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僕を拾った八人の使者  作者: 夕暮 瑞樹
彼等の居場所
49/50

番外編 乾と離

「何でやねん。」

「ちょっと違うかも。」

「、何でやねん。こう?」

「もうちょい上?」

「、何でやねん。こうか。」

「其処!痛く無いし、ええ音鳴ったやん。」

「此処か、練習しとくわ。」

「オッケー。」

「…ちょっともう一回叩かせて。」

「何でやねん。…というか別に叩き方はどうでも良いねん。別に痛くてもウケたらええわ。問題はネタやな。」

「せやなぁ。」

それから続く沈黙は、ちょっと気まずい。公園のベンチというのは、うちらにとってはセカンドホームかってくらい馴染みがある。ネタ合わせの時も、ネタを考える時も、何時も此処で行なっていた。理由は簡単で、此処へ来るのは大体子供やトレーニング目当てのお年寄り。スーツをビシッと決めたサラリーマンやいそいそ働く“社会人”から目を背けるにはとっておきの場所だった。幸い相方のユッカ(橋本優香(はしもとゆうか))もうちも、当分の生活費は稼げているも、たかがバイト代。一緒にオンボロアパートに住んでおり、こうして毎日公園で過ごしているのは暗くてずっといてられる気がしない為でもある。

「何のネタやる?」

「何やろうか。正直、一番面白いと思うやつは本番に取っときたいやんな。」

「うん。私もそう思う。」

「…ラーメン屋のやつは?」

「絶妙なラインやわ。」

「じゃあ、居酒屋のやつ。」

「さっきのアレンジしたやつやん。」

「微妙かな?」

「…やってみよう。」

「よっしゃ。」

どんどん黒鉛で埋まっていくノートは、いつの間にか夕日に反射し真っ赤に染まっていく。そうなって仕舞えば黒鉛の跡さえ見えず、明日クラスの皆の前で披露し採点して貰うというのに、一切の台本が目視出来なかった。

「早く家、綺麗にしんとやね。」

「…うん。」

と、私達は夜の公園でネタ合わせをする。この年になって唯一の光が希望やら未来やらではなく街灯の光だなんて言えば、何人が笑うかな。私達はひたすらネタ合わせをした挙句、今はブランコに揺られ靴飛ばし大会を開いている。

「どっちが飛ぶかで、次のボケどっちがやるか決めようや。」

「お、ええな。」

うちらのコンビの悩ましい所は、お互いの希望担当がボケだった事だ。お笑い学校の先生から無理矢理組まされて出来たこのコンビは、中々嫌では無いが、ボケとツッコミのどちらをするかに関しては毎度の様に醜い争いが起きる。今はユッカが身を引いてツッコミに甘んじてくれているけど、多少強引だったやり方に、此方としても申し訳なく思っていた。だから今回は負けるつもりである。交互にした方が、コンビとしての印象は悪いかもしれないけど、その代わりにコンビ仲は深まる。何かしらのイベントで別の人と組む事があったとしても、ボケやツッコミのどちらかに偏るより、両方出来た方がいいと思うし。でもこれはボケだとしてもツッコミだとしても、ユッカとうちの互いが意識している“間”が同じだから出来る事である。好きな漫才師も憧れる漫才師も、好きな漫才スタイルも同じ。それだけでもう、うちらはコンビだと言える資格があって良いと思った。

「じゃあうちから行くわ、、そらっ!」

飛んだ靴は、思う様に手前の方で落ちる。

「うわ、何でやねん。」

「アハハ、これじゃあ戦うまでも無いね。、、そいっ!」

一方ユッカの靴は見事に飛んでいき、丁度公園前を歩いている叔父さんに当たってしまう。

「あ、すいません‼︎」

咄嗟に二人で謝りに近寄っても、その叔父さんは私達を見るなり怒鳴りつけた。

「何しとんじゃこんな時間に‼︎急に靴が降って来たか思たら、ええ年した女二人が暇そうに公園なんかで遊びおって、何考えとんねん!」

まぁ全て事実なのだから仕方のない事だとは思うけど、うちは彼女の背に回されたユッカの拳が段々固くなっていくのを見ていた。

「お前らみたいな奴が世を乱すんや!そんなに暇っちゅう事は日頃ろくな働きもしてへんねやろな!親の顔が見てみたいわ‼︎」

と其処まで言われて仕舞えば、幾ら事実でも人間として思う事がある。立派なサラリーマンから言われるのはまだしも、こんな太って酔った私服の酒臭い男から言われた所で、学ぶ事は失礼ながら怒りしか無い。そしてうちでさえ怒るのだから、ユッカと言ったら散々だった。

「おいテメェなんやその言い分わ‼︎」

あぁもうこれだからユッカ、下に徹してれば良いものを。正直、短気な事は知っていたけれど、こんなにも他人に対して怒りを持つ姿は見た事が無かった。よっぽど彼の態度が頭に来たのだろうか、相手の胸ぐらを手が血で汚れていると思えば、それは彼女自身が握り締めた際に、皮膚に爪が食い込み過ぎてできた傷の出血だと知る。

「ユッカ、やm、」

「お前だってこんなデブなんやったらろくな働きもしてへんのとちゃう?えらい酒臭いし、服もヨレってるし。」

「ユッカ、デブは言い過ぎやわ。」

「知るかそんなもん!」

とまた醜い争いが始まる。しかしその争いはうちらみたいに口頭だけの可愛いやつでは無く、暴力沙汰の、いかつくかつ醜い争い。相手は男だし、容赦は無く、ユッカがまだ柔道を習ってて良かったと思える程強く乱暴だった。

「二人とも、」

と止めに入ろうとするも叶わず、とうとう警察に連絡を入れる。連絡を入れ終わり、うちらはネタ合わせをしてただけなのにと頭を抱え、目の前で起こっている乱争を見続けた。

 本気でやばいと思い出したのは、その直ぐ後の事。男が完全にキレてポケットに手を突っ込んだ時、そのポケットが表すシルエットを何となく理解したうちは、ユッカを守るべく前に出ていた。

「ヤっちゃん⁉︎」

突然目の前に飛び出して来たうちに驚いたのだろう、ユッカは相手を殴ろうと振りかぶった手を制御し、何とかうちの肩に回す。一方相手は…もう遅かった様だ。

「ヤっちゃん、お腹…、」

うん。何となくだけど、ユッカが言わんとしている事は分かる。丁度感覚を無くした所だったし。

 痛くは無い。でも平常でも無い。ひたすらに一部が熱い。うちの身体は硬直した様につっ立ち、肝心の男は自らの罪を自覚したのか、小さな悲鳴を吐息混じりにあげながら必死で逃げて行く。

「ヤっちゃん、今助けるから、警察呼ぶから、」

とユッカが混乱をなるべく抑えながら対処を進めてくれている。

「だい、じょう、ぶ、警察なら、呼んだ、から、」

「喋らんといてヤっちゃん、えっと、番号、番号…、」

 そんな緊迫状態の中、うちはこんな雑学を思い出した。昔の侍は自らの罪の反省として切腹を行うという風習があるそうで。何故よりに寄って腹なのかというと、刀で刺したダメージの割に死ぬまでに一番時間がかかるのが腹なんだそうだ。つまり切腹というのは、最期は必ず来るものの、一番死に遠い部分を傷つけて罪を償うという酷い刑罰。今、うちが置かれている状況もそれに近かった。罪を犯したかと言われれば怪しいけれど、これならいっそ首を切ってくれと言いたい位辛かった。ユッカがうちの背に刺さった刃を抜こうとするが、そんな事をされてはもっと辛い思いをする事を彼女は知らないんだろうか。うちは出来る限りの抵抗の意を身体で示し、言葉にならない掠れ声で、「もういい。」と彼女に言った。

 時期にパトカーの音が聞こえてくる。そして応援に駆けつけた救急車の音も。うちが呼んだのはパトカーだけの筈だったから、救急車はユッカが呼んでくれたのだろう。うちは救急車の天井を眺めながら、遠くなっていく意識を何とか引っ張り出す。けれどその努力も力尽き、次の波で目を閉じる事にした。そうなればもうこの身体には帰って来られないだろう。今までの人生を振り返って、何時の自分がこんなにも呆気ない死に方を想像したのだろう。折角組んだコンビも、こんな形で終わってしまうのか。夢を支えてくれた家族には勿論、相方のユッカには申し訳ないと心の中で謝罪と感謝をする。伝わる筈は無いけど、伝わると良いな。ユッカも、早く新しい相方が見つかると良いな。

 そして、最後の波をうちは受け入れた。






 パタン。

 俺は、新着データ表と書かれた一冊のファイルを見終えて本棚に戻す。()()()()仕事をしていると、ついつい自分が人間だったのならと想像してしまう事が多々ある。まぁ俺にしてはいけない事なんてないんだけど、変に他者に対して同情を持つというのは立場的にあまり良く無いんじゃないかな。

 って訳で、何時もの通り俺は目を瞑ってその場を適当に回り、適当に手が触れたファイルの、適当に開いたページに記された人物の情報を見る。

「あぁ、こいつか。」

と適当な契約作業を済ませ、俺はまた趣味の範疇でファイルを読み漁る。たまに八卦の様子を伺い、何か問題ああれば対処するのみ。こんなにも情報を集めた頭が絞り出す感想は、

「暇だ。」

その一言に尽きるのだった。

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