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グリンブルスティ越しに数人の兵士と身なりの良い中年男の宰相、そして姫騎士の姿が見えた。
人間達は、俺には気づいていない。
「何が起きた!? それに、どうして眠らないのだ! サヨを食べたのではないのか!?」
「とにかく、退避だ! 通路を封鎖しながら退避っ!!」
姫騎士の指示に従いながら、人間達は逃げて行った。
すると、グリンブルスティは人間達を追いかけ、ノロノロと進み始めた。
「これはいい。小夜が味わった恐怖をお前達も味合うがいいさ」
どうなるか見届けようと一歩踏み出したが、ふと足元の魔法陣に目が止まった。
「ほう。中々の知識だ」
これの大部分を描いたという黒髪眼鏡の神子は、よく学んでいたようだ。
徹底して無駄を省いた完璧な魔法陣を描けている。
「?」
魔法陣を眺めていると、突然骸の魔物――リッチが現れた。
リッチは俺を見ているが、襲ってくる気配はない。
「……小夜に記憶を見せたのは君か」
『…………』
返事はないが、聞かなくても分かる。
このリッチは、小夜が言っていた神子の成れの果てだ。
日本人のようだから何とかしてやりたいが、死んで魔物化してしまった者を救う手段はない。
「自我はまだあるようだが、それもいつまで持つか分からない。今のうちに楽になりたいか?」
『…………』
黒髪の神子だったリッチは空洞の目で、俺に抱き抱えられたまま眠っている小夜を見つめていた。
どうやら小夜を心配しているようだ。
「一緒に行くか?」
リッチは俺の提案に頷いた。
自我をなくし、完全にただのリッチに成り果ててしまったら、俺が逝かせてやろう。
「では、俺達もグリンブルスティと人間の鬼ごっこに参加しようじゃないか」
扉があった場所を抜けると、そこは長い廊下だった。
窓はなく、すべてが頑丈な壁でできている。
まだ完全に目覚めていないため、ゆっくりと進行しているグリンブルスティの先を見ると、姫騎士が廊下に施された仕掛けを起動し、壁を出現させていた。
「なるほど。グリンブルスティが逃げた時のために区切って封鎖できるようになっているのか。利口じゃないか。……まあ、俺がいるから意味はないのだが」
まずは小夜が起きないよう、俺達の周りに魔法で結界を張った。
これで音も魔法も物質も、すべて遮断することができる。
「鬼ごっこをしているのに、これは良くない」
何も気にしなくてよくなったので、出現した壁に魔法で大穴を開けた。
これでグリンブルスティが先に進める。
「さあ、鬼ごっこの再開だ」
派手な音と粉塵をまき散らし、消え去った壁の向こうに、呆然としている人間達が見えた。
そして、俺達の存在にも気が付いたようだ。
こちらに向けて何か叫んでいるが、グリンブルスティが迫って来たため、再び退避を始めた。
姫騎士がまた仕掛けを起動して壁を出現させたが、俺もまた魔法で大穴を開けてやる。
すると、壁の向こうで宰相が、焦りと怒りを混ぜたような顔で、こちらを睨んでいるのが見えた。
「喜んで貰えたようだな」
ニヤリと笑うと、人間達が怯えたように見えた。
一瞬固まっていたが、魔物が歩みを止めないため、また退避を始めた。
そして、再度仕掛けを起動させたのだが、それもまた俺がすぐに破壊する。
「クク……」
宰相が取り乱した様子で何かを叫んでいるのを見て、思わず笑った。
俺が気になるようだが、グリンブルスティが迫っているぞ?
「随分と余裕だな? 物足りないか? ……では、こうしよう」
俺は壁の残骸の大きな欠片を魔法で動かし、グリンブルスティの上に浮かべた。
「荒っぽいモーニングコールで悪いが……」
魔物の覚醒条件が何かは分からないが、物理攻撃でも多少は目覚めるだろう。
人間達は俺が何をしようとしているのか気がついたようだ。
全員が驚愕の表情でこちらを見ている。
「ククク……ご期待に応えないとな。さあ、グリンブルスティ! シャキッと起きろ!」




