12
「う……」
頭がズキリと痛み、目が覚めた。
ゆっくり瞼を開けていくと、何だか懐かしい感じがする……。
どうしてだろう? と思っていると、突然視界に骸骨が入って来た。
「きゃああああっ!」
私は思わず飛び起きた。
骸骨の魔物、リッチが眠っている私の顔を覗き込んでいたのだ。
早く逃げなければ……!
「こら、小夜を驚かせるな」
焦っていると、聞き覚えがある声が耳に入った。
声の方に目を向けると、浴衣ではなく、今度は甚平を着ている魔王がいた。
相変わらず着崩れていて、胸元は少し見えている。
……わざと見せているのだろうか?
「おはよう、小夜。まだ、顔色は悪いな。心身共に疲れている上に、目覚めてすぐに骸骨を見てしまうなんて可哀想に……」
魔王がそう言うと、リッチは少しムッとしたような態度を取ったが、私に向けては申し訳なさそうにした。
「お前、小夜に自己紹介するか?」
「…………」
魔王にそう聞かれたリッチは、首を横に振った。
「……そうか。こいつは俺の部下のリッチだ。見た目は怖いが、中々良いやつだ……と思う。俺も会ったばかりだから分からないがな!」
ははは! と笑う魔王の隣にいるリッチが、私をジーッと見ている。
さっきのことで、気を悪くさせてしまっただろうか。
「リッチさん、大きな声を出してすみませんでした」
私に声を掛けられてリッチは驚いていたが、すぐに首を横に振ってくれた。
「気にするな」と言っている気がする。
リッチだけれど襲って来る気配はないし、人間のような雰囲気を纏っている。
「あの、それで……ここはどこですか?」
見回してみると、懐かしいと感じた理由が分かった。
天井が木造で、どう見ても……。
「日本家屋?」
私が寝ているのは布団で、床は畳。
床の間には龍の水墨画の掛け軸があり、雲が描かれた襖も見える。
私の祖父母の家がこんな感じだったなあ、と懐かしくなった。
「どうだ! 日本らしいだろう? ここは新たに作った俺の住処、別荘みたいなものだ」
「別荘?」
「ああ、元の住処はあれだ」
そう言って魔王は障子を開けた。
すると、開け放たれている戸の向こう、晴れ渡った空に大きな島が浮かんでいるのが見えた。
「何をあれ……」
「天空の城、通称魔王城だ」
魔王城なんて初めて見た。
ここは知らない場所なのだろうか。
「ここはロウラスフィアじゃないんですか? 私は禁域からあなたの封印を解きましたよね?」
「ああ。ここはあの洞窟からそれほど離れていない島で、ロウラスフィア国内だ」
「島?」
「そう。こちらは空ではなく、海にある普通の無人島だ。日本は島国だし、小夜も空にいるより海の方が落ち着くんじゃないか?」
「そうですね!」
つい食い気味に反応してしまったのは、私は高いところが苦手だからだ。
観覧車も乗れないし、エレベーターも苦手だ。
飛行機にも極力乗らない。
そんな私が目覚めてすぐ、空にいると知ったら、また倒れてしまっていたかもしれない。
「空の方には行かないんですか?」
「こちらでやりたいことがあるんだ。あれは脅迫用オブジェ兼コバエ取りのようなものさ」
「?」
「そんなことより、腹が減っていないか? 小夜は丸一日寝ていたんだぞ」
「え!」
体がだるいと感じていたが、眠り過ぎたからだろうか。
そんなことを考えていると、タイミングよくお腹が「ぐー」と鳴った。
「……減りました」
恐らく魔王とリッチの耳にも、お腹の虫の音が聞こえただろう。
恥ずかしさを耐えつつ返事をした。
「よし! あれを持ってくるぞ! ここで待っていてくれ」
「?」
部屋を出て行った魔王が、すぐにお盆に何かを乗せて持ってきた。
それは小さな土鍋と器。そして、グラスに入った冷たい麦茶だった。
魔王に促され、小さな土鍋の蓋を開ける。
その瞬間、白い湯気と美味しそうな匂いがふわりと広がった。
「これは、おかゆ?」
「ああ。体調不良の時、日本ではおかゆを食すのが常なのだろう? おかゆの中でも、特に日本らしい『梅』にしてみたが、苦手じゃないか? リッチが監修してくれたから、不味いということはないと思うが……」
魔王の隣にいるリッチがコクコクと頷いている。
どうやら魔王がおかゆを作ってくれたようだ。
どこまで日本通なのだろうか。
すごいと思うし、気遣ってくれて嬉しい……。
そして、リッチにも日本の知識がある様子なのが気になったが、ひとまず感謝を伝えることにした。
「梅のおかゆ、大好きです。ありがとうございます。……いただきます」
手を合わせてそう言うと、魔王がカッと目を見開いた。
「本物の『いただきます』!」
「…………?」
魔王に妙なところで興奮されて戸惑ったが……気にしないでおこう。
一緒に持ってきてくれていたレンゲでおかゆをすくい、口に入れた。
「美味しい……」
優しい出汁の味が沁みる。
こちらの世界に来て、二年程経った。
周囲の人達が親切だから、寂しくても大丈夫だと思っていたけれど……。
「小夜……?」
「帰りたいよ、お母さんのご飯が食べたいよお……お父さんと映画見たい、弟とゲームしたい……」
懐かしい味によって、家族が恋しい気持ちが溢れてきた。
ゆっくり食べ進めながら、涙を流し続けてしまう。
楽しかった思い出がどんどん蘇ってくる。
やっぱり私の本当の家族は日本にいる家族だけだ。
「……小夜」
「! す、すみません……」
名前を呼ばれたことで、人前でみっともなく泣いてしまったと我に返った。
慌てて涙を拭こうとする私に、魔王は箱のティッシュを渡してくれた。
……これも懐かしいな。
「小夜、泣きたい時は泣けばいい。俺はお前を元の世界に帰してやることはできないが……。封印されていた部屋で、日本の文化を覗いた、と言ったのを覚えているか? ……あれを見てくれ」
そう言って魔王が指さした先には、薄型のデジタルテレビがあった。
突然電源が入ると、何かを映し始めた。
「これは……日本の風景?」




