17話 どんよりとした放課後に
(うーん……)
放課後。今日は顧問の先生の都合で、軽音楽部はお休み。つまり見学もお休み。
──どこかどんよりとした空気。空もどんよりと、そのうち雨でも降るだろうな、という暗さをまとっている。
そんな中、僕は第二校舎の1階にある自販機まで飲み物を買いに来ていた。
動画で見た、新発売のジュースが自販機にあったと新庄から聞いて、薄暗い校舎の廊下を歩いてきたのだ。
無事に買えた。ペットボトルのジュースをカバンの中に入れて、雨が降る前に帰ろう、と渡り廊下のある2階に戻ることに。
(訊いてみる、……いや、訊かない方がいいよねぇ)
授業中も、合間の休み時間も、こうして一人でいるときも(新庄は家の用事で早く帰ってしまった)。
朝の一件がどこか心に引っかかっていた。
『篠宮君って、安喰君に似てるの』
高崎さんの言葉が、浮かんでは消えていく。
他人の内面のことを、気にしすぎてはいけないのはわかってはいるけれど、どうしても気になる。
最後に見せた、顔を(なぜか)真っ赤にしたのも気になっている。
──いや、なぜかもなにもないか。
ただ怒っていたのだろう。
僕みたいな──変なのに『似ている』なんて言われたから。
そんなことを考えていたからだろうか。
引き寄せたわけではないのだろうけど。
「あれ、変態じゃん」
最悪なタイミングで、最悪な奴と遭遇してしまった。
◆
こんなことなら、一人で第二校舎に来るべきじゃなかった。
弱虫だなぁと自分でも思うけれど。
新庄はいないし、あの時かばおうとしてくれた道原さんや高崎さんもいない。
こいつ──的内を追い返してくれた篠宮君も、もちろんいない。
「なぁ」
「……っ」
恐怖で、身体がびくっ、と震える。
何年たっても、僕は変われていないらしい。
「そんな怯えんなってー。悪かったって思ってるからさぁ」
「……何の用?」
警戒は解かずに、訊いてみる。
薄ら笑いを解かずに、的内は言葉を続ける。
「俺さー、軽音部入りたいんだわ」
「……そう」
「そのためにさー、顧問のせんせーに説明してくれよ、『勘違いでした』ってさ」
──誰がそんなことをするもんか、バカ。
そんな乱暴な言葉が出かけたけど、必死に抑えて返答する。
「ごめん、それは、できない」
◆
動悸と背中の冷や汗を悟られないように、たどたどしくも拒否の言葉を言えた。
ほんのちょっとだけ、だけど成長できた気がして、心の中でガッツポーズ。
さて、的内の反応は。
「──へぇ、そっか、そーっか」
ぶっきらぼうに、そんな感情ではないであろう口調で、納得を意味する感嘆詞を吐き出していた。
それから、ちょっと大き目な声で。
「殴っちゃおっかなー!」
周囲を見回しながら、小学校の時に何度も言われた言葉を発した。──僕ではなく、廊下、というか周りの空間へ。
これはまずい。これは──『確認』の言葉。
要するに、誰もいないことを確認するための言葉。
逃げよう、というところまで頭が回ったときには、すでに遅く。
的内は怒りの形相で、拳をぎゅっと固く握り、僕の顔の高さまで上げていた。
──パンチの予備動作。逃げられなさそうだから、せめて顔だけでも守ろうと、目をつむってカバンを顔の前に持ってくる。
間に合うか、間に合わないか。それくらいのタイミングだったと思う。
だけれども。
今回は、実際に殴られることはなかった。
パシャリ、と。
どこかで、カメラのシャッター音が聞こえた。
◆
ゆっくりと、ゆっくりと、カバンをおろしながら目を開ける。
的内の拳が、すぐ目の前まできていた。
「誰だぁ!?」
拳を下ろし、しかし変わらぬ形相で怒鳴り散らす的内。
スマホのカメラのものらしきシャッター音は、階段があるほうから聞こえた気がするのだけれど、そこには──。
「やあ、的内君」
「……篠宮、てめぇ……!」
「おおっと、動かないでね的内君。……資料写真は多い方がいいでしょ?」
「てめぇ、撮りやがったな!」
篠宮君が、階段の陰から歩いてきた。
今度は篠宮君を殴るためだろうか、拳を固めたまま、篠宮君に向かって走り出そうとした──のだろうけど。
「ぐへっえ」
後ろから制服の首元を掴まれ、廊下に派手に背中を打ち付ける的内。
今度は一体誰が──と考える前に、その人の名前、というか役職が僕の口から飛び出していた。
「部長!?」
◆
「やっほ、安喰君」
「部長、なんで……」
「呼ばれたからね。後輩のピンチを助けてこその先輩でしょ?」
ドヤ顔で、顎の下でピストルポーズでかっこつける部長。
実際かっこいいから、いいのだけれど。
「呼ばれた、って、一体誰に」
「ボクだよ」
篠宮君が口を開く。
「的内君が安喰君の後をつけていたから、部長たちに連絡してから、さらにその後を追ってきた、ってわけさ」
「びっくりしたわよ。後輩からいきなり呼び出されたんだもん。まさかこんなタイミングで告白!? キャー! ……なんてのは嘘だけど」
「あはは、いくらボクでも、さすがにそんなことはしませんよ」
軽く話しているけれど、その内容は──僕を助けるために篠宮君が色々してくれた、ということ。
まだ混乱しているけど、とりあえず。
「あ、ありがとう──ございます」
部長に対して、頭を下げた。
「気にしなくていいのよ。それと──『的内君』だったかしら?」
「っ、畜生──」
立ち上がり、篠宮君と部長の横を必死の形相で走り抜け、階段を上ろうとしたのだろうけど。
「残念、逃げられないよ」
篠宮君と一緒に隠れていたのだろうか。
部活の2年生──小平先輩が、階段の前で立ちふさがっていた。
「……っ、ちくしょう……」
心の底から悔しそうに。
呟いて、ついに的内は諦めたようだ。
◆
「じゃあ、ウチと小平君でコイツを職員室まで届けるから。君たちも一緒に来てもらってもいい?」
「もちろんです、部長。安喰君が落ち着いたら、後から行きます」
「わかったわ。じゃあ、行くわよ的内君」
「……ウス」
的内はうなだれながら、先輩二人に両脇を囲まれて渡り廊下がある2階へ歩いて行った。
「し、篠宮君、僕はもう大丈夫だから──」
「本当に?」
「……ちょっと、だけ、まだ動悸が」
「ボクはこのあと用事ないし、家に帰ってすることもないから。だから、もうちょっと落ち着いてから、ね」
じゃあ、と篠宮君の言葉に甘えることにする。
カバンをとさっ、と廊下の床に置いて、床に座り込む。
「……ありがと、篠宮君」
「気にしないで」
どこか嬉し気な表情で、そう返してくれた。




