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「付与と空間魔法が使えれば作れる物だとは思いますが、私は聞いた事がありません」
「そうなのよね。付与も空間魔法も珍しいけれど、収納魔法の鞄や箱は少ないながら出回っているのに。転移の魔道具は聞いた事も無いというのも不思議ね」
クレアとミリアが話し合っているのは昼間リーンが作った転移の箱についてだ。
ドランは片方の木箱に書類を入れて蓋を閉め、もう片方に転移したのを確認したり、出さずにまた再度蓋を閉めたりと色々試してみている。
「この付与品が世に出ていない理由に、一つ心当たりが」
イワンの発言に視線が集まる。
「坊ちゃんは、ちょっと見ないぐらいに膨大な魔力を持っています」
「そんなにか」
「ええ。血筋の件もありますが、早くに魔法を習得し使っていた事も大きいでしょう。攻撃魔法もかなり……規模の大きい魔法を使われますし」
目を泳がせながらイワンが言うのに周囲が首を傾げる。
魔法練習の現場を知っているのはたまにこっそり見に行くイワンだけだ。災害とも言える程の大規模な魔法を前に顔が引き攣った事を思い出しながら続ける。
「そして、その膨大な魔力を持った坊ちゃんが今回魔力切れを起こしました」
確かに魔力切れなど随分と久しぶりだ。皆が頷く。
「珍しい付与と空間魔法が使える上で、更に大量の魔力を込めて初めて出来る物なのかと。魔力操作や精密操作のスキルなども関わっていると思います」
イワンの言葉にドランが何事かを考え込んでいた。
「なるほど。リーンは確か、一度失敗したと言ってたね」
「え?ええ。もっと大きな箱に付与しようとしたけどダメだったと言っていたわ」
「イワン、膨大ってどのくらいだ?宮廷魔法士ぐらい?」
「いえ。流石にそこまでは。あくまで一般では見ない程、という程度です。現時点では」
ドランの質問に答えながらも三人で首を傾げる。
「なら、いけるかもしれない」
何が。
一人で納得して頷くドランの姿に全員が「あ、リーンの父親だ」と思った。
つまり、転移の魔道具が今まで作られていなかったのは大きな物に付与しようとして魔力が足りず失敗していたのではないか。そして失敗の理由が分からないまま出来ないものと決めつけられていたのではないか。という事だった。
もしそうならリーンが作る商会から売り出す事も出来る。何もおかしなスキルは使っていないのだから。
とりあえずどこまで距離を離して使えるのか試してみて、大丈夫そうなら侯爵家とターナー家で使用。それとシルヴィオに転移の魔道具について調べてもらう事になった。
研究内容や失敗例、あるなら成功例について調べればこれの扱いもどうするべきか分かるだろう。
「じゃあ、まず遠くに持って行って試すのはウォードにでも依頼しようか」
「あら、どうして?」
ドランの言葉にミリアがニコニコと笑って首を傾げる。
問われた意味が分からない。一人であちこち遠くにやっても問題ないのはウォードかラウロかジャネットぐらいだ。
「ん?ラウロかジャネットの方がいいかな?」
「あら、どうして?」
え。なんだ。何が言いたいんだ?
困りきった顔のドランにミリアが正解を告げる。
「こういった事は製作者が試してみるものでしょう」
「…………」
製作者。いや、でも。
「イワン、護衛に付いてほしいのだけど」
「はい。喜んで」
呆然と固まるドランを他所に話が進んでいく。
「試す距離は……」
「待て。待て待って。あの子はまだ」
「旦那様。あの子達はもう大人より余程強いのですよ」
「そりゃ戦闘はそうかもしれないけど」
「ええ。世間を知りません。だから行かせるのです」
「…………」
何も言えない。過保護な父親は毅然とした母親相手に眉をへにょりと下げて敗北した。
翌日その計画を聞かされ大喜びのリーンを見て再度眉を下げる。そして自分も同行しようとして笑顔のクマに断られた。
お仕事残ってます。
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「へぇ〜これが転移の箱かぁ」
「どこまで行って試すんだ?」
「えっと。とりあえず村を二つぐらい離れればいいって言ってたんだけど」
リーンの外出禁止もあと僅か。それぞれの仕事が終わった夕方に家に来てもらい、遠くで転移の箱を試す話をした。
ケネスは興味深げに箱を開けたり閉めたりしている。
「でも、せっかくだからエンハの街まで行ってみませんかってイワンが」
「エンハって」
「南の街じゃねえか」
ギールとは反対側にある街だ。南側は魔物が強くなる上に馬車で行くと野宿もあり、更に他領となるのでこちら側から南に行く事はほぼ無い。
「うん。セオとケネスなら問題ないって」
友人が評価されて嬉しいらしくニコニコとリーンが笑う。
イワンの評価にはリーンも入っているのだろうが。緊急時に上空に逃れられるというのは反則だ。
「いいねぇ〜行きたい行きたい」
「他の魔物に他の街か。いいな」
「ふふ。じゃあそうしよう」
三人の南行きが決まった。二年ぶりの遠出だ。
「今回はね、準備から全部自分達でだって。イワンは困ったら助けるからまず好きにしなさいって」
なかなかのスパルタだが、三人にとってはワクワクするという感想しかない。そもそもここで不安に思うようなら数年後に村を出るなどと言わない。
瞳を輝かせて計画を話し合う三人。
麦の収穫期は終わったが暑い日差しの中で旅は辛い。出発は夏の盛りが過ぎてから秋の種まきの前と決まった。
もう間もなく夏の盛りを迎える。