八話
久しぶりの更新です。
俺はあれから弘徽殿女御とすっかり盟友となっていた。
実は兄も女御が転生者だという事を知っているらしい。俺は母に女御の事を話していいか訊いてみた。
「……あら。更衣さんにあたしの事を話すの?」
「うん。麗子さん。いいかな?」
「そうねえ。話してもいいけど。めちゃくちゃ驚かれるとは思うわよ」
女御――麗子さんは難しい表情になる。それはそうだろう。恋敵であるが故に。
「……ごめん。母様に話すのはもうちょっと様子を見てからにするよ」
「まあ。その方がいいわね」
「今日は兄上が熱を出しているから。講義はないけど。藤壺の宮については考えないといけないね」
改めて言うと。麗子さんは余計に眉をしかめた。
「……藤壺ね。光源氏と不倫して破滅に追いやる魔性の女というイメージが強いけど」
「はあ。俺としては兄上の妃にでもなってくれたら有り難いんだけども」
「あら。それは名案だわ。翔の奥さんにでもなってもらったら。学君に横恋慕しないか見張る事もできるしね」
見張るとは。なかなかに物騒な言葉だ。けど、兄上に藤壺が入内した方がいいだろうな。父帝には母や麗子さん――弘徽殿女御が既にいるわけだし。これ以上は妃を増やさなくて十分だな。あ、朧月夜の事を話そう。麗子さんがどう考えているか気にはなるが。
「……あの。後、気になる事があるんだけど」
「どうしたの?」
「麗子さんは朧月夜の君の事をどう考えているのか知りたくて」
おずおずと切り出すと。麗子さんはしばらく考え込んだ。そうしてこう言った。
「……ああ。朧月夜。六の君の事ね。あの子は翔に入内させるつもりはないわ。いい所、光の君の弟宮さんにでもあてがうつもりよ」
「はあ。俺の弟宮にかあ」
「そうよ。確か蛍兵部卿宮さんがいたでしょ。彼にでも引き取ってもらうわ」
麗子さんはにっこりと笑いながら告げる。けどなあ。朧月夜の性格だと蛍宮は合わないんじゃないか?
むしろ、主導権を嫁に取られそうに思うぞ。なら。他に合いそうな奴は。……いないな。
「……学君。君はいずれは葵さんと結婚する事になると思うわよ。心の準備はできているの?」
「ううむ。確かに。葵とかあ。俺は良くても向こうが嫌がりそうな気がする」
「まあまあ。学君は顔立ちが綺麗だし。性格も真面目でしっかりしているから。大丈夫でしょうよ」
俺はそう言われて顔が熱くなるのがわかった。たぶん、頬が真っ赤になっているな。て、麗子さんは義理とはいえど。母親ではあるんだぞ。ときめいてどうする。とかアホな事を考えていたら。麗子さんはくすりと笑っていた。
「ふふっ。学君、顔が真っ赤よ」
「え。そ、そうかな?」
「うん。まあ。今日はこれくらいにしましょうか。もう帰ってもいいわよ」
俺は頷く。麗子さんは「また来てね」と言ってくれる。小さく手を振って弘徽殿を後にした。
後涼殿に戻ると母が待っていた。ちょっと心配そうにしている。
「……光。どこに行っておったのじゃ?」
「……えっと。弘徽殿に行っていました」
「もしや。そちらの女房と話でもしておったのかや?」
俺はどう言ったものかと考える。そうしたら母は余計に顔をしかめた。
「……女御様にお会いしていたのではなかろうな」
「その。母様のお言葉の通りです」
「以前に一度、弘徽殿に行ってはおったが。あの後もお会いしていたのかや」
観念して頷く。そうしたら母はほうと息をついた。
「まあ。仕方ないかのう。光が女御様になついた方がそなたのためにもなるし」
「母様?」
「光。粗相のないようにの。女御様のおっしゃる事をよく聞くのじゃ。わかったかや?」
俺は再び頷いた。母は頭を撫でたのだった。
翌日も弘徽殿に向かおうとした。が、何でか母の元に父帝がやって来る。
「……光。弘徽殿の元に行くのか?」
「ええ。そのつもりです」
「そうか。なら。私も行こう」
父帝が言うと母は驚いたらしく目を見開く。
「主上。光と行かれるのですかや?」
「ああ。更衣。悪いが光を借りるぞ」
「わかりました。早めに光をお返しくださりませ」
母が言うと父帝は肩を軽く叩いた。そうした上で俺に近づく。どうするのかと思ったら。膝裏に両手を差し込まれ、ぐんと視界が上がる。縦抱きにされたのだ。
「そなたが歩くよりこうした方が速い。行くぞ」
「行ってらっしゃいまし。主上、光」
母に見送られながら俺と父帝は弘徽殿に向かう。抱っこをされた状態でだが。
「なあ。光。女御から詳しい話は聞いたようだな」
「聞きました。父上はご存知だったんですね」
「ああ。女御が入内してきたその日の夜に聞かされた」
父帝から意外な話を聞いて驚いた。女御――麗子さんは行動が早いな。感心しながらも庭の前栽を眺めた。さらさらと溝河水の音が聞こえる。風も吹き、頬を撫でた。
「……光。左の大臣の姫と婚姻する事にいずれはなる。それについては何か聞いているか?」
「女御様から聞きました」
「そうか。ならいいんだが」
父帝はそう言いながら歩を進めた。俺は将来に結婚するであろう葵について考える。彼女とうまくやれたらいいんだけどな。そう思いながら空を眺めた。