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更新に間があき申し訳ありませんでした。
ボチボチ更新再開しますので、またよろしくお願いします。
リーンの髪は今サラッサラのツヤッツヤだ。家に帰ってから強制的に香油を使ってお手入れされている。
一応貴族の端くれとはいえ士爵の息子で村で暮らし、最終的には冒険者として各地を旅する生活になるというのに。どう考えても自分には必要無いものだと思うが断ることも出来ずに微妙な顔で毎日手入れされている。
開けられた窓から風が入り込み少し俯いたリーンの髪をふわりと揺らした。陽の光を弾きながら重力に従いサラサラとまた元の形に戻る。
ほうっと周囲の人々からため息が漏れた。
「…………」
「諦めろ」
「ふっふふ。ぶふふ」
なんとも言えない顔で周囲を見るリーンの肩をセオがため息と共に叩き、ケネスは横で顔を背け口元を押さえてプルプルしている。
今日は今後の冒険者としての活動や商会の設立、転移箱の扱いなどについて三人がドランに呼ばれていた。
場所は自宅横の建物。普段ドランが顔役達と話し合いをしたり書類仕事をする場所だ。リーンもお勉強の時に何度か来たことがある。
「んん。三人共よく来てくれたね。転移箱についてシルヴィオ様から調査結果が届いたんだ」
三人の向かいのソファに座ったドランが空気を変えるようにニコリと子供達に話しかけ、脇に置いた書類から上の数枚の紙を手に持つ。周囲でぼうっとリーンを見ていた補佐の人々もはっとしてそれぞれ動き出した。
「転移箱の扱いはどうなるのでしょうか」
この建物の中ではリーンもドランに丁寧な言葉で話す。そういった場面での練習も兼ねて昔からのルールだ。
「うん。問題無さそうだよ。やはり今までは出来ないものと思い込んでいただけのようだ」
侯爵家お抱えの空間魔法が使える付与師にやらせたところ、手の平よりも小さな箱で成功したらしい。
付与師が言うには箱が大きくなればなるほどに必要魔力が跳ね上がり、普通の小物入れなどに使う大きさの箱で試した時には何をどうやっても無理だと感覚的に分かったのだそうだ。恐らく今までやろうとした人々もその感覚を前に諦めたのだろう。
過去の記録を調べた結果もそのような記録が残るのみで成功例はひとつも無かったようだ。
「転移箱は君達の商会で制作して侯爵家が後ろ盾となっている商会で売ることになった。既に注文も入っているよ」
「この大きさのものを二組とこの大きさのものを二組。オーク材の木箱との指定です」
補佐官が見本の木箱を二つテーブルに置く。両手の平を合わせたぐらいのサイズとそれより一回り大きなサイズ。
「小さな方が一組200万ルク、大きな方が一組300万ルクでの買い取りだそうです」
「うん?」
「……は?」
「うぇ?」
補佐官の言葉に思わず声が出た。
「あぁ、もちろんそれは最低価格だ。箱自体の出来によって買い取り価格を上乗せすると聞いているよ」
ドランが補足説明をしているがもう三人共聞こえていなかった。ちょっと桁が違う……。
「ん。でも、他の人も作れるん、ですよね?」
だからこそ売り出そうという話になったのでは。
「理論上はね。ただ先程も言ったように箱が大きくなると必要魔力がとてつもなく多くなる。現在侯爵家のお抱えの中でこの大きさの箱に転移魔法を付与できる者はいないそうだ」
見本で出された箱は大きい方でもリーンが付与した書類入れよりずっと小さい。
「どうだろう。注文を受けるかい?」
提示された金額に驚くものの制作自体は問題無い。三人は顔を見合わせて頷いた。
続いて商会設立の話。
「転移箱は来年の春に納品の依頼になっているから、納品に三人でリュクスに行きそこで商会の登録をしてもらう」
「え。リュクスに行ってもいいの?……ですか?」
キャシーとヴィオに会える。思わず身を乗り出して聞くリーンにドランが苦笑した。
「もちろん。というか君達はもう立派な冒険者だろう?ここを拠点に暮らす冒険者なのだから好きにしていいんだよ。相談はしてほしいけれどね」
どういう意味なのか分からずポカンとする三人にドランが説明してくれる。
エンハの街に行く前は身分としてリーンは貴族の息子の準貴族、セオは狩人、ケネスは農民だった。リーンとセオは金銭でケネスは農作物で税を納める必要があり、実際それぞれの家庭から税が納められていた。
それがエンハで冒険者登録をしたため書類上は独立したような扱いになっているらしい。セオもケネスも狩りや農作業の義務はもう既に無いのだそうだ。
「冒険者としての税はかからないが、商会を設立した後は年10万ルクずつ税を納める必要がある。あぁそれと、商会の設立の際に国から許可証を買わなければならないね」
許可証は扱う商品や商売の範囲によって金額が変わるが、商品の種類に制限無しで国内のみの商売なら300万ルク、国外で商売することもできる許可証は800万ルクもするらしい。
それを考えると今回の転移箱の注文はちょうど良かったねと笑うドランをじっと見つめる。ちょうど良かったのではなく、ちょうど良くなるように調整してくれたのだ。
「お父さん、ありがとう」
ちょっとルールを破ってしまったけれど。満面の笑みでお礼を言うリーンにお叱りの言葉は誰からも出なかった。
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ドラン達との話し合いが終わり、三人はいつもの秘密基地への道を歩いている。
「もう農民じゃなくなってたとか。知らなかったんだけど」
ケネスがちょっと呆然と呟いた。農作業をしようとする度に周囲が「え?手伝ってくれんの?」みたいな反応をしてくるので不思議には思っていたらしい。
「俺は普通にこき使われてる」
セオの方は特に変化無いようだ。狩人達は元々自分で狩った獲物から取れる素材を売って年に一度その中から税を払うという形なので、独立してもしてなくともあまり変わらないのかもしれない。
「冒険者は税がかからないって知ってたのに。全然気付かなかったね」
リーンがクスクス笑う。冒険者登録できる年齢ではないのに登録してしまったイレギュラーのため、その辺をまるっと考え忘れていた。
でもこれで自由な時間が大幅に増えた。村を出て泊まりでどこかに行くのも報告さえきちんとすれば問題無いそうだ。
転移箱を持っていくことと毎日の連絡は絶対だと念を押されたが。
「んん〜。なぁんか突然自由って言われても困るぅ」
「別に急に生活変えなくてもいいだろ」
今まで少ない自由時間をやりくりしてきた二人は喜びと戸惑いの両方があるようだ。
「そうだね。家族のお手伝いも大事だし。あ、でも箱は作らなきゃ」
転移箱の付与は数日あれば四つ問題無く完了できるが、箱自体を作るのはそれなりに時間がかかる。
「んじゃーどんな細工にするか相談しよっか」
「受け取った材料に金具入ってたな」
「うん。こう、パカって蓋が開く形で、ここに留め金があって鍵が……」
身振り手振りで箱の仕組みを説明するリーンと首を傾げる二人。理解してもらえなかったことに首を傾げるリーン。
再度同じ説明をして再度首を傾げる三人。
書類上はなにやら立場が変わったらしいが、実際の彼らは特に変わりなくいつも通り仲良く森の奥へと歩いていった。