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三人でウズウズしながら待っていたのだが、ヨーシフへの質問攻めは延期になった。
リーン達が呼び出される事態になったので。
憤慨しながら戻ってきたイワンとヨーシフによれば、最初はヨーシフの護衛依頼を受けていたアマート達への助力の感謝と街に殺到してきた魔物の群れを土壁で一旦防ぎ、門を閉める時間を稼いだ土魔法使いに街から報酬を出すという話だったらしい。
が、そこで役人がそれ程の力がありながら何故防衛戦に参加しなかったのだと文句を言い出した。力ある者は義務を果たすべきだとも。
土魔法使いは子供で冒険者ではなく防衛戦への参加義務も無いと言っても聞かず、子供にそんな事ができるかふざけるなと更に激昂したので収拾がつかなくなったんだそうだ。
最終的に冒険者ギルドの職員の提案でギルド長が立ち合ってのお話となり、皆纏めて冒険者ギルドにご招待された。
「ギルドの中に入れるのは楽しみ」
「そぉだね〜。煩かったら役人土壁で囲っちゃえば?」
「そうだな。囲って埋めとけ」
囲って埋める。それはちょっと。
冒険者ギルドへの道中、ニコニコしたまま首を傾げるリーンにイワンがにこやかに頷く。
「ギルド内での出来事は大抵のことなら揉み消せます」
「そりゃあいいな。やっちまえ」
ヨーシフまで腕をブンブン振って言う。
あ。皆結構怒っているみたいだ。
追われていた馬車に手を出す時点で面倒な事を言われる可能性には思い至った。自分はともかく自分の周りにいる三人も巻き込んでしまうのは困る。かと言って目の前で人が魔物に飲み込まれるのを見ているのもちょっと。
その結果土魔法だけで何とかする事にしたのだ。土魔法使いと火魔法使いがいるのはアマート達に既にバレているし、その他の属性を使うよりはまだマシだろうと思って。
ニコラス達の村まではさすがに調査しない筈。
「坊ちゃんは土魔法使いということで。火魔法は私が引き受けます」
「うん。ありがとう」
イワンも同じ考えのようだ。
あの時、リーンが何をしようとしてたのか気付きながら馬の脚を弛めてくれたイワンと何も言わずに加勢してくれた二人に改めて感謝の気持ちを抱く。
結果的に馬車に乗ってたのは知り合いだったし後悔はしていないけど。相変わらず大人達の世界は力があるだけではダメでなかなかに難しい。
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「…………」
「…………」
役人の前でニコリと笑って土魔法使いですと言ったら固まられた。役人はもう一人一緒に連れて来ていたがもう一人もまじまじとリーンを見て固まっている。
ここはギルド長の部屋でリーン達が来た時には既にアマート達も居た。ザラは不貞腐れた顔でそっぽを向いていてパウルは微笑んで目礼、アマートはにこやかに手をヒラヒラしてた。言葉は交わしていない。
ギルド長はロジオンと名乗った五十代ぐらいのムキムキの渋いおじさんで、イワンを見て首を傾げていた。イワンはスルーしていたけどもしかしたら知り合いなのかも。
ちなみに楽しみにしていた冒険者ギルドの受付などは見ていない。防衛戦の報酬を受け取る冒険者でごった返していたので入れず、裏口から入った。残念。
で、これはどうしたらいいのだろう。
「そのチビちゃんが土魔法使いなのは保証するよ。突然の援護に驚いて前見たらチビちゃんがちまっとこっち見てたからねー。いやぁ驚いた」
首を傾げているとアマートが口を開いた。ただ、小ささを強調しすぎじゃないだろうか。
「それだけではこの子供が魔法を使ったかどうかなど分からないではないか!大人もいたのだろう」
役人がイワンを見る。
「私は火魔法しか使えませんよ」
「ふん。口ではなんとでも言える」
「おや。『赤熊』が火魔法以外使った記録は無い筈ですが」
「……ひぃ!!」
腕を組んで渋い顔で見守っていたギルド長が突然悲鳴をあげガタガタと椅子を揺らして立ち上がった。
「ちょ、やっぱり!似てるなってちょっとだけ」
「私が火魔法しか使えないのはギルド長がご存知ですよ。ね?」
「なん、あ」
「ご存知ですよね?」
「あ、ハイ。ハイ。ご存知デス」
おもちゃみたいにコクコク頷くギルド長。さっきまでの威厳はどこにいったんだろう。そしてイワンは過去何をしたんだろう。ギルド長が中腰でジリジリと遠ざかっていってる。
ポカンとしている役人二人にニコリと微笑んで「火魔法しか使えません」と再度主張した。
「そもそもなぁ、力ある者の義務ってぇのはなんだい。そいつは冒険者達の話じゃあないのか。それなりに優遇するから緊急時には働けって話だろう?坊ちゃんらになんの関係があるのかね」
それまで黙っていたヨーシフが大きなお腹を揺らして役人達に詰め寄る。なかなかの迫力だ。
「あ、いや」
「坊ちゃんらは俺の命の恩人だ。俺を助けて護衛の冒険者も助けて、結果街の門を閉める時間も稼いだ。その報酬に求めたのは軟膏一つだぞ軟膏一つ!あんたらこの子供達にこの上命をかけて戦うべきだったと言うのか!」
血圧、血圧が上がってる。リーンがヨーシフの横でオロオロしてると役人の片方がスっと頭を下げた。
「申し訳ない。おっしゃる通り冒険者でもない一般人にはなんの義務もありません」
丁寧に詫びる姿勢にヨーシフも少し落ち着いたようだ。
「私はこの男の失言をお詫びするために来たのですが。あれ程土魔法を巧みに使ったという方があまりに年若いので驚いてしまって」
重ね重ね申し訳ないと再度頭を下げる役人。リーンに対しても眉を下げて微笑む。
だけど何だろう。その目が獲物を狙っているような感じがする。首を傾げるとセオとケネスがリーンの横に並んだ。
「じゃあもう用は無いよねぇ」
「君は弓使いの少年だね。走る馬から矢継ぎ早に魔物を射抜くとは。素晴らしい腕前だった」
「ハイハイどぉも。もういい~?」
全く聞く気がないケネスに役人がちょっと面食らっている。
褒められて喜ぶとか照れるとかすると思ったんだろう。普通の少年ならそういう反応をするだろうけど。
「あ〜なんだ。ええとほら。この子供達に関しては冒険者ギルドで一旦預かる。子供らに用があんならこっち通せ」
ギルド長がチラチラとイワンに視線を送りながら役人に告げる。イワンが満足げに頷いているのが見えた。
「なんの権利があってそのような」
「あったりまえでしょー。この子達は俺らの護衛依頼に加勢してくれたんだし。結果的に共同依頼になってるよね」
アマートがリーンの後ろに立ちヨシヨシしながら言う。リーンの頭を撫でるのが気に入ったらしい。
「……彼らは冒険者ではないという話では?」
「一般人が依頼に助力した際の取り決めもあんだろ。こっちの手続きが終わるまではすっこんでろ」
眉を寄せる役人にギルド長が投げやりに言ってしっしと手を振る。この調子ならリーン達が街を出るまで手続きとやらは終わらないだろう。
役人は口を開けて閉じ、首を振った後に報酬を置いて帰っていった。特に悪い人では無さそうなんだけど。なにか利用してこようとする空気はちょっと。
バイバイと手を振ったら苦笑して片手を上げてくれた。