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綺麗な紋章付きの封筒から中の手紙を取り出す。中身は手触りのいい上質な便箋が二つに纏まっている。二枚ぐらいの薄い二つ折りと五、六枚の厚い二つ折り。
枚数が多い方はキャシーからだ。定期的に送られてくるヴィオからの手紙だが、今回はキャシーの分も一緒に入れてくれたらしい。
仲良くやっているみたいで良かったとニコリと笑って薄い方から手に取って開いた。
『時候の挨拶なんかは面倒だから省略するよ』書き出しからヴィオらしい。気が向いた時なんかはこれでもかとゴテゴテ飾りつけた文章で長々と前置きを書いてくるのだが。そういった貴族らしい手紙は彼なりの冗談なのだろう。今回はそんな気分では無かったようだ。
続く文章に視線を向けると『ドラゴンが出たんだって?』という文字。領地内の事とは言え、これだけ離れていて被害も無かったのに随分と早く情報を手に入れるものだ。
二年前に村に帰ったと同時に受け取った手紙を思い出す。あの時も前置きを省略して『攫われたって聞いたけど』と書いてあった。
遠く離れた地で自分の身を案じてヤキモキしてくれる友人に胸が温かくなる。クスリと笑みを零して続きを読むと、ひとしきり心配するような文章とあまり無茶をしないようにという言葉の後『そちらの村には赤熊が居るから大丈夫だとは思うけど』と締めくくられていた。……赤熊?
「ね、イワン」
「はい。なんでしょう」
手紙から顔を上げピリピリするお茶を入れてくれたイワンをじっと見る。
「赤熊って誰」
イワンが穏やかな笑顔のままピシリと固まった。
あ。なるほど。
そうかイワンは赤熊と呼ばれているのかとウンウン頷きお茶を飲む。ピリピリ美味しい。
有名な冒険者なんかは世間の評判などから二つ名が付けられる事が多い。イワンも二つ名が付く程に名を売っていたとは。でも熊は分かるけど赤。炎かな。
「坊ちゃん」
「うん?」
「魔物の返り血を浴びると状態異常を起こす事があるので、浴びないように立ち回るのが基本です」
「……うん?」
魔物の返り血を豪快に浴び真っ赤な姿でバカ笑いする巨漢のSランク。炎を操る事も合わせて赤熊と呼ばれた。
こののんびり穏やかに笑っているクマさんが冒険者の最高峰である元Sランクで、恐怖の代名詞だった事をリーンが知るのはもっとずっと先だ。
キャシーの手紙にはたどたどしく時候の挨拶が綴られ、一生懸命にお勉強している姿が思い浮かぶ。そして前置きが終わった途端『お兄ちゃん髪切ってないよね』の文章。
どこかで見てたりするんだろうか。
思わずキョロキョロと周りを見回しイワンに首を傾げられた。イワンもどことなく挙動不審だ。お互いに首を傾げ曖昧に笑って手紙の続きを読む。
祖父と祖母が厳しくも優しい人達である事、家庭教師の人達の話、ヴィオと街に出掛けた話、お隣の家のお嬢さんと仲良くなった話など。一番長々と書かれているのが、村では見る事も無いような美しい見た目の美味しいお菓子に関して。
キャシーがあちらでも生き生きと暮らしている様子が伺える。ヴィオは約束を破らない。ホッと胸を撫で下ろしてキャシーの新しい生活に思いを馳せる。きっと自分には想像もつかないような毎日だろう。
ニマニマしながらお茶を飲みハッと止まった。髪を切った理由をなんて答えよう。
ちょっと焦げたとか言ったら絶対二人共凄く心配する。行動力の塊のキャシーとあのヴィオだ。下手したら村に来る。かと言ってなんとなく切ったと言えばキャシーに怒られる。
その後しばらく言い訳に思い悩むリーンと過去の黒歴史がバレたかもしれないと気が気じゃないイワンの、何とも言えない空気が部屋を満たしていた。
ひとまず言い訳は保留。戦闘訓練中にうっかり切れてしまったというのも心配するだろうし。もう盛大な枝毛が出来たとでも言おうか。
一旦枝毛推しで言い訳の件は置いておいて、手紙を読んでいてちょっと思いついた事を試してみよう。
用意するのは荷物を運ぶ時なんかに使う木箱。
これの中に転移の魔法を付与してみるが、込めた魔力がすぐに霧散してしまう。
うぅーん。行き先を指定していないからだろうか。首を傾げながらもう一つ木箱を持ってきて今度は二つ同時に、相互に行き来するイメージで付与する。
最初だけ付与が染み込んでいく感覚があったがやはり途中で魔力が霧散してしまう。感覚的にどうにかなりそうな感じがしない。なんだろう。大きさ?
両親の部屋に行き、ミリアに書類や手紙を入れる薄い木箱を二つ貰った。なんだなんだと見守るミリアとオズ、イワンとクレアに囲まれながら再度挑戦。
途中同じく霧散しそうになったが、もっと魔力と箱を結び付けられればいけそうな感じ。魔力をつぎ込んで箱に無理矢理浸透させていく。やり過ぎると多分箱が壊れる。繊細に大胆に、バランスが難しい。
今度こそしっかりと魔力が馴染み付与が完成した感覚にホッと息をついた。普段はぼんやりで出来る付与なのに。
魔力もいっぱい使ったしとても難しかった。けど、出来た。
「リーン、これは何を付与したの?」
満足げにウンウン頷くリーンにミリアが尋ねる。オズはミリアの膝の上でジタバタしている。箱が気になるらしい。
「えっと。オズ、これ持っててね。まだ開けないでね」
オズに空の木箱を渡す。そしてもう片方の木箱にポケットの中から琥珀色の石を取り出して入れる。
入れただけでは変化は無い。ここまではイメージした通り。
ちょっとドキドキしながら蓋をそっと閉める。そしてすぐに開けると石は無くなっていた。
嬉しそうに笑うリーンに大人達の視線が集まる。まさか。
「オズ、箱開けてみて」
「ぅあい!」
うずうずしながら箱を持っていたオズが蓋をパカッと開けると琥珀色の石。成功だ。
大喜びで石を取り出すオズとニコニコ笑うリーン。呆然とする大人達。転移の箱。聞いた事が無い。
その後ニコニコ笑いながらフラーっと後ろに倒れたリーンに周囲が大慌てした。魔力切れだ。
懐かしいわねと笑いながらミリアが膝枕をしてくれて、オズが頭をヨシヨシしてくれる。イワンが温かいお茶を入れてくれてクレアが毛布を掛けてくれた。魔力切れで体温が下がっているので有難い。
「ふふ。また凄い物を作ったわね。旦那様が帰って来たらびっくりされるわ」
ミリアが笑っておでこにかかった前髪を避けてくれた。
「また、困った物作っちゃった?」
「あら困らないわよ。内緒にするかどうかは旦那様と相談しましょう。でも、倒れるのはもうダメよ」
さっきの大人達の反応的にちょっとまずかったかな?と思って聞いてみたらそんな答えが返ってきた。
どの程度距離が離れても使えるのかは調べないといけないが、キャシーと両親がたくさんやり取りが出来たら喜ぶかなと思ったのだ。
「リーン」
「うん?」
「とても嬉しいわ。ありがとう」
「ふふ。うん」
なんであれを作ったのかお見通しらしい。ちょっと照れくさくなって毛布に顔を埋めた。
勿論面倒事はドランに丸投げだ。
帰ってきて話を聞いたドランは、リーンの気持ちに感動する思いと素晴らしく有用で素晴らしく厄介な品に複雑過ぎて変な顔になった。