十四話
久しぶりの投稿になります。
長らく、お待たせしました。
俺が前世の記憶を思い出してから、二年が過ぎていた。
その間に、兄の東宮は八歳になっている。俺は五歳だが。後、タイムリミットは一年だ。祖母や母が健康的に過ごせるようにこれからもしなくては。そう思いながら、一人で兄のいる梨壺に向かっていた。父帝はいない。俺は晴れた空を見上げた。
梨壺に着くと、すぐに女房が出て来た。
「あら、若宮様。ようこそいらっしゃいました」
「はあ、兄宮はいらっしゃいますか?」
「ええ、おられますよ。さ、中へ」
女房は頷きながら、御簾を上げた。俺はするりとくぐり中に入る。奥へと歩いて行ったら、既に兄が待ち構えていた。
「やあ、光。今日も来てくれたんだな」
「ええ」
「なら、前に言っていた絵を見せてよ」
俺は頷いて、脇に抱えていた紙筒を前に持っていく。それを広げて兄に見せた。
「……ふむ、前よりは上達したね。花だと分かるようになったというか」
「そうですね」
相づちを打つ。まあ、それくらいには俺の絵って酷いもんだった。今回、描いたのは夏に咲く向日葵だ。描きやすくはあったが。
「これからも続けていきたいけど、光。君は来年になったら、後宮を出ると言っていたね?」
「ええ、そのつもりです」
「どうしようかな、左の大臣にお願いしようか。光に絵を教えてくれる師匠を付けてあげてって」
「え、兄上からですか?」
「そうだよ、これでもね。私は君が心配なんだ」
有り難い台詞ではあるが、スパルタ師匠だったらどーすんだよ。内心ではそう思うが。仕方ないので頷いておいた。
「……分かりました、兄上。お言葉に甘えさせていただきます」
「じゃあ、決まりだね。絵の師匠は左の大臣に任せるとして。今日も弘徽殿に行くの?」
「ええ、行きますけど」
「そっか、母上には私は元気だとでも伝えておいてよ」
俺は頷くと、兄に深々とお辞儀をした。こうして、梨壺を出た。
弘徽殿に向かうと、女房が出迎えてくれた。
「若宮様、女御様がお待ちかねですよ」
「分かった、通してもらえるか?」
「ええ、さ。どうぞ」
女房が奥へと通してくれる。廂の間にたどり着くと御座を用意された。その上に落ち着いた。しばらくして御簾の向こうから人の気配と微かな香の薫りがする。ゆったりと声を掛けられた。
「光の君、久しぶりね」
「ええ、女御様。お久しぶりです」
「東宮には先に会ってきたみたいね、何か言伝はない?」
「はあ、兄宮は「僕は元気にしている」と伝えてほしいとおっしゃっていました」
「そう、宮も最近は元気にしているみたいね。年相応になってきたというか」
女御様もとい、麗子さんは胸を撫で下ろしているようだ。それはそうだろう。兄こと東宮は体が丈夫ではないしな。俺と関わるようになってから、東宮もちょっとずつは丈夫になってきている。まあ、こっそり東宮に滋養に効くらしい食べ物を贈っていたのが良かったのかも。この時代の人はそもそも、肉とか魚を食わないしな。いいとこ、干物の魚を食べるくらいか。
「……皆、わたくしと光の君以外は退がりなさい」
「……畏まりまして」
女房の一人が手をつきながら、言った。同時に人払いがなされる。女房達の気配が遠のくと麗子さんは御簾を自身で持ち上げた。
「学君、こちらへ」
「はい」
俺は頷いて御簾の中に入る。そこには、にっこりと笑う麗子さんが座っていた。衵扇も持っていない。
「本当に久しぶりね、学君。ますます、綺麗さに磨きが掛かったわねえ」
「……そういう風に褒められても、嬉しくありません」
「ははっ、言うようになったわね。まあ、それはそうと。翔が御位に就くまで後少しになったけど」
「そうでしたね、翔兄さんの即位まであまり、時間がない」
「うん、学君は左大臣さんとこに来年には行く予定でしょ」
俺は頷いた。確かに、父帝や麗子さんとはそう約束している。かの女四の宮は兄東宮もとい、翔兄さんの妃に内定していた。確か、兄さんよりは二歳は上だったはずだが。
「そのつもりですが、あちらが俺を受け入れてくれるかは未知数ですし」
「まあ、そうなのよね。四の宮様が翔を受け入れてくれるかも、分からないし」
二人して、頭を捻る。俺は左大臣の娘である葵と将来、結婚するだろうが。葵が俺と仲良くしてくれるかはまだ、分からない。まあ、それは翔兄さんも同じだ。
「……ここで考え込んでいても、埒が明かないわ。学君、私に訊きたい事はないの?」
「そうでした、あの。石鹸の作り方を訊きたいんですが」
「石鹸ねえ、基本的には。灰に油脂を混ぜて作る事はできるわよ」
「そうなんですか!?」
「ええ、じゃあ。必要な材料や道具類を教えるから」
麗子さんは昔に、手作り石鹸を何回か作った事があるらしい。俺は一所懸命にメモを取ったのだった。




