十三話
久しぶりの投稿になります。今年初めてかも?
俺は北山から後宮に戻ってきた。
そして、随身の兄ちゃん其の一もとい、実親と一緒に台盤所に向かう。合歓の木の汁を煮出すためだ。後、蜂蜜を絞るのと草木の灰汁を濾すのもやらなきゃな。頭の中で算段をして、実親やおばちゃん達に頼む。
「……実親、それに皆も。合歓の木の皮をたこ糸で縛ったら。鍋に水と一緒に入れて、煮込んでほしいんだ。そしたら、髪を洗う用に使える。後は蜂蜜を絞りたい」
「わかりました、合歓の木の皮は私や他の者に任せてください。蜂蜜もです、草木の灰汁を濾すのも」
「すまないな、できたら知らせてくれないか?」
「ええ、お安い御用です。若宮様が頑張って採って来られたんですし。我々も腕がなりますよ」
「そうだな、じゃあ。一旦、俺は母上の所に行って来るよ」
手をひらひらと振りながら、言った。実親やおばちゃん達はにっこりと笑って頷く。俺は頷き返した。台盤所を後にしたのだった。
後涼殿に行くと、母が乳母と共に待ち構えていた。
「おお、光。戻ったのじゃな!」
「ええ、母上。只今、戻りました」
「良かった、怪我がなくて何よりじゃ」
母は泣き笑いの表情で言う。乳母も安堵したように笑った。
「母上、今日はたくさんの木の皮や蜂の蜜などを採ってきました。また、お湯殿を使う際には言ってくださいね!」
「ど、どういう事じゃ?」
「合歓の木の皮を鍋に入れて、煮込んで取れた汁は洗髪に使えるんですよ。後、蜂の蜜をお湯にちょっとだけ垂らして。それを髪に塗りこむと保湿にもなります」
俺が言うと、母は目を開いた。
「光、不可思議な事を言うのう。合歓の木の事は知ってはおったが。蜂の蜜を使ったら保湿に良いというのは初耳じゃ」
「ええ、父上や兄上にお借りした書物にあったんです。また、草木の灰汁は体を洗う用に使えます」
「そうなのかや、お主は詳しいのう」
母はひたすらに歓心しきりだ。乳母も聞き入っている。俺は一旦、二人に台盤所に行くと告げた。お辞儀をして後涼殿を出た。
台盤所に向かうと、実親やおばちゃん達が合歓の木の剥いだ皮を煮出したり、蜂蜜を絞ったりとせわしなく動いていた。草木の灰汁を濾すのは、随身の兄ちゃん其の二もとい、孝道がやっている。
「あ、若宮様。桐壺様へのお知らせは終わったようですね」
「ああ、済ませてきた」
「でしたら、ちょっと。見学でもなさいますか?」
「そうだな、邪魔にならないようにはするよ」
「ええ、若宮様にはお見せしたい物もありますから」
孝道はそう言って、濾した灰汁を器用に両手に収まる大きさの壺に注いだ。彼の手は草木の汁がついたのか、黒くなっている。俺は石鹸があればと思う。だが、生憎作り方がわからない。仕方ないから、絶対に麗子さんに訊こうと決めた。
粗方の事が終わると、おばちゃんの内の一人が合歓の木の皮の煮出し汁を中くらいの壺に入れてくれた。灰汁も同じくで、蜂蜜もだ。俺はお礼を述べた。
「皆、本当にありがとう。お礼の品は後日に贈るよ!」
「お礼だなんて、あたし達はお役に立てただけでも嬉しいですよ」
「それでもだ、何かほしい物があったら。言ってくれないか?」
「そうですね、でしたら。唐菓子がいいですねえ」
「わかった、父上や母上には伝えておくよ」
頷くと、おばちゃん達は意外そうな表情をした。俺はスルーして台盤所を後にしたのだった。
後日に、母や女房達に合歓の木の皮の煮出し汁や蜂蜜を洗髪に使ってもらう。また、草木の灰汁も手渡しておいたが。これはまたの機会にと言われた。まあ、そんなこんなで洗髪を終えた母が戻って来る。
「光、終わったぞえ」
「母上」
「……ふう、合歓の木の皮の煮出し汁で髪を洗ったが。なかなかにスッキリして良いの。泡立ったから、驚いたぞえ」
「そうでしたか」
「蜂の蜜を言われたようにたらい桶にお湯を張って。二滴くらいを垂らして、髪に塗りこむのもやってみたんじゃが。三回くらいはお湯を替えたがの。そしたら、心なしか指通りが良くなったようじゃ」
母は嬉しそうに言った。後から、片付けなどを終えた女房達が戻って来る。
「若宮様、こちらにいらっしゃいましたか。更衣様は御髪を乾かさないといけませんから。乳母の君の所にお行きください」
「わかった、では。母上、失礼します」
「うむ、ではの。光」
俺は母にお辞儀をして、廂の間を後にした。
しばらくは乳母や乳姉妹の女童の宛君ちゃんと遊びながら待つ。といっても、乳母に本を読んでもらいながら絵巻物を眺めていた。ちなみに、宇津保物語とか言ったかな。宛君ちゃんはやはり、女の子だからか楽しそうだ。俺はつまらないが。
「若宮様、物語も後少しで終わりですね」
「そうだな、宛君ちゃん」
「何だか、つまらなそうですけど」
宛君ちゃんに言い当てられて、ギクリとなる。なかなかに鋭いな。やっぱり、この乳母の娘だからか。
「そ、そんな事はないぜ」
「うっそだあ。若宮様、さっきまでウンザリしたお顔をしていましたよ」
「え、んな顔をしていたか?」
宛君ちゃんは腰に手を当てた。
「わかりました、もう絵巻物は止めにしましょう。そろそろ、夕餉の刻限ですし」
宛君ちゃんはそう言って、乳母に目配せをした。乳母も小さく頷く。俺は焦りながらも、さすがに親子だと思った。乳母や宛君ちゃんは夕餉のお膳を取りに、俺の部屋を後にしたのだった。




