっと」
黒髪ショートの、日に焼けた元気そうな女子。
──本当に、誰!?
◆
名前は知られているらしいから、ここから逃げ出すのは得策じゃない。
何より急に走り出したら、他の人から何事かと奇異な目で見られるだろう。
それはさすがに耐えられない。
「えっと、あの」
「あっ!」
何かに気づいたように、人差し指をピンと立て、目の前の女子は自分自身のことを指さす。
「あたし、高崎喜以子!」
と、元気な声で名乗る女子。
──え、自己紹介の流れ?
「えっと、僕は……」
名乗らないのも失礼かと思い、名乗ろうとすると。
「安喰和己君! 自己紹介の時、そう言ってた!」
「あ、ああ……」
──もしかして、高校の。
「同じクラスの人……ですか?」
「そうだよー! 君と同じ1年1組にいたの、覚えてない?」
「あ、す、すみません……」
新庄以外の人の自己紹介は、適当に聞き流していたからなぁ。
まさかその翌日に、クラスメイトと遭遇してしまうとは。
「いいのいいの。あの短時間でクラスの全員の名前を覚えるなんて、大変だからね」
「あはは……そうですね」
自己紹介の時間を適当に済ませていたなんて、とても言い出せない雰囲気。
まさか、クラス全員の自己紹介を記憶しているのだろうか。
──いや、まさかなぁ。
「……ん?」
「え、な、なんでしょうか」
僕の顔に自分の顔を近づけ、目をじっと見つめられる。
なんだっていうんだ、一体。
「男子、……だよね?」
「え?」
妙なことを言うなぁ、と呑気に思ったのだけれど。
その直後に言われた言葉で、そんな感情は吹き飛んだ。
「女の子っぽい雰囲気がするね、安喰君って」