十一話
俺が転生した事に気づいてから二年が経っていた。
年が明けて五歳になっているが。
母の更衣は二十三歳になっていた。毎日、俺が考案した鹿肉のシチューや野菜たっぷりのサラダを食べているからか、元気がいい。祖母にも食べてくれるようにとレシピを文に書いて託した。返事の文によると、祖母はサラダを特に気に入り毎日食べてくれているらしい。ちなみにドレッシングはごま油に塩や二、三種類のスパイス、お酢を混ぜたものだ。祖母は鹿肉のシチューも三日に一度は食べているようだが。まあ、鹿肉もそんなしょっちゅうは入手はしづらいし。そう思いながら兄から出された絵の課題に取り組む。
(やっぱ。難しいな)
今は花瓶に生けられた朝顔の花をスケッチしていた。仕方なく水で薄めた墨を細筆に浸しちょっとずつ輪郭を描いていく。が、朝顔に見えない。変な食虫植物みたいになってきている。泣きそうにもなる。
「……光。まだ、絵を描いていたのかや」
「母様」
「東宮様と仲良くさせて頂いているようじゃな」
母はそう言うとにっこりと笑う。まあ、こうして見たら確かに儚げな美女ではある。俺にしてみたらタイプではないがな。とか考えていたら怪訝な表情をされた。
「……光。何か失礼な事を考えていないかや?」
「そ、そんな事はありませんよ」
「本当かや」
母はじとりと胡乱げな目つきになる。こりゃマズいな。そう思いながらも俺はスケッチを再開したのだった。
夕方になりやっとスケッチは一段落する。ふうと息をついた。
「……光。そろそろ夕餉の刻限じゃ」
「あ。母上」
「おや。東宮様からのお題をやっておったのかや。根を詰めすぎてはいかんのう」
母がそう言いながら自身でお膳を持って入ってきた。それを俺のすぐ前まで置く。
「……さ。食べるのじゃ」
「……いただきます」
仕方なく筆を置いてお膳の前に向き直る。お箸を取り食事を始めた。今夜のメニューは水漬けのご飯に大根のにらぎ、タコの干物、山菜のおすまし汁だ。はっきり言っていつもよりちょっと豪勢かな。
「うん。今日もうまいな」
パリポリと音を立てながら大根のにらぎを食べた。水漬けのご飯でかき込む。お行儀が悪いが。タコの干物はちょっと固いが。何とか噛み締めながら食べる。おすまし汁を飲みながら今後の事を考えてみた。
(……どうすっかな)
父や母と約束したが。いずれは左大臣家にしばらくは居候する。それまでに母や祖母にレシピを手渡して。ラジオ体操やストレッチも続けてもらう。後はシャンプーやリンスの原材料を採取しに行く。ついでにボディーソープ代わりになりそうなのもリストに入れておこうか。あ、石鹸の作り方がわかんねえな。仕方ない。弘徽殿様――麗子さんに作り方を知らないか聞いてみよう。頼りの綱ではある。知らなかったら他の方法でやってみるしかない。やることはいっぱいある。よし、明日はシャンプーなどの材料採取のためにも北山を目指すぞ!
そう決めながら水漬けのご飯をかき込んだ。
夕餉が終わり俺は御湯殿に入りたいと傍らにいた母に頼む。母はすぐに頷いて女房達に支度をしに行くように言う。俺は乳母と一緒に御湯殿へと行った。
「……若宮様。お珍しいですね。夕餉の後に御湯殿を使われるのは」
「そうかな」
「ええ。私はそのように思いますよ」
乳母は歩きながらも頷く。手には俺用の着替えなどお風呂セットを持っているが。ちなみに小豆を乾煎りして粉状にひいたのが入った布袋や米ぬかの布袋などがある。小豆のはシャンプーで米ぬかのはボディーソープといったところだ。リンスは御湯殿で用意してもらうとして。俺はさてと再び乳母を見た。
「……乳母の君。明日は北山に行きたいんだけど」
「あら。北山にですか?」
「うん。その。お祖母様や母上が使う洗髪用の木の皮とかとってきたいんだ」
「ま。若宮様がですか」
「そうだけど」
乳母は目をひんむいて歩みを止めた。どうしたのだろうと思っていたら乳母は前のめり気味に言った。
「……いけません。北山に若宮様お一人で行くなど。危のうございます!」
「えっと。護衛の者は連れて行くよ。父上には許可をもらうつもりだから」
「それならそうとおっしゃってくださいまし。心配してしまいました」
乳母はムッとしながらも歩くのを再開する。俺はどうしたもんかなとため息をまたついた。
御湯殿に行き、サウナ室風の部屋にしばらくはいた。三半刻――30分くらいはいたように思う。部屋を出て浴室にて髪や身体を女房達によって洗われる。まずは髪をお湯でゆすぎ、小豆の粉のエキスで洗った。念入りにしたら台盤所からもらったらしいお米のとぎ汁が用意された。お湯で髪をすすぐ。一通りしたらとぎ汁で洗い、またすすぐのを繰り返した。次に米ぬかのエキス――目の粗い布で包んだ米ぬかをお湯に浸した液体で身体を洗った。お湯を汲んで何度か流す。後で自分で受け取った手ぬぐいらしき布で身体の水気を拭き取る。元の現代日本にいた時のように首や肩などから拭いていく。
「……ふぃ〜。さっぱりした」
おっちゃんのように言ったら女房達が鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしていた。苦笑いしながら急いで脱衣場らしき部屋に行ったのだった。
洗濯された着物に着替える。寝間着姿だが。乳母が風邪をひいたらいけないと言って上着を着させてきた。されるがままだが。夜中は冷えるので正直言うと助かった。寝室に急いだのだった。




