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俺が光源氏に……?  作者: 入江 涼子
光源氏三歳編
2/15

二話

 俺は母と無事に里邸――二条東の院に宿下がりができた。


 里邸に帰ると祖母や老女房達が出迎えてくれる。母と涙ながらに祖母は再会を喜び合った。


「……姫。若宮様。お帰りなさいまし」


「只今帰りました。母上」


「ああ。二人共に元気そうでようございました」


 祖母はそう言うとはらはらと涙を流す。袖で拭いながらも笑う。


「若宮様。この婆を覚えていらっしゃいますか?」


「……ええ。お久しぶりです。お祖母様」


「あらあら。いつの間にかしっかりとなさいましたなあ。婆は嬉しゅうございます」


 涙を拭きながらも祖母は嬉しそうにする。母も涙は引っ込んだらしくにっこりと笑った。


「母上。これからしばらくはこちらにおりますので。何かあれば、いつでもいらしてください」


「わかりました。若宮様。婆に何でもお申しつけください」


「はあ。ありがとうございます。お祖母様」


 俺が礼を言うと祖母はさらに笑みを深めた。


「ああ。若宮様は我が孫と思えぬな。どなたに似たのやら」


「……きっと。父上に似たんでしょうね」


 しれっと言った。祖母は驚いて目を点にした。母もぎょっとしてこちらを見る。ちょっと気まずい雰囲気になったのだった。


 俺は改めて自室に戻ると。今後の計画を綿密に立てる事にした。まずは母や祖母には少しでも長生きしてもらう。次に早めに臣籍降下をする。父帝とは要話し合いだな。後は母を憎んでいるだろう弘徽殿女御方だ。とりあえずは会って女御と話をして異母兄である東宮と仲直りする。そうした上でまずまずの関係くらいには持っていく。難しそうだがやるしかない。

 確か、父帝が母である桐壺更衣を溺愛し過ぎたせいで女御は怒りや憎しみ、嫉妬を募らせていったはずだ。なんと言っても弘徽殿女御は正妻格の妃なわけで。いずれは東宮の生母として皇太后にもなる方だ。ならば、仲良くしておくに越した事はない。長い物には巻かれろではないが。俺や母が生き延びていくためにはその方がいいだろう。

 そして臣籍降下を正式にしたら左大臣家に居候させてもらって。元服するまでに葵の上に会って説得する。最終的には兄の東宮と結婚をしてもらうのだ。よし。これから何をするべきかは決まった。そのためには行動あるのみだ。俺は気合いを入れ直したのだった。


 臣籍降下を早めにさせてほしいと父帝に文を送ってみた。まあ、自筆でだが。祖母や母には話していない。余計な心配をかけさせるし。そう思いながらも返事を待った。三日が経ち、極秘で勅使が遣わされる。といっても勅使としてやってきたのは女官だ。彼女が文箱を携えてきた。受け取り内容を確かめる。


<光へ 


 文は読んだ。


 何でも臣籍降下をしたいとか。


 しばらく時間をおくれ。


 家臣達と話し合いをしなければならないからな。


 なるべく早く結果が出るようには頑張る。


 それでは。


 父より>


 あの母大好きな父帝とは思えない文章だ。父帝なりに俺の処遇は考えてくれているらしい。これにはほっとした。俺はすぐに返事をしたためて女官に託した。「わかりました」という内容でだが。女官は丁寧に手をつくと帰っていった。


 二条東の院にて過ごすようになってから二月――二ヶ月が経った。祖母や母は元気にしている。老女房達も俺を甘やかしながらも元気だ。


「光。今日もいい天気じゃな」


「そうですね」


 今は初冬といえる季節になっている。二条東の院に宿下がりをした時は九月――秋真っ盛りだったが。月日が過ぎ去るのは早い。俺は母の横で火桶に当たる。こうでもしていないと寒いし。


「……光。後二月が過ぎたら。後宮へ戻ろうかや」


「え。大丈夫なんですか。母様」


「だって。主上(うえ)とのお約束じゃろう。戻らぬと失礼に当たるぞえ」


 母は何をと言わんばかりに告げた。俺は仕方ないとため息をつく。


「母様。ぼくは来年になったらお側を離れるやもしれません」


「なっ。光。どういう事じゃ?!」


「……ぼくは。父上にお願いして臣下の身分になるからです。それでですね。後宮ではなく左の大臣のお屋敷にお世話になりたいと思っています」


 そう告げたら。母は驚きとショックがない交ぜになった表情になる。


「そんな。わらわは光が離れてしもうたら寂しゅうなる。それに臣下の身分になったらお主はどうするのじゃ」


「とりあえずは元服できるようになるまでは左の大臣のお屋敷に置いていただきます。元服したら母様の御許に帰ってきますから」


 そう言って慰めるが。母はポタポタと涙を流す。しまいには声をあげて泣き出してしまう。どうしたらと焦る。そうしたら祖母がやってきた。


「……まあまあ。姫、若宮様。いかがしましたか?」


「あ。お祖母様」


「うう。母上。光がわらわの元を離れると言うのです」


 祖母はそれを聞いた途端、目を見開く。


「……何ですって。若宮様が?!」


「……ええ。何でも左の大臣のお屋敷に行きたいとか」


「若宮様。そんな無体な事をおっしゃらないで我らの元にいらしたら良いではありませんか。そんなにこちらが厭なのですかな?」


 祖母に問われる。仕方ないと俺は腹を括った。


「……申し訳ありません。ぼくはもう決めました。臣籍降下をして心身共に叩き直してきますから」


「……光。わかりました。母はそなたが大きくなるまでは元気に待っております。だから必ずや戻ってくるのですよ」


「はっ。約束致します」


 俺がはっきり言うと。祖母や母は涙ながらにも「待っています」と約束してくれたのだった。




 

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