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「ああ。小夜がいなくなってから二年経った、今の日本だ」

「! じゃ、じゃあ、私が見たいところも……私の家も見ることができますか!?」


 期待で取り乱す私に、魔王はにこりと微笑んだ。


「できるぞ。見せてやろう」

「!」


 ありがとう、とお礼を言いたいのに、嬉し過ぎて言葉が出ない。


「では、小夜。目を閉じてくれ」

「? はい……」


 テレビを見たいのに、どうして目を閉じるのだろう。

 不思議に思ったが、とにかく従った。

 すると、魔王が近寄って来る気配がして……私のおでこに何かがこつんとぶつかった。


「え、何……!」


 少し目を開けて見ると、魔王の端正な顔が目の前にあった。

 私のおでこに今も当たっているのは、魔王のおでこだった。

 目は閉じられていて、長い銀色のまつげが綺麗……。


「驚かせて悪い。この方が小夜から情報を読み取りやすいんだ。あと、小夜は自分の家のことを考えていてくれ」

「……私の家のこと?」

「そうだ。住所、外観、思い出……何でもいい。情報は多ければ多いほどいい」


 サイコメトリーのようなものなのだろうか? と思いながらも、言われた通りのことを考えた。

 人生で何度も書いていたのに、この二年で書かなくなった住所、名前。

 そして、二階建て一軒家の自宅、リビング、キッチン、二階にある私の部屋――。


「……見つけた」


 魔王はそう呟くと、私から離れた。

 私も目を開けてテレビを見ると、そこには恋しかった光景が映し出されていた。


「ああ……私の家……!」


 二年前までは何気ない光景だったのに、今は眺めているだけで涙が出そうだ。


「家の中も見ることができる……?」

「もちろん」


 魔王が頷くと、テレビに映る光景が変わった。

 次に映ったのはキッチンで、そこには家族の姿があった。


「お父さん……お母さん……友也……」


 両親と弟の友也が、いつもの席でご飯を食べている。

 みんなの姿を見て、また涙が込み上げて来た。

 両親の姿はそれほど変わっていないが、弟が大きくなっていた。


「そっか……。私がいた頃は小学生だったけれど、もう中学生になったのね……」


 自分がいない間に時が流れていることを感じ、たまらなく寂しくなった。


「お母さんのカレーだ……」


 食卓にあるのは、見慣れたお皿に盛られたカレーライスだった。

 大量に作るから次の日もカレーだし、それでも余ったものは冷凍されて、次の週にも出される。

 だから、カレーには飽き気味だったのだが、今はすごく食べたい。


「ん? 何あれ……」


 いつも私が座っていた席に、大きい変なぬいぐるみが置かれている。

 猫か狐だろうか。

 三角耳の動物なのだが、疲れたおじさんのような顔をしていて……すごく可愛くない。

 それを私の席に置いているのはどういうこと? と戸惑っていると、友也がぬいぐるみに目を止めて呟いた。


『それにしてもブサイクだよな、このぬいぐるみ……』

『そんなにしみじみ言わないの。可哀想じゃない。ねえ、小夜』


「え!? あれ、私なの!?」


 まさか、私の代わりに置いているということ!?

 どうしてもっと可愛いぬいぐるみにしてくれないのだろう!

『小夜』というより、『大作』という感じのぬいぐるみだ。

 私は両親にとって可愛い娘じゃなかったのだろうか。

 弟にも嫌われていたのだろうか、と本気で泣きそうになった。


『まったく。いつになったら、こんなの私じゃない! って言いに帰って来るのかしらね』


 母の呟きを聞いて、会話に参加していなかった寡黙な父と、さっきまで明るく笑っていた弟が目を伏せた。


 シンと静まったその光景を見て、私は自分が変なぬいぐるみにされている意味を悟った。

 みんなは、「こんなぬいぐるみにされるのは嫌だ」と言って、私が帰って来るのを待っているのだ。


 二年経って、私の異世界での生活が落ち着いていたように、みんなもこうして私という家族がいなくなったことに折り合いをつけていたのかもしれない。

 私は、変なぬいぐるみからしっかりと、家族からの愛情を感じることができた。


『戻って来ても、心配させた罰で、この席はこいつのものでいいんじゃない?』


 空気を切り替えるように、明るく言い放った弟に、父がボソリと答えた。


『……新しい席を買ってやればいいだろう』

『えー? どっちに?』

『……小夜だ』

『どっちの小夜?』

『そりゃあ……ブサイクな方だ』

『姉ちゃんかー』


 父と弟のやり取りを聞いて、母が声を出して笑っている。


「いないからって、好き勝手言ってくれちゃって……」


 家族のやり取りを見て、私は更に望郷の念にかられた。

 ……やっぱり帰りたいなあ。


『あの子、ちゃんとご飯を食べてるかしら……』

「…………っ」


 父や弟にも聞こえないような小さな声で、母が零したつぶやきを聞いて、私は思わず叫んだ。


「お母さん! 私、ちゃんと食べてるよ! …………あっ!」


 テレビを目指して布団から飛び出し、転びそうになった私を魔王が支えてくれた。


「小夜、すまない。俺の力は覗くことができるだけで、あちら側に伝えることはできないんだ」

「…………っ」


 なんとなく私の言葉が届かないことは分かっていた。

 でも、こうして家族を見ていると……どうしても伝えたい!!


「私! 大丈夫だから! 帰れないけど、元気で生きてるからっ!!」

『!?』


 私が叫んだ瞬間、テレビに映る家族が驚いたように見えた。


『姉ちゃん……?』

『友也も? 私も……今、小夜の声がしたような……』

『俺にも聞こえたぞ……』


「私の声、届いた!? お父さん! お母さん! 友也!」


 間違いなく私の声に、家族が反応している!

 私の声が届いた!

 話をしようと必死に呼びかけたのだが……。


『気のせいか……』


「どうして!? 私の声、届いていたはずなのに!」


 私の声が聞こえたのは一瞬だけだったようで、家族は空耳だったと片付けてしまった。

 そんな……。


「声が届いたのは、小夜の魔力が働いたのかもしれない」


 肩を落とす私に、魔王が声をかけてきた。


「私の魔力? 私、魔力は少ないですよ? そんなことできるかな……」

「いや、小夜の魔力は多い方だ」

「?」

「小夜、あとで話そうと思っていたのだ。お前は、あいつらに魔力を封印されていたようだぞ」

「え?」

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