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僕を拾った八人の使者  作者: 夕暮 瑞樹
神の居場所
40/50

第四十話 神の居場所

「こんなので良いの?」

「うん。ありがとう。」

僕は今ダーさんに頼んでのどかな野原の幻想の中にいた。色々考え過ぎると、頭も疲れる。こっちに来てからは気にした事は無かったけど、そういや僕はストレスに弱かったんだ。今は別の事に集中したい。

「ダーさんって何時も深く帽子を被っているよね?何か理由はあるの?」

完全に頭を緩めていくうちに、ふとそんな疑問が出てきた。

「目。」

「目?」

「私は人より目が大きい。恥ずかしいのもあるけど、凄く眩しい。」

そうなんだ。わざわざ帽子をめくって見せてくれたダーさんの目は、確かに大きかった。

「最近悩んでるそうだけど、何かあった?」

「いや、何でも無いよ。」

「ケンさんの事?」

「…そうだね。でも今は考えたくない。」

僕はキッパリと言い切った。するとダーさんはそれ以上入って来ず、深く被った帽子を更に深くする。傷つけちゃったかなと一応顔を伺ってみると、ダーさんの顔色よりも気になるものが視界に入ってきた。

「あれって誰?」

「…?」

ダーさんが僕と視線の行先を合わせようとする。それはピッタリ合致したのか、ある一点でダーさんの頭が固まると、「あんな人知らない。」と小さく言い放った。

「ダーさんが出したんじゃないの?」

「違う。あんな人知らない。」

と同じくらい小さな声で言い放つ。僕らが()()に視線を離せないでいると、()()はゆっくり動き出した。少しずつ近付いてくる内に、相手は僕を一点集中して見つめていた事が分かった。次第にがっちりとかみ合っていく視線に恐怖を覚え、僕はつい視線を逸らしてしまった。相手はその隙を突き、グンと近付いてきた。

「‥⁉︎な、何ですか⁉︎」

「良いから良いから。」

と言って勝手に手を繋がれる。とその瞬間、 辺りの景色が一変した。

 目の前には、今手を繋ぐ人とはまた違う、知らない人が血を流して倒れている。僕が助けようとすると、手を繋ぐ彼はそれを制した。僕は大人しく従い、黙って倒れた人を見つめていた。すると近くに誰かがいることに気付く。それは、形の無い何者かだった。全身が闇に包まれ、倒れた身体に向かって手を伸ばそうとしている。しかしその手は震え、その人影も膝から落ちるように倒れ込んだ。

 するとその人影から闇が抜けていき、代わりにケンさんの姿が浮かび上がる。ケンさんがこの人を殺ったのか、それとも僕みたいに助けに来たのか…どちらにせよ倒れた彼は指一本も動かなくなってしまった。

 そして場面が変わる。リーさんの話で出てきた先輩らであろう人達と皆で自害する場面。合図を送ったのは、他の誰でもない、ケンさんだった。ケンさんは途中で躊躇い、刃物を手放してしまった。そのおかげでケンさんだけが半死状態になり、コンさんによって助けられる。

 その一連の流れを、僕は目の前で起こっているかの様に見た。

「…今のは?」

「君が知ろうとしていた事実だよ。」

「そんな…。」

ケンさんが、人殺しという事実。そんなの知らない方が良かった。躊躇っていた僕に、問答無用で事実を突きつけに来た彼は一体誰なんだろう。もう一度顔を確認しようと、顔をあげた時。其所にはさっきまでの人はおらず、ダーさんが立っているだけだった。

「何があったの?」

「ダーさん…ケンさんは、やっぱりいちゃいけないんだ。」

泣きそうになるのを我慢しながら口を開く僕を、ダーさんは帽子越しに見つめる。

「ケンさんは、次の神の目覚めで僕らを殺しに来る、八卦を終わらそうとしているんだ。」

「何故。」

「それは…でも取り敢えず、」

「でもじゃない。何故なの。」

それは…分からない。予想はできても、それは確かなものではない。

「"決めつけ"はいけないんじゃないの?」

ダーさんは、強く、それだけを言って家に帰ってしまった。いつの間にか辺りも元に戻っていた。ダーさんの言葉が、僕の全身に響く。僕は少し結論を焦りすぎたのかもしれない。今すぐにじゃなくても、待ってみよう。その間はいくらでもケンさんを観察していれば良い。何か気付くかもしれない。僕はちょっと後に立ち上がり、家へ帰った。


「何処に行ってたんだ?」

階段ですれ違うケンさんが、僕に声を掛ける。

「特に用はなかったんですけど、ちょっと外に出たくて。」

「そうか。ついさっきカンが釣りに出掛けた。良かったら照葉も行ってやれ。いくらなんでも、話し相手はいた方が良いだろ。」

何でこういう時に限って優しいんだろうか。本当はどう思っているの?皆を殺そうとしているのも、優しさの延長線にある答えだったりするんだろうか。

 僕は生返事をして、部屋に戻った。カンさんと釣りはしたかったけど、今は一人でいたい。カンさんは何か話をしようとしているのかも知れないけど、僕は今は一人でいたいんだ。

「…。」

窓の外は、綺麗なピンクがチラチラと舞っている。ところでさっきの人は誰だったのかな。そう考えながらも、僕は疲労による眠気を、すんなり受け止めた。


「照葉君。」

「…ぅえ?」

自分の名前を呼ばれている事に気が付き、意識を取り戻す。

「大丈夫ですか?顔色が悪いですよ、ベットで寝た方が良いです。」

そう言ってベットを整えてくれるカンさんだけど、僕はもう寝られる気がしなかった。

「…カンさん、僕決めたんです。僕、ケンさんを止めたい。」

「何か核心を突いたんですか?」

「はい。誰かは分からないけど、今日初めて会った男の子が僕に手を繋いできて、直接見せてくれたんです。ケンさんが誰かを殺している所を。更に()()()の夜、集団自害を装ってケンさんだけ生き延びた所を。もう僕はケンさんが、八卦を滅ぼそうとしているとしか思えません。」

「幻想ではなくて?」

「…はい。」

「…そうですか。」

カンさんは畳もうと手にしたシーツの端を指で擦り、考え込む様に下を向く。

「で、僕は待ってみようと思うんです。要するに、神の目覚め、まで。それでどうしようもないと判断したら、僕が時間を戻します。」

「戻した所でケンさんはいるでしょう。最悪、照葉君の言うことが正しければ、いっそ()()()まで戻してもらって構いません。皆を殺そうものなら、僕が…僕が、ケンさんに止めを刺しますから。そして貴方は人間界にい続けていれば良いそして見事に事故を回避して見せて下さい。僕はその場にいますから。」

僕らを取り巻く空間に、怒りなんてものは無い。しかし悲しみや虚無感などの、色の無い感情が飽和した空気を吸っている。重力を持ち始めたその空間は僕らの心も沈めていき、ついに僕らは涙を流した。もう一度言うが、怒りでは無い。どうしてこうなってしまったのだろうかという哀しみに、僕らの運命に、涙だけでは収まらず笑いすら出てきた。

「照葉君、なんで笑いながら泣いているんですか、」

「それはカンさんもでしょう?」

「…疲れましたね。」

「そうですね。」

僕はそのままベットに、カンさんはソファに倒れ込み、二人して天井を見上げた。

「晩ご飯、明日に食べましょうか。」

「あ、忘れてました。何作ったんですか?」

「焼き魚です。」

「そういえば釣りに行ってたんですもんね。」

「えぇ。」

それから暫く天井を見ている内に、僕らはだんだん眠くなってきた。寝る事が習慣付いている所為か、八卦になりたての時はあまり感じる事の無かった睡魔も、最近では意識せずとも自然に込み上げてくる様に思える。まるで人間に戻った時のような感覚。僕が瞼を閉じた時、ふと瞼の裏に映ったのは兄だった。

「お兄ちゃん、おやすみ。」

ボソッとそういうと同時に、僕の意識はされるがままに吸い込まれていった。

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