4
突然、頭の中に映像が流れてきた。
場所は今私が立っている、ここ――。
そこで恐らく私と同年代、高校生くらいの銀縁眼鏡をかけた黒髪少年が、地面に握りしめた石で何かを描いている。
『絶対に許さない……俺を生贄にしやがって……みんな道連れにしてやる!!』
眼鏡の少年は怒りで顔を歪め、泣きながら魔法陣を刻んでいる。
『あと少し、あと少しで魔王を……魔王の封印を解くことが! …………あ』
背後の何かに気がついた少年が、顔を強張らせたまま固まった。
そこに何がいるのか私には見えないが、それが何なのかは分かる。
『来るな……来るな!! クソッ、あと少し……!』
眼鏡の少年は再び描き始めたが、手が震えていて上手くいかない。
『クソッ! こんなところで死にたくない! 死にたくない! 来るな! 来る……わあああ!!」
「…………」
そこで映像は途切れた。
生々しい光景に、私は思わず目をぎゅっと閉じた。
この後眼鏡の少年がどうなったかは想像したくない。
「きっとこの魔法陣を描いていた人ね」
見えたものが何なのか、どうしてこんなものが見えたのか分からない。
でも、過去にこの場所で起こったことだと確信した。
私と同じ、生贄にされた人だろう。
眼鏡の少年は、日本人だったようにも見える。
「これは魔王の封印を解くための魔法陣だわ」
今、この世界では、魔法を使える人は少なくなっている。
昔の人はみんな魔力を持っていたそうなのだが、現在は極少数だという。
そのため、魔法を学ぶ人が少なくなっているのだが……私は知っている。
私には異世界を題材にした漫画などでよくあるチートな能力はなかったが、魔力は少しあった。
だから、いつかはチートな能力に目覚めるかもしれない、という厨二な思考で、魔法については熱心に学んだのだ。
そのおかげでこの魔法陣も、どういうものか理解できた。
「魔王、か……」
魔王とは、遥か昔に独自の国を作り上げ、世界を恐怖で支配した者だと、リオン様とこっそり盗み見た禁書に書かれてあった。
御伽噺のようなものだと思っていたが……。
「あ!」
考察しているうちに、魔物の気配がすぐ近くまで来ていることに気がついた。
思っていたよりも早く追いついて来た。動きが速くなっている!
――ニタァ……
暗闇の中で見えないが、魔物が笑ったのが分かった。
「ひっ…………!」
逃げたいけれど、もう逃げ場がない。
もうだめだ……私はこの魔物に食べられて死ぬ運命なのだ。
手に握っていた薬の存在を思い出し、ギュッと握りしめた。
生きたまま食べられ、痛みや恐怖を味わいながら死ぬくらいなら……!
『絶対に許さない……俺を生贄にしやがって……みんな道連れにしてやる!!』
「!」
命を諦めようとした瞬間、眼鏡の少年の声は頭に響いた。
「……分かるわ」
今の私には、黒髪の少年の気持ちが痛いほど分かる。
「どうして私が、縁もゆかりもなかった世界にある国のために、生贄にならないといけないの!? 異世界人を犠牲にし続ける国なんて滅滅びてしまえ!」
私は足元にあった石を拾うと、必死に描きかけの魔法陣に手を加えた。
魔王がどんなものかは分からない。
でも、このまま死んでしまうなんて嫌だ!
私のことを家族や仲間だと言っておきながら、生贄にした人達を許せない!
「復讐してやる!」
「グオオオオオオオオオッ!!!!」
あと少しで完成するのに、のろのろと動いていたはずの魔物が、勢いよく突進してきた。
恐怖で手が震える。
でも、「ただでは死なない!」と己を奮い立たせた。
「よし、描けた! あとは私の血を捧げれば……!」
普段であれば、自分を傷つけて血を流すなんて、怖くはできない。
でも、今はためらうことなく自分の手を思いきり噛み、血を流した。
痛みなど感じる間もないまま、必死に魔法陣に手を押し付ける。
「お願い! 魔法の封印よ、解けて! この世界を滅ぼして!!!!」
思いきり叫んだ私の目の前には――。
「ひっ!」
あの魔物がいた。
あの悪臭を間近に吸い込み、吐き気に襲われる。
「あ、ああ……あ……」
吐きそうなのは臭いのせいだけではなく、恐怖が極限に達したからかもしれない。
そんなことを考えながら、私の意識は遠くなったのだが……。




