74
そのまま森沿いを進みながら、再度魔力を広げて周囲を探ってみる。狼や鳥はチラホラいるが数が少ない。
「多分村を過ぎたら多少増えると思うよぉ」
「この辺りはもう少し賑やかな筈なんですが。コックローチから逃げたのでしょう」
疑問に思っているとケネスとイワンが教えてくれた。
そう言えばエンハの街周辺に普段見ない魔物が出たと言っていたなとアマートの言葉を思い出す。
どんなのだろう。出来ればお肉が美味しいやつがいい。
本当は村の広場でお昼ご飯の予定だったが、あれこれとあって遅くなってしまったので途中で簡単に作って食べた。
昼食を済ませて更に進むと村が見えてくる。街の一つ前の村だし普段は魔物も多いためか、いつか見た村のように石壁で囲まれていて立派だ。
「この村には宿もあるんだけどぉ」
「泊まれねえな」
「残念」
野営は野営で楽しみだけど、宿も普段泊まるどころか見る事も無いので凄く興味がある。
「エンハの街で泊まれますよ」
「え。泊まっていいの」
全部野営の約束じゃ。ぐりんと後ろを向いてイワンを見上げると苦笑された。
「せっかく遠出したのですからエンハで何泊かして構いません。資金もたっぷり手に入れた事ですし」
勉強の一環ですと微笑むイワンに三人が歓声を上げる。
「やったぁ〜!どんな物が売ってるか見て回ろぉ」
「教会に行けるな」
「ふふ。美味しいもの食べよう」
それぞれ目的が違うようだが三、四日も滞在すれば全員満足するだろう。イワンの脳裏にヤキモキするドランのしかめっ面が過ぎったが頭を振って追い出し、何をしようと盛り上がる三人をにこやかに見つめた。
村に入りこの辺りの事やエンハの街について聞いてみた。やはり誰もが魔物はここ最近少なくなったと言う。
それと、アマート達はちょくちょくこの村に依頼で来るらしく彼らの話も色々と聞こえてきた。大量に発生する魔物を間引いてくれるので概ね好意的な反応だ。
ザラはよく揉め事を起こす事で有名らしいが。
それでも困った奴らだと笑って受け入れられるのはこの村の住人達が逞しいからだろう。魔物に囲まれて暮らしているだけあって肉体的にも精神的にも強く逞しい。
村の外にある農地など何度も魔物に踏み荒らされて何度もまた耕しているのだそうだ。農地だけじゃなく人の命が脅かされる事だって珍しくはない。
それなのに「どうにか生きていくしかないさ」と笑う瞳にあの暗いドロドロは影も形も無かった。
リーンにとってはとても、とても衝撃的な光景だった。
もう一晩野営があるので食材を売る通りをゆっくりと見て回る。見た事がない物も多い。
キトの実
爽やかな香りで酸味が強い。一般的にジャムにされる。
絞り汁を煮詰めてバターと塩胡椒を加えると鳥肉に良く合うソースができる。
ワイン煮に少量入れても美味しい。
緑色の実を鑑定してみた結果だ。最近鑑定がおすすめ(?)の調理法を教えてくれるようになったんだけど、これは普通なんだろうか。
鑑定の説明が美味しそうなのでキトの実を買う。
更に他の物も鑑定して甘みが強くてそのまま食べられる果物をいくつかと香草、それと魅了された人がいたのでベーコンの塊も買った。
ニコラスから貰った報酬は三人でそれぞれ自由に使える分と共同で使う分に分けてあって、共同の分は食材を買う必要があるからとリーンに預けられている。
そうして通りがかった大きな広場では冒険者達がテントを張っているのが見えた。依頼でここに来たんだろうか。
「あれ。宿屋あるって」
「ありますよ。しかし駆け出しにとって宿屋は高いので」
なるほど。節約の為らしい。
基本的に村の広場というのは外部から来た人に解放されていて、村のまとめ役か士爵に許可をもらって煮炊きしたり野営したりする。ここは広場の入口に人が立っているので、あの人に許可をもらうのかな。
聞いてみようと近寄って話しかけた。
「こんにちは」
「お?なんだ、ここ使いたいのか?」
「ううん。今日は使わないんだけど、使う時はおじさんに言えばいいの?」
帰りは使うかもしれないし。お金がかかるのかも知りたい。
「あー……。そうなんだけどな。中は血の気の多いガキばっかだからやめとけ」
「そうなの?」
ハドリーがいっぱいいる感じだろうか。首を傾げるリーンの横にケネスが来た。
「使う時は寝泊まりじゃなくて昼食作って食べるだけなんだけど。無理そぉ〜?」
「いやいや間違いなく絡まれ……大丈夫だろ」
心配そうに首を振るおじさんが突然前言撤回した。おじさんの視線はリーンの右側を向いている。
右を見たらセオ。まあ、分かってたんだけど。
「さすが野盗避けの息子だねぇ」
「えっと。冒険者避け?」
「うるせえよ」
ちなみに広場の使用料は一人銅貨三枚だそうだ。
屋台で食べるよりはこっちかな。ゆっくり出来そうだし。
村の反対側まで歩きそのまま村を出てまた馬に跨る。
「エンハの街楽しみ」
ここでも見た事が無い香辛料やいい香りのお茶なんかが売っていたが、絶対にエンハで買った方が安いので我慢した。きっと街ではもっとたくさんの種類があるんだろう。
「リーンの付与に使える物もあるかもね〜」
「今度は布活用する奴もいるしな」
「はいはーい。まっかせて〜!」
ケネスがドンと自分の胸を叩く。頼もしい。
売られている物を見るのも美味しい物を探すのも楽しみ。教会で謎の攻撃魔法強化のスキルも分かるだろう。
乗り手達のワクワクする気持ちを察したのか馬も跳ねるように道の先へと進んでいく。
夜はまたお尻に回復魔法をかけようと思った。
「もう!あの生意気な子供達絶対許さないから!」
「うぅ……絶対コックローチの夢見る。絶対」
「あのじーさん目ぇこっわ」
リーン達が村を出た頃ようやく村の近くまで帰ってきたクタクタの三人組。
エンハの街で彼らとも再会する事になる。
そしてその夜はもれなく全員黒光りする虫の夢を見た。