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ヨーシフはここから東にある港町に店があるらしく、この後また山脈をぐるっと迂回して辺境経由で帰るのだそうだ。
「えぇ。二年前はギールにいたよね?行動範囲広くない?」
「ギールの街には娘が住んでてなぁ。あの時は子供が産まれたと聞いて女房と二人で遠出したんだ」
「奥さんは港町に住んでいるの?」
頬張っていたミートパイを飲み込んで聞くと寂しそうに目線を下げて笑うヨーシフ。あ。
「女房は孫可愛さにギールから戻ってこねぇ」
「生きてんのかよ」
セオと同じく亡くなっているのかと想像したリーンとケネスが首を傾げた。
その後港町で店の留守を預かっている息子達の話や、ギールの娘夫婦に二人目が産まれて益々奥さんが帰ってこなくなりそうだという話を聞いた。
息子が三人と娘が一人いるらしいので奥さんも娘が心配なのだろう。旦那さんが天涯孤独な上にギールで軍に入っているらしいので尚更だ。
「まぁお互いやりてぇことやってるからいいんだがな」
ヨーシフは行商が好きで奥さんは孫の面倒を見るのが好き。
お互い残りの人生を楽しんでいるんだとお腹を揺らして笑う。その顔はとても満足そうだった。
こちらもキャシーがリュクスの街に行った話などをして、ミートパイを完食する頃に精霊の話になった。
「今は気まぐれで鳥の姿になってるだけだ。いろんな姿に変化させてやるといい。そのうち気に入った姿に落ち着くさ」
ヨーシフの話ではびよん達はまだ形を決めていないので何にでもなれるらしい。
「何にでもって、人の姿にもなれるのぉ?」
「人ぉ?なれるかもしれねぇが……。人型を好む精霊はよっぽどの変わりもんだなぁ」
ん?高位精霊が人型になるという話なのでは。三人が顔を見合わせるとヨーシフが続ける。
「翼があって飛べたりヒレがあって早く泳げた方が楽しいだろ。人は何も楽しくねぇ」
その言葉にものすごく納得した。
いろいろと聞いてみると世間で言われている話とはだいぶ違っていた。どちらが正しいのかは分からないが。
まず人型=強いというわけではない。人型になっている精霊は人に対して凄く好意的か凄く憎んでいる場合が多いので、そういった精霊が困難な状況で助けてくれたとか街を滅ぼしたなどの話が残っていて強いというイメージがあるだけだろうと言う。
「力の強さと姿はあんまり関係ねぇなぁ。派手な姿してんのは派手好きだからでけぇことやらかすだけだ」
そういうことらしい。びよん達が色違いなのも自分達の得意な属性をアピールしているだけなんだそうだ。
「教えてくれてたんだ」
衝撃というか、ずっとアピールされていたのにそれぞれの属性に気付いたのがごく最近だというのがなんとも……。
瞳を瞬くリーンの両隣でため息が重なった。
聞きたいことをあれこれ聞いて気付いたらもういい時間。
名残り惜しいがリーンのお腹もはち切れそうなのでお開きとなった。
「うぅ……。お腹苦しい」
「回復魔法で胃腸活性化させといたらぁ?」
そうだ。その手があった。
ベッドに寝転んだままお腹に回復魔法をかける。即効性は無いはずだけどちょっと楽になった。
「食い過ぎ、いや食わせ過ぎたな」
セオがバツが悪そうな顔で覗き込んでくるが、最後にイチジクのタルトが出てきてお腹いっぱいなのに食べてしまったのはリーンだ。
「ふふ。イチジクのタルト美味しかったね」
ここから更に南の村で砂糖の原料になる蕪を育てているらしく、この街では砂糖が安価なのだ。もちろんリーンもたくさん買い込んだが。
砂糖を贅沢に使ったタルトの美味しさを思い出してニマニマする。あれは仕方ない。
イワンは昨日ヨーシフと二人でお酒と夕食を共にしたらしく、今日は一緒じゃなかった。イワンの分も含めて丸ごとタルトを包んでもらったので帰り道でデザートに出そう。
他にも数種類のタルトがあったので家族の分と帰りに寄るニコラス達へのお土産にも包んでもらった。
セオとケネスもお土産に注文していたのでお店は大変だったかもしれない。
鑑定でタルトの作り方は分かったので帰ったら秘密基地にオーブンを作ろうと心に決める。果樹も植えるし、いつでも美味しいタルトが食べられたら最高だ。
「良かったな」
「ポーションも喜んでくれて良かったねぇ」
セオが仕方ない奴だとでも言いたげにリーンの頭をポンポン叩き、ケネスが陶器に入った軟膏を手にニコニコ笑う。
先日のお礼だと約束の軟膏をもらった。記憶と変わらず陶器の器に綺麗な絵が描かれていて上品で可愛らしい。
この器は三男が作っていて中身の軟膏は次男が作り、長男が売っているんだとか。
ポーションを贈ったことでケネスが薬師だと知り自分で作れるじゃないかと言われたが、ケネス曰くこの軟膏は村周辺で取れない素材が入っていて作り方も違うのだそうだ。こちらは美容というか、肌を綺麗にするような効果に特化してるらしい。それに器も含めてひとつの商品だ。
これがいいんだと三人揃って言うとヨーシフも嬉しそうに笑っていた。
そんなことを思い出しながらゴロゴロしていると段々と眠くなってくる。まだ早い時間だしイワンも戻ってきていない。
起きようと目を擦ると毛布をかけられた。
「ねみいなら寝ろ」
「明日からまた移動だしね」
そうしようかな。明日は早起きしてキッシュを焼きたいし。
「ん……おや、すみ」
既に半分夢の中に入り込みながらなんとか二人におやすみの挨拶をした。返事は頭ポンポン。
なんか、いつかもこんなことがあったような。
そうして短い夢の冒険者生活の最後の夜は穏やかに過ぎていった。
そしてその頃イワンは酒場でグデグデに酔ったギルド長にあの子供らどうなってんだと絡まれ、秒で沈めていた。
矢継ぎ早の少年弓使い、豪剣の超絶強面少年、鬼畜で癒し系なちびっ子、ギルド長をにこやかに沈める熊。
エンハの街でしばらく噂話のネタには困らなそうだ。