13話 天才肌は部活でも
授業が終わり、ホームルームも終えて、高校に入って5回目の放課後。
今日も新庄と一緒に、第二校舎の音楽室へ。
「あ、来たね安喰君! と新庄君!」
「遅いよー、安喰君、新庄君」
「ごめんごめん、道原さん。ちょっとトイレ行ってたから。……高崎さん、なんか機嫌いい?」
「わかる!? そう、機嫌いいのあたし!」
妙にハイテンションな高崎さん。
何か嬉しいことでもあったのかな。
「特に理由はないんだけどね!」
なかった。
なんて中身のない会話を椅子に座って高崎さんとしていると、入ってきたときに閉めたドアが再び開いた。
「あ、篠宮君だ!」
篠宮君。
この前(一昨日)いじめっ子を追い払ってくれた人。
音楽室に入り、ドアを閉めて僕たちに挨拶。
「どうも……」
──なぜかいつも、僕とちゃんと目を合わせてはくれない。
他の人──新庄や道原さん、高崎さんにはちゃんと目を合わせているように見えるのだけど、なぜだろう。
まあ、いいか。
それよりも。
「今日、まだ先輩たち来てないの?」
音楽室の鍵は開いているのだから、来ていると思ったのだけど。
不思議に思っていると、道原さんが口を開いた。
「部長が来て鍵を開けてくれたけど、教室に忘れ物したらしいから取りに行ったんだ。2年生は今日は私たちより2時限多いから、今日は来ないって」
「3年生は?」
「職員室に行ってから来るから遅くなるって」
「……職員室?」
部長以外の3年生の部員全員が?
何かまずいことでもあったのだろうか。
「顧問の先生と、今後の日程の話し合いだって」
なかった。
ならいいや、一安心。
──と。
「~~♪」
「高崎さん?」
僕たち5人以外いないからか、リラックスしきっているのだろうか、鼻歌をふんふん歌っている。
──ただ、なんのフレーズかわからない。
「それ、なんの──」
フレーズ? ──と訊こうとしたのだけど、中断。
音楽室のドアがガラッと開き、女子の先輩が入ってきたのだ。
確か3年生。(なぜか)驚いた顔をしている。
「すごいね、あなた」
「~~♪、へ?」
「あなたよ、あなた。確か高崎……さん、だったっけ、名前」
「はい、高崎喜以子です!」
すごいな、この先輩。まだ部員じゃないのに、1年生の名前を覚えてるなんて。
「……あの、すごいって、何がですか?」
僕にも浮かんだ疑問を、道原さんが訊いてくれた。
「確かあなたは……道原さん、で合ってる?」
「あ、はい! 道原包美です!」
立ち上がり、ピシッ、と背筋を正して、最初の自己紹介ぶりの自己紹介。
「あのー、二ノ井先輩、これってすごいんですか?」
「お、あたしの名前覚えてんだ、高崎さん。偉いぞ~」
褒めながら、高崎さんの頭をなでる先輩。
ってまさか、高崎さん、先輩の名前全部覚えてるわけじゃないよね……?
ま、まさかね。
「さっきのフレーズ、ハナが弾いてたやつでしょ」
「はい! 部長が弾いてたフレーズ、かわいい動きだったから覚えちゃいました!」
『ハナ』イコール『部長の名前』だと認識してるあたり、先輩たちの名前、本当に全部覚えていそう。
というか、かわいい動きのフレーズってなんだ。
「かわいい……動き……?」
二ノ井先輩も戸惑ってるし。
「はい! 2番のサビ終わりのギターソロのフレーズもかっこいい動きですけど、そのあとのCメロの裏で鳴ってるキーボードのフレーズがすっごい可愛くて──」
「待って待って。とりあえず。あなたが天才肌なのはわかったから」
早口の高崎さんを制し、二ノ井先輩が続ける。
というか、本当に高崎さんって天才肌なんだな。僕は未だに『かわいい動きのフレーズ』という概念がわからないところで躓いているのに。
「高崎さん、あなた、Cメロのキーボードだけを、聴き取れたの?」
「……? はい、他のパートはわからないですけど、あの曲のキーボードは面白い音色だったので!」
そう……? と、単純に疑問。
部活見学に来てから先輩たちの演奏している曲をいくつか聴かせてもらったけど、キーボードの音には特に耳がいかなかった。
弾いてないわけじゃないし、単純なフレーズだからというわけでもない。『そこだけ聴き取る』というのがまだ難しいのだ。
もしかして高崎さん、音楽の面でもかなりの天才肌なのか。
「文香? 何の話をしてるの?」
「あ、ハナ! ねえちょっと聞いてよ、高崎さんすごいんだよ~!」
文香──二ノ井先輩の名前かな。その名前を呼びながら、部長が音楽室に入ってきた。
その部長に、たたっ、と駆け寄って、話し始める二ノ井先輩。
◆
「……なるほど」
二ノ井先輩から一通り聞いた部長は、いつもの立ち位置でキーボードをセットして、ちょいちょい、とこっちに向かって手招きをする。
「高崎さん、ちょっと来てくれる?」
「はい! なんですか、なんですか!?」
「元気だねー。キーボード、ちょっと触ってみて?」
「……? あ、はい」
全く緊張していない様子で、言われるがまま、高崎さんは部長のセットしたキーボードの鍵盤を押した。
──その後の反応は、僕が全く知らないもので。
「えっ、わっ、えっ、すご」
感嘆詞3つと、感動の感想(?)を1つ。
先輩に軽く教わってドラムを叩かせてもらっていた時も、道原さんのギターを借りてジャーンとコードを鳴らしていた時も、全くピンと来ていない様子で首を傾げていた、あの高崎さんが。
キーボードを触れた瞬間に、見たことのない反応をしていた。
「ちょっといい?」
と、部長がキーボードで、高崎さんが鼻歌で歌っていたフレーズを弾いて見せた。
それを──キーボードだけを聴いて初めて分かった。確かに聞き覚えがあった。
「……って感じなんだけど、弾いて……みる?」
後輩相手なのに、恐る恐るといった感じで高崎さんに訊いてみる部長。
高崎さんはキーボード、というかピアノを習っていたわけじゃないらしいし、弾けるわけがないと思うのだけど。
部長の横で部長の手元をじっと見ていた高崎さんの声が、少しだけ聞こえてきた。
「最初親指で、トントンタタンタン、で薬指からタタンタッラトン、で──」
小さな声でぶつぶつと言いながら、弾き始める高崎さん。
「え……!?」
思わず声が出る。
初心者のはずの高崎さんが、たどたどしくも弾けている部類には入る演奏をしている。
◆
「……ふぅ。やっぱり難しいです!」
い、──いや、いやいや、とんでもないな高崎さん。
本当に弾ききってしまった。
もちろん、部長の演奏と同じようには弾けていないけれど。
「すごいわね……見ただけで弾けるなんて。ピアノ習ってたりしたの?」
「いえ、やってないです、習い事!」
「そうよね、初日にそう言ってたものね」
高崎さんの返答を聞き、少し考える部長。
数秒後、口を開いた。
「高崎さん、キーボードの練習、やってみない?」
「……! はい、楽しかったのでやります!」
「よし、今日からキーボード担当ってことで決まりね。今度一緒に楽器屋行ってみる?」
「え、いいんですか! 行きたいです!!」
──というわけで。
高崎さんの担当パート、無事決定。
天才肌は部活でも、その真価を発揮したのだった。