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「あの、私があなたの封印を解いたのは、復讐をしたくて……!」

「分かった、分かった。事情を聞くから、とにかくそれに座れ」


 そう言って魔王が、人を駄目にするクッションを指さした。

 憧れのクッションにこんなタイミングで座るなんて数奇なものだ。


「うん? お前、怪我をしているじゃないか」

「え? あっ」


 魔王に指摘されて思い出したが、私は封印を解くために手を噛んで出血していた。

 それを忘れていたため、絨毯やクッションを血で汚してしまっていた。


「あ、ごめんなさい……!」


 人を駄目にするクッションは、結構なお値段だ。

 それに、洗うのは手間がかかる。


「気にするな」


 魔王はそう言うと、私に向けてちょいちょい人差し指を向けた。

 何をしているのかと思っているうちに、私の怪我は治り、汚れになっていた血も消えた。


「魔法?」


 私がやれば、魔法陣を描かなければいけないし、時間がかかってしまうことを、魔法は一瞬でやってしまった。


「チート……」


 思わず零してしまった私の呟きを聞いて、魔王が誇らしげに笑った。


「ふははっ! 魔力が溢れているこの部屋の中では、何でも俺の思い通りになる。『ご都合主義』部屋、だな!」

「!」


 私がよく読んでいた小説や漫画で使われていたワードが出て来て驚いた。

 チートの意味も分かっているようだし、どうなっているの?

 不思議に思ったが、それよりも……魔王の明るさと、怪我を治してくれた優しさで、力が抜けた。


「……ありがとうございます」

「礼には及ばない。ところで、お前の名は?」

「松雪小夜……あ、サヨ マツユキです」

「苗字がマツユキで、名がサヨだな。どんな漢字を書くのだ?」

「え? 漢字をご存じなのですか?」


 部屋には日本の物が溢れているし、漢字まで知っているのは、どういうことなのだろう。


「ああ。独学で習得した。マツユキは木の『松』と空から降る『雪』か?」

「そうです。名前は小さな夜と書きます」

「小さな夜! 素晴らしい! 淑やかで美しい名だ」

「…………っ」


 両親がつけてくれた名前を褒められ、嬉しくて頬が緩みそうになった。

 でも、今は魔王に話を聞いて貰わなければいけない、と気を引きしめた。


「では、小夜。早速だが話を聞かせてくれ」


 魔王はゲーミングチェアに座ると、こちらに向けて足を組んだ。

 浴衣がはだけているため、逞しい体がよく見えて目のやり場に困る。

 あまり見ない様にしようと俯きながら、私は復讐したいと思い至った経緯をすべて話した。


「……そうか。裏切りに遭った上、死の恐怖が迫り、辛かっただろう。ここは安全だ。何かあっても俺が守る。安心しろ」

「…………っ」


 優しい声で思いやりのある声を掛けて貰い、一気に涙が込み上げてきた。

 でも、泣きたくない。

 拳をギュッと握り、耐えた。

 そんな私を、魔王は何も言わず静かに見守ってくれている。


「……ありがとうございます。もう、大丈夫です」

「無理はするなよ? では、話を進めよう。君を襲った魔物、グリリンについてだが――」

「? あの、グリリンという名前ではなかったと思いますが……」

「分かっている。長いから略したのだ」


 本当に? 傍らに某有名漫画が山積みになっているが、それの登場キャラクターに引っ張られていませんか?

 何だか涙腺が一気に乾いた気がする……。


「確かにあれは千年ほど前に、勇者と呼ばれた異世界人が封印したものだな」


 エイベル様が話していたことを魔王も知っているようだ。


「封印が解けたらどうなるのですか?」

「おそらく、お前が俺に求めたようなことになるんじゃないか」


 それはつまり、この国――ロウラスフィアを破壊するということだろう。


「だったら、私は生贄になるべきだったのですか……?」


 ロウラスフィアの大勢を救うため、私一人が犠牲になればよかったのか。

 私が死ぬことが正しいことなのか、と悲しくなった。


「お前には怒る権利がる」

「え?」


 魔王の言葉と、優しい声色に驚いて顔を上げる。

 すると、魔王は声と同様に優しい目で私を見ていた。


「魔物をなんとかするのは、この世界の人間の問題だ。お前の命を自由にしていい理由にはならない」

「…………っ」


 魔王は私が望んでいたような言葉をくれた。

 嬉しくてまた泣きそうになったが……。


「でも、君の復讐によって、何も知らずに生きている人々が死んでしまうのはどうなんだろうね?」

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