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賑やかな街の中を三人で歩く。
この街にも街の中を走る馬車があるが、どの辺に何があるのかほとんど知らないので通りに出ている商品や行き交う人々を眺めながらのんびり歩くことにした。
「お、チビちゃん今日は依頼やんねーのか」
「うん。今日はお買い物」
たまに冒険者らしき男達に声を掛けられおすすめの店なんかを教えてもらう。南門近くに大きな肉の塊を焼いている店があり、注文すると切り分けてくれるらしい。
両隣の二人がきっと喜ぶだろうとニコニコお礼を言って別れた。お昼に探してみよう。
「ほんっと人気者になっちゃって」
ケネスがやれやれという感じでリーンの頭をポンポン叩く。
「子供が珍しいのかな」
「ちげえよ」
首を傾げるリーンにセオが間髪入れずに突っ込んだ。ケネスが苦笑しているのを見て更に首を傾げる。
登録したての子供もギルドにはいる。そしてそういった子供達に対して周囲は無条件に優しいわけではない。それは冒険者の世界に限った話ではなく街でも村でも同じ。
基本的に子供は大人に満たない労働力で育てば使える存在という認識だ。場所によっては使い捨ての労働力として扱われることすらある。
そんな中で何故リーン達が構われるのかというと単純に面白いからだろう。次に何をするのか予想がつかずついつい見てしまう。セオとケネスはリーンが "たらし" のせいだと思っているがそれだけでもないのだ。
じゃあなんでと訊いたがため息で返され釈然としないまま歩いていくと大通りに出た。
「わぁ」
「この辺はいっそう賑やかだねぇ」
この街は壁が多く狭い通りなどは完全に日陰になってしまう。そんな場所をずっと歩いて大通りに出ると、その賑やかさと明るさに一気に別の場所に来たような感覚があった。
「食いもんばっかだな」
リーンとケネスがその光景に圧倒されている間セオは冷静に周囲を見ていたらしい。言われて見てみると確かに生肉や野菜、果物がたくさん並んでいる。
「んー。珍しい野菜とかも気にはなるけど」
今日の目的はそれじゃないし、と言おうとしてリーンの鼻が嗅ぎなれない独特な香りを捉えた。
「スパイス!」
パアッと顔を輝かせてどこかへと弾むように歩き出したリーンに二人が苦笑してついていく。料理は完全に彼の趣味になってしまったようだ。
「旨い飯は歓迎する」
「ふふ~だよねぇ。帰りも楽しみ~」
その後スパイスの店で訳の分からない葉っぱや干からびた実に狂喜乱舞するリーンにまた二人で苦笑するのだった。
村では絶対に手に入らないスパイス類をたくさん買い込んで、隣の隣のお店で紅茶も手に入れた。
この国で庶民が飲むお茶といえばハーブティーのような物が普通だが、ターナー家ではミリアが好んでいるため紅茶が出てくる。贅沢ではあるが綺麗な服や装飾品を入手することも困難で、また入手しても使う場所も無いのでドランがせめてお茶ぐらいはと昔から手配していた。
リーンもその影響で紅茶が好きだがハーブティーもピリピリするお茶もホットワインも好き。今回購入したのは家へのお土産だ。試飲もさせてもらって厳選した。
「本のお店はこの奥だね~」
今はケネスがスパイス屋で聞いた場所に向かっている。リーンが各種スパイスに夢中になって鑑定を駆使しながら商品を選んでいる間にケネスは店主と意気投合していた。
最初は面倒そうに相手していた店主が「お?」という顔になり最終的に「お前さんは大物になるぞ」と笑ってケネスの背を叩くまでの変化は見物だったとセオが語った。
この街に初めて来たのだと言うと、ここでしか買えない物を売っている場所や信頼できる店などいろいろと教えてくれた。本屋に向かう前に安く質のいいガラス製品を売る店にも寄っている。
「ほんとお前はこういうの得意だよな」
「凄い」
呆れたように言うセオにリーンも頷いて同意する。
「そりゃあね。交渉担当ですから~」
ケネスが得意げに笑う。交渉担当で地図担当で罠担当で薬担当で弓担当で……実に多才な少年だ。
その多才な少年が出来ない事を二人が担当し、三人がお互いを「こいつとんでもないな」と思いつつ負けていられないと努力するせいで現在 "規格外のチビちゃんパーティ" と呼ばれる事態になっているのだが。
本屋では医術の本と薬草の本、それとスキルの本を買った。
ケネスは村のオババから薬師としての教えを受け代々大切に受け継がれている書物なども見せてもらっている。オババは偏屈な老人で身内でもないのにこの待遇は有り得ないのだが、そこはケネスなので。
とはいえ、オババの家にあるのは当然マルツ村周辺で入手できる素材に関する記述しか無い本で、どこにでもあるような物はともかく地方独特の薬草などはまるで分からない。
ケネスはずっとそのことを歯がゆく思っていたようだ。
本は高価でどんなに安くとも50,000ルクを超える。それでもリーン達は今回依頼以外でもたんまりと稼いでいるし、何よりケネスが目をキラキラさせて喜んでいるのを見れば安い買い物だったと思えた。
リーンがセオと顔を見合わせてくふふと笑う。
お昼は予定通り肉の塊を焼く店に行き、いい色で油が染み出たお肉を薄いパンに包んだものを買う。店の近くに行くだけでいい匂いが漂っていてすぐに分かった。
セオとケネスは三つずつ、リーンは一つ。屋台の周辺にテーブルと椅子が並んでいるのでそこに座りキャベツと鶏肉のスープも買ってきて昼食だ。
「うまぁ~。この甘辛いソースなんだろ」
「果物と野菜をすり潰してワインと煮詰めてるんだって」
「鑑定か」
セオの言葉に頷く。辺境の方で一般的なソースらしい。鑑定結果に出た野菜と果物を後で買って帰ろうと決める。
二人の「美味しい」という言葉にリーンは敏感だ。もちろん帰ったらベーコンも作るつもりでいる。
「んん?鑑定そんなにレベル上がったのぉ?」
素材や工程まで出るのかとケネスが驚く。
「ううん。料理に使えるものとか、料理は詳しく出るの」
なんだそれという二人の視線にやっぱりこれは普通じゃないのかと納得してウンウン頷いた。
多分料理スキルと鑑定スキルが混ざったのだろう。
「ナチュラルに混ぜんな」
「リーンといると普通が分からなくなるぅ」
眉間のシワを深くするセオと困った顔で笑うケネスに首を傾げるリーン。混ぜるなと言われても。
きょとりとするリーンに二人がため息をつく。スパイスなんてどこで知ったのかと思っていたら鑑定結果か。
その後ケネスの仰せのままに布や糸を買い、果樹の苗も冬の寒さと多雨に耐えられるものをいくつか買った。
セオの剣も少しいいものにしてソース用の材料も買ったらちょうどいい時間。ここから待ち合わせ場所の冒険者ギルドまでゆっくり歩けば約束の時間に着くだろう。
「回復魔法は任せて」
「中級ポーションもあるしぃ」
「あ、でも殺しちゃダメ」
「神の奇跡再びもちょっと。ザラさん絶対怒るから~」
道中リーンとケネスの言葉に頷いていたセオがはたと止まる。どうやら自分が勝つ前提で話をしているらしい。
「セオ?」
「どしたのぉ」
不思議そうな二人の顔を見ると腹の底から愉快な気持ちが込み上げてきた。
「ふは、は。んん、任しとけ」
珍しく吹き出すセオに益々不思議そうな顔になる二人。
もとより負けるつもりなど無かったが、これは無様な姿など絶対に見せられないぞと気合いを入れる。
普通に考えればBランク冒険者で筋肉ムキムキの男相手にいくら規格外とはいえ八歳のセオが勝てるとは思えない。
セオの体格が良いというのは年齢を考えたらの話でパウロと比べれば明らかに華奢だ。
それでも、なんの疑問もなくセオが勝つと信じている二人のためにお遊びの手合わせがお遊びではなくなった。
獰猛な顔で笑うセオと対峙したパウロがちょっと後悔したのはこの数十分後の話。