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「う……」


 頭がズキリと痛み、目が覚めた。

 ゆっくり瞼を開けていくと、何だか懐かしい感じがする……。

 どうしてだろう? と思っていると、突然視界に骸骨が入って来た。


「きゃああああっ!」


 私は思わず飛び起きた。

 骸骨の魔物、リッチが眠っている私の顔を覗き込んでいたのだ。

 早く逃げなければ……!


「こら、小夜を驚かせるな」


 焦っていると、聞き覚えがある声が耳に入った。

 声の方に目を向けると、浴衣ではなく、今度は甚平を着ている魔王がいた。

 相変わらず着崩れていて、胸元は少し見えている。

 ……わざと見せているのだろうか?


「おはよう、小夜。まだ、顔色は悪いな。心身共に疲れている上に、目覚めてすぐに骸骨を見てしまうなんて可哀想に……」


 魔王がそう言うと、リッチは少しムッとしたような態度を取ったが、私に向けては申し訳なさそうにした。


「お前、小夜に自己紹介するか?」

「…………」


 魔王にそう聞かれたリッチは、首を横に振った。


「……そうか。こいつは俺の部下のリッチだ。見た目は怖いが、中々良いやつだ……と思う。俺も会ったばかりだから分からないがな!」


 ははは! と笑う魔王の隣にいるリッチが、私をジーッと見ている。

 さっきのことで、気を悪くさせてしまっただろうか。


「リッチさん、大きな声を出してすみませんでした」


 私に声を掛けられてリッチは驚いていたが、すぐに首を横に振ってくれた。

「気にするな」と言っている気がする。

 リッチだけれど襲って来る気配はないし、人間のような雰囲気を纏っている。


「あの、それで……ここはどこですか?」


 見回してみると、懐かしいと感じた理由が分かった。

 天井が木造で、どう見ても……。


「日本家屋?」


 私が寝ているのは布団で、床は畳。

 床の間には龍の水墨画の掛け軸があり、雲が描かれた襖も見える。

 私の祖父母の家がこんな感じだったなあ、と懐かしくなった。


「どうだ! 日本らしいだろう? ここは新たに作った俺の住処、別荘みたいなものだ」

「別荘?」

「ああ、元の住処はあれだ」


 そう言って魔王は障子を開けた。

 すると、開け放たれている戸の向こう、晴れ渡った空に大きな島が浮かんでいるのが見えた。


「何をあれ……」

「天空の城、通称魔王城だ」


 魔王城なんて初めて見た。

 ここは知らない場所なのだろうか。


「ここはロウラスフィアじゃないんですか? 私は禁域からあなたの封印を解きましたよね?」

「ああ。ここはあの洞窟からそれほど離れていない島で、ロウラスフィア国内だ」

「島?」

「そう。こちらは空ではなく、海にある普通の無人島だ。日本は島国だし、小夜も空にいるより海の方が落ち着くんじゃないか?」

「そうですね!」


 つい食い気味に反応してしまったのは、私は高いところが苦手だからだ。

 観覧車も乗れないし、エレベーターも苦手だ。

 飛行機にも極力乗らない。

 そんな私が目覚めてすぐ、空にいると知ったら、また倒れてしまっていたかもしれない。


「空の方には行かないんですか?」

「こちらでやりたいことがあるんだ。あれは脅迫用オブジェ兼コバエ取りのようなものさ」

「?」

「そんなことより、腹が減っていないか? 小夜は丸一日寝ていたんだぞ」

「え!」


 体がだるいと感じていたが、眠り過ぎたからだろうか。

 そんなことを考えていると、タイミングよくお腹が「ぐー」と鳴った。


「……減りました」


 恐らく魔王とリッチの耳にも、お腹の虫の音が聞こえただろう。

 恥ずかしさを耐えつつ返事をした。


「よし! あれを持ってくるぞ! ここで待っていてくれ」

「?」


 部屋を出て行った魔王が、すぐにお盆に何かを乗せて持ってきた。

 それは小さな土鍋と器。そして、グラスに入った冷たい麦茶だった。

 魔王に促され、小さな土鍋の蓋を開ける。

 その瞬間、白い湯気と美味しそうな匂いがふわりと広がった。


「これは、おかゆ?」

「ああ。体調不良の時、日本ではおかゆを食すのが常なのだろう? おかゆの中でも、特に日本らしい『梅』にしてみたが、苦手じゃないか? リッチが監修してくれたから、不味いということはないと思うが……」


 魔王の隣にいるリッチがコクコクと頷いている。

 どうやら魔王がおかゆを作ってくれたようだ。

 どこまで日本通なのだろうか。

 すごいと思うし、気遣ってくれて嬉しい……。


 そして、リッチにも日本の知識がある様子なのが気になったが、ひとまず感謝を伝えることにした。


「梅のおかゆ、大好きです。ありがとうございます。……いただきます」


 手を合わせてそう言うと、魔王がカッと目を見開いた。


「本物の『いただきます』!」

「…………?」


 魔王に妙なところで興奮されて戸惑ったが……気にしないでおこう。

 一緒に持ってきてくれていたレンゲでおかゆをすくい、口に入れた。


「美味しい……」


 優しい出汁の味が沁みる。


 こちらの世界に来て、二年程経った。

 周囲の人達が親切だから、寂しくても大丈夫だと思っていたけれど……。


「小夜……?」

「帰りたいよ、お母さんのご飯が食べたいよお……お父さんと映画見たい、弟とゲームしたい……」


 懐かしい味によって、家族が恋しい気持ちが溢れてきた。

 ゆっくり食べ進めながら、涙を流し続けてしまう。

 楽しかった思い出がどんどん蘇ってくる。

 やっぱり私の本当の家族は日本にいる家族だけだ。


「……小夜」

「! す、すみません……」


 名前を呼ばれたことで、人前でみっともなく泣いてしまったと我に返った。

 慌てて涙を拭こうとする私に、魔王は箱のティッシュを渡してくれた。

 ……これも懐かしいな。


「小夜、泣きたい時は泣けばいい。俺はお前を元の世界に帰してやることはできないが……。封印されていた部屋で、日本の文化を覗いた、と言ったのを覚えているか? ……あれを見てくれ」


 そう言って魔王が指さした先には、薄型のデジタルテレビがあった。

 突然電源が入ると、何かを映し始めた。


「これは……日本の風景?」

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