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「ま、魔王……? そんなもの、存在するはずがない!」

「だが、グリンブルスティの動きを封じることができる実力者だ。それに、リッチを従えている……」

「では、本当に……? 災厄の魔物が解き放たれた上に、魔王だと!?」


 こちらを見て叫ぶ宰相の傍らで、姫騎士は警戒態勢を取っている。

 警戒したところで、ここにいる連中が束になっても俺に傷一つつけることはできないだろう。


「お前、魔王の部下だと思われているぞ?」


 リッチに向けて笑うと、ニヤリと笑い返してきたように見えた。

 気が合いそうな仲間ができて嬉しい限りだ。


「小夜をどうするつもりだ! 離せ!」

「……こちらとは仲良くできそうにないな」


 俺に向かって叫ぶ王子に、冷たい視線を向ける。

 リッチも威嚇するように圧を送っている。

 小夜にとっては、そちらにいる方が危険なのだ。


「離せばお前達は小夜を生贄として、その魔物に食わせるのだろう?」

「生贄? 何を言って……」

「この国のため、生贄にされた過去の神子達、そして小夜の恐怖が、魔王である俺を呼び覚ましたのだ」


 正確に『小夜が復讐のために魔王の封印を解いた』と伝える必要はない。

 小夜の非になるようなことを知らせると、自らのことを棚に上げ、小夜を非難する者が出るだろう。

 そうなると小夜が傷つくことになる。

 お前達は、『災厄の魔物が解き放たれたのも、魔王が復活したのもすべて自国のせいだ』と認識するがいい。

 それは決して間違いではない。

 小夜が復讐に走ったのも、お前たちのせいなのだから。


「姉上、生贄とは……!」

「…………」


 事実を知らなかった三人が困惑している。

 王子が姫騎士を問い詰めようとしたところで、宰相が動き出した。


「小夜を取り戻すぞ! 今、グリンブルスティに食わせれば、まだ間にあるかもしれない!」


 杖を取り出し、こちらに向けて動き出した瞬間、小夜から嫌な気配がした。


 予め小夜に、何かの細工を施していたのか!

 そう察したおれは、小夜の周囲で発動しようとしていた魔法を打ち消した。

 すると、小夜の指に嵌っていた指輪がボロボロと崩れた。


「何故だ! 何故、雷撃が起こらない!」


 問題が生じて小夜が逃げてしまった時のために、ダメージと麻痺で動きを封じるために雷撃を仕込んでいたのか?

 小夜を抱きかかえている俺もろとも雷撃を食らうように発動させたのだろう。

 打ち消した時に感じた魔法は、小夜のようなか弱い者が食らってしまえば危険なものだった。


 結界で外からの魔法を防ぐことはできるが、中で起こる可能性を失念していた俺のミスで、小夜を危険に晒すところだった……。


「貴様ら……懲りない奴らだな。腐っていやがる」


 小夜を裏切っていなかった奴らに免じ、容赦してやろうかと思っていたが甘かったようだ。

 今まで大人しく見守っていたリッチも、人間達に向けて攻撃態勢に入ったが、それを止めた。

 生贄にされた神子であるリッチからすれば、小夜を傷つける者は憎悪の対象だと思うが、ここは俺に譲って欲しい。


「そんなに雷撃が好きなら、お前達が食らえ」


 小夜の指輪から感じた程度の雷撃を、下一面に降り注いでやる。


「ぐああああっ!!」

「くっ……何故だ、アイテムが起動しなかったか……!?」


 姫騎士や宰相は魔法防御のアイテムを持っていたようだが、俺の魔法はそんなものでは防げない。

 多くの騎士が倒れ、姫騎士と宰相も地に膝をついた。


「姉上! 大丈夫ですか!」


 今、この場でまともに動ける人間は、後から来た三人組だけだ。

 特別に三人組だけは攻撃対象から外してやった。

 だが、見逃してやるのはこれで最後だ。


「ある程度、小夜の状況は把握することができた。これ以上、ここにいるのは時間の無駄だな……」


 小夜を休ませてやるため、俺は懐かしい住処に帰ることにした。

 魔法で住処を呼び寄せる。


「? ……なんだ、この地響きは……!」


 王子が慌てて周囲を見渡す。

 俺が使った魔法は、空を覆うほど広範囲のものだ。

 その影響で、空気や大地が震動しているのだ。


「リオン様……空が!」


 獣人騎士がいち早く気づき、空を指さした。


「空が裂けた!? 中から何かが……」

「……あれは……島……? 島が浮かんでる……」


 王子と少女が空を見て固まった。

 雷撃で動けずにいる者達も、意識がある者は目が空に釘付けだ。


 俺が呼び出した住処――魔王城の存在に愕然としている。

 本当は魔王城ではないのだが……。

 俺は魔王だと思われているし、そういうことにしておく。


 魔法が衰退した今、この世界で俺と同じことができる者はいないだろう。

 だから、巨大な浮島が魔王城として存在していることに、大きな恐怖を感じるはずだ。

 これから俺は、お前達が目を逸らすことが出来ない脅威として、空に在り続ける。


「お前達が滅びゆく様を上から眺めよう」


 高度を上げ、人間達から離れて行く。

 リッチも離れずついて来る。


「連れて行くな! 小夜を返せ! 小夜は、小夜は大切な人なんだ!」


 慌てて王子がこちらに向かって叫んでいるが、もう相手にはしてやらない。

 お前達が本当に小夜の味方であるならば、お前達の立場で小夜のためにできることがあるはずだ。

 これからこの三人がどんな行動をするか、俺がチェックしてやろう。


 そして小夜を裏切った奴らの行く末も――。


 空には魔王、地上には災厄の魔物。

 この地獄をどう切り抜けるのか見物だ。


「そうだ。忘れていた」


 俺はグリンブルスティを拘束していた魔法を解除した。


「グオ……アア……」


 自由になり、ゆっくりと動き始めたグリンブルスティを見て、人間達が怯えているのが分かる。

 まだ、気絶している者もいるが、全員無事で逃げられるかな?


「命がけの鬼ごっこの再開だ。……健闘を祈るぞ」

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