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「…………え? い、生贄?」


『生贄』


 予想外の言葉に、頭が真っ白になった。

 そんな私の耳に、エイベル様の絵本を読み聞かせているような穏やかな声が聞こえて来た。


「ここにいる災厄の魔物『グリンブルスティ』は、約千年前にこの世界を壊滅に追い込んだ魔物です」

「! 災厄の魔物……」


 ボス級の魔物だと思ったけれど……ラスボス級だった、ということ?


「異世界からやって来た勇者が立ち向かいましたが、完全に倒すことができなかったため、この洞窟に封印したそうです。勇者の封印により、魔物は深い眠りに落ちましたが、時の流れと共に封印が弱まるんですよ。そうすると動き始めるのです。封印が完全に解けて覚醒してしまえば、再び世界を壊すほど暴れはじめる恐れがあります」


 あの魔物は、今はまだ寝ぼけているような状態だが、完全に目覚めてしまうと手がつけられなくなるということ?

 そうなればこんな扉は破壊され、世に出てしまうと思うが……。


「とにかく、早く私をここから出して……!」


 このままここにいたら、私はまだ覚醒していない魔物の犠牲になってしまう!


「それはできません。完全に目覚めさせないために、あなたがいるのです」

「え? どういうことですか……?」

「魔物の封印から百年ほど経った頃――。魔物が目覚め始めました。再び封印するための方法を模索していたさなか、異世界から迷い人がやって来たのです。かつて魔物を封印した勇者も異世界人だったため、再び勇者が現れたのだと喜んだこの国の先祖達は、魔物の討伐か、再度の封印をお願いしました。異世界人は引き受けてくれたのですが、その者にはかつての勇者程の力はなかったようで……魔物に食べられてしまったのです」


 あの魔物に食べられた異世界人がいた?

 エイベル様は何でもないことのように話しているが、私はゾッとした。


「先祖達は絶望しましたが、奇跡が起こりました。魔物は異世界人を食べたあと、再び眠り始めたのです。先祖達が封印に挑んだ際、犠牲となり食われた者がいましたが、魔物は眠りませんでした。つまり、魔物は異世界人を食べると眠るのです!」


 興奮したように話すエイベル様の声に、背筋が凍った。

 恐ろしいことを、どうして嬉しそうに話すの?

 本当に私の知っているエイベル様なの?


「先祖達は理解しました。異世界人は、神が我々に与えてくれた生贄――神子なのだと」


 神子とは、神が与えた生贄――。

 その事実に私は絶望した。


「そんな……。私を生贄に……魔物の餌にするために、今まで面倒をみてくれたんですか?」

「そうですよ?」


 エイベル様は、軽い調子で即答した。

「家族がいない。一人は寂しい」と泣いていた私に、「この世界での父は私です。独身で妻が欲しいと思っていましたが、先に娘ができるなんて驚きです」と、茶目っ気のある微笑みを見せてくれたエイベル様はもういない……。


「どうし、て優しくしてくれたんですか? 生贄にするなら、最初から牢屋にでも閉じ込めておけばよかったじゃない! こんな想いをするくらいなら、そうされた方がよかった……」

「魔物が目覚め始めるのは、いつになるか分かりませんから。過去の異世界人――神子の中には、こちらで五十年ほど暮らしたのちに生贄になったという記録もあります。ですから、あなたには健やかに長生きして貰わないといけなかったので」


 私の面倒を見たのは、餌の状態を保ちたかったというだけ……?

 あまりにもひどい。

 ひどすぎて、私は何も考えられなくなった。


「さて、おしゃべりはそろそろ終わりです。魔物が近づいて来たようですね」

「!」



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