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僕を拾った八人の使者  作者: 夕暮 瑞樹
彼等の居場所
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第四十四話 本当の力

「それが、神だからだよ。」

ケンさんのどの言葉に、ケンさん自身の核心ともなる確かな自身を感じた。僕にはケンさんの言いたいことが自然と分かる。先を見越せない、見ようともしない、自分で出来る限りの平和を作る力が無い、作ろうともしない。そういう意味では、幾ら威厳を持ち強大な力を備えていてとしても、彼は神の座を奪えていないんだ。

「見た目だけの神がどうなるか。使者の存在が何を意味するのか。果たして凡庸な俺に、お前は勝てるのかな。」

その一言を合図に、()()が起きた。

 自分の身体に力が戻ったと言うか、正直よく分からないエネルギーが湧き上がる。かと言って無敵になった気もしない。今までの自分に戻ったと言うか、傷が治ったと言うか。それを感じたのは僕だけでは無かった。さっきまで気を失い倒れていた筈の皆が一斉に気を持ち直し、状況を確認しようとする。それを見た彼の動揺振りは、確かにケンさんが予言した通りだった。

「寝てたのか?」

ゴンさんが寝惚けた様な声で言う。正確には気絶から起き上がっただけなんだけど、それにしても血だらけの身体で寝る事なんてあるんだろうか。

「コンさん‼︎」

カンさんのその叫び声は、全員の顔を集中させるのに充分な衝撃を与えた。カンさんの目線の先、彼を中心にケンさんとは真反対の位置ーそこにはなんと、あのコンさんが立っていた。

「いやぁ、久しぶりだネェ。皆僕の事覚えてるカナ。」

「覚えてるに決まってんだろ‼︎」

とゴンさんのタックルを食らったコンさんは、予期していなかったその攻撃に身体を痛めた。

「ちょっとさ、病み上がりなんだからやめてくんなイ!?喜んでくれるのは大変ありがたいんだけれどモ!だけれどもネ!!」

僕も思わぬ再開に涙が出そうになる。コンさんは相変わらず能天気だし、特に体格に変化は見られない。何より和ましいのは、コンさんを見るケンさんの優しい表情だった。やっぱり、ケンさんは僕の憧れの人だ。ケンさんに対する信頼は、一度は壊れたものの、その分深く、再び結ばれたのであった。

 そんな感動的な場面に相応しくない歪な人物がいる。プライドが高い彼が、この流れを素直に許す筈がなかった。

「俺を他所に勝手な事を…おいお前、コイツらに何をしたんだ。」

「何って、カミサマなら分かるんじゃないノ?」

「…コイツ、!!」

彼は遂に怒りを爆発させ、莫大な力でコンさんを攻める。周りも参戦しようとしたものの、一定の範囲を囲む空気圧の様なものに遮られる。これも彼の力なんだろうか。動けずの僕らは、中で戦う二人を唯見つめる事しか出来なかった。コンさんは彼に抗いながら、何とか耐性を崩さずにいる。僕なら一瞬で負けてしまうであろう攻撃の連鎖に、目が着いていけない。

「答えろ!一体何をした!!」

「、其々の時間を単独で巻き戻したんだヨ。」

「…っ?」

「君がケンさんの統制を嫌うのは無理も無イ。」

「…。」

「だって君がクソつまんないかラ。」

その一瞬で空気が冷えきった。さっきまでの熱気とはまた違う、身体の芯をずきずき刺激してくるような異質な空気。流石にコンさんの発言に危険を感じたケンさんも、いつ彼が怒りを爆発させても良い様に、気を張り巡らせ身構えた。

「お前、それはわざと言っているのか。」

「そうだヨ?じゃなきゃ何、僕が冗談で人を侮辱するとでも思ってるノ?…君が何故つまらないのか教えてあげるヨ。君はこんな力を持ってして皆が平和ボケしているって言うけど、じゃあ聞くヨ。こんな力を持った奴らが八人も集まったとして、果たして平和は保たれるんだろうカ?」

「そんなもん行動力の有無に関わるだろう。」

「お、分かってんじゃン。それが分かってて何で神になろうとしたノ?」

「そりゃあ莫大な力が欲しかったからだ。」

「正直に言うよ。ケンさんは、僕より弱いヨ?何なら神という存在ってこの八人の誰よりも弱いんじゃないかナ?」

「な訳無いだろ、これ以上冗談を言うと殺すぞ。」

「君がこれを冗談だと思うなら、君はよっぽど自分の力に興味がなかったんだネ。考えてみなヨ。僕が君と同じ力を持っていたんなら余計分かるヨ。僕は時間を戻せるんだヨ?たとえ神の目覚めが恐ろしくても時間を戻してしまえば良イ。それでも襲ってくるんならさっさと移動しちゃえば良イ。他の力はどうだか知らないけど、努力の仕様で何にでもなるんダ。神にならなくったって、努力さえすれば君の願いはとっくに叶えられたサ。その努力というのが、まさに君の言う通り、行動力の有無に繋がる訳ダ。」

「…それで、それで俺に勝ったつもりか?現に今、お前は俺に勝てていないじゃ無いか!」

確かに、今の所コンさんの方が劣勢である。地形変動、時間の操作、場所移動を駆使するコンさんに対し、どうやら彼はその力の主な部分、つまり坤なら地形変動のみ、坎なら水を出す、離なら火などのある意味全てを駆使する彼。コンさんの攻撃が幾ら複雑であろうと、攻守のうちの攻に徹する事は難しい様に思えた。

「病み上がりの僕にムキになられてもネェ?ね、ケンさン?」

「あぁ。」

と、いつの間にか彼の背後に移っていたケンさんが、深く足を踏み入れて、高く舞う。

「…‼︎」

急いで振り返った彼だが、ケンさんの速さには追いつかなかった。

「“乾”の本当の力を教えてやる、それはー」



「悪き者に、罰を与えることだ。」



ケンさんの声はもう少しで衝撃音に搔き消される所だった。罰…天罰。それがケンさん特有の力なんだ。

 僕らを一定の範囲から離れるようにしていたのはソンさんの風だったようで、これ以上入って仕舞うと僕らも巻き込まれ兼ねなかった。そして、最初に見たボロボロのケンさんはダーさんが見せていた幻覚であることが分かり、結局皆がこの場に集まっていたのだと僕は初めて知る。

 彼はというと、コンさんとケンさんの攻撃をもろにくらい、死んだかの様にその場に倒れていた。

「…はぁ」とケンさんのため息が聞こえる。

「ケンさん、疑ってすいませんでした。」

過去に聞いたおばあちゃんの話で、「昔は、疑いを持つ者には天罰が当たる。今の時代は疑いを持たなきゃやってらんないけどねぇ。」というのがあった気がする。カンさんの決めつけるなという約束も、心の中ではほぼ破ってしまった。

「本当に、すいませんでした。」

「…それに関しては謝らなくて良い。疑いを掛ける事が罪になるなら、俺には途轍も無い天罰が待っているだろうな。そもそも、疑われる奴も大概だ。疑いというのは所謂ギャンブル、そんなものに細かく罰があるなら世の中今頃罰だらけだろ。」

ケンさんは一度言葉を切った。そして皆の方を見渡し、最終的にはまた僕に視線を戻す。

「それに、実際俺は嘘を付いていたしな。俺は本来乾では無く、神の立場にいた。コイツは二代前の“坤”で、どうやら俺は恨まれていた様だな。コイツがその代の“乾”を虐殺したのを知った時、俺の平和ボケしていた頭は目を覚ましたんだ。前に言った通り、自害もしくは寿命での死でしか無いと引き継ぎは来ない。流石に最高権力を持つ“乾”が抜けたままじゃ不味いからと俺は神から“乾”に位を下げた。その隙に、行方不明であった“坤”が神の座を奪い、此処永らくはアイツの世になった。まぁコンが言う通りつまらなかっただろうけどな。神は所詮八卦の見張りだ。自分で何かアクションを起こせる訳じゃ無いし、神の目覚めというのも実質は地球の不具合を止める為の処置をしているだけなんだ。その被害を八卦が防ぐ訳であって、決して神単独で暴れる様な事は出来ない。」

「そうそう、僕が見た未来も酷かったヨ。その処置が酷いの何ノ、海は凄い高さまで上がるし山は雪崩放題。僕が時間を戻さなかったら、きっとこの島は無くなってたネ。」

「コン君そんな事知ってたんなら教えてくれれば良かったじゃ無いですか!」

「そうだそうだ、俺弟なんだぜ?そんな秘密があったんなら、俺にくらいは言ってくれたって良かったんじゃ無いか!」

「いやいや、幾ら何でも今の神が可笑しいなんて言ったら殺されるヨ。」

「と言うかお前死んでたんじゃ無かったのかよ!」

「気付いたんだヨ。自分だけの時間を戻せば良いんだっテ。」

「アハハ、まぁこれで分かっただろ。神だからと言って何でも出来る訳じゃ無い。」

「確かにそうですね。あ、そういやアレ、如何しましょうか?」

アレとカンさんが指差す先は、死んだ様に動かない、例のアレ。動かないのにも関わらず、リーさんやソンさん、シンさんが突いたり服を捲ったりと些細な悪戯をしている。まるで浦島話の亀を虐めている子供達を見ている気分。まぁその亀はちゃんと罪のある亀なのだが。

「何してるんだ?」

「コイツのマークが見当たらんねん。」

改めて彼の額を確認しても、確かに其処にマークは無い。

「コンが“乾”から“坤”になる時、マークを焼いとったやろ?その後も見えん。」

「あぁ、あれはお前に信頼性を持たせる為でな、俺のマークも見せかけだった様に、コイツもマークを失っている。ほら。」

とケンさんが指示して、コンさんが服を捲ると、其処にも焼き痕なんて見当たらなかった。

「あの時手取り早い証拠なんてこれしか無かったからな。そもそもな話、一度でも神になった奴ってのはマークが入らないんだ。それに対してコンは、神を通してないから額のマークは消えない。」

「あ、本当です。」

「そんなに擦っちゃ熱い、熱いヨ。」

「なんや、あれほんまの傷やと思てたのに。」

「あらまぁ容易に騙されおって。」

「あんただってうちの好物嘘教えたら簡単に信じおって。」

「え、魚とちゃうん?」

「そんな訳無いやろ!」

「え、あれ嘘だったんですか⁉︎」

「うちの本当の好物は焼き魚じゃ!」

「結局は魚じゃ無いですか!」

アハハと笑う一同。

 僕は、そんな世界が好きだった。

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